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主人と従者と親衛隊長Ⅱ 隊長刺される之巻

「前回までのあらすじ! ご主人、おいらを膝枕!」

「話の流れを言え! 流れを!」

「今回のあらすじ! ご主人、自爆!」

「意味が分からん!」

「──速い!」

 シアンとイリーズは同時に声を上げていた。

「いてっ」

 立ち上がったシアンの膝から放り出されて、マオが地面に落ちた。

 初めて目の当たりにするスワルの力は、二人の想像を遥かに超えていた。

 クーが遅いわけでは決してない。

 彼女の用いる剣の型は、超攻撃型で知られる《ライマット》――その変形と見て間違いない。

 ライマットは本来、大型剣用に編み出された剣術で、その動きは攻撃一本。相手よりも早く剣を振り、防御されればそれを叩きつぶして勝利する、一撃必殺を旨としている。

 それだけに習熟には相応のパワーが要求される。

 ちなみに一昨日、シアンがイリーズの剣を燭台で叩き折った技も、このライマットの応用だった。

 ましてクーの得物は大型剣ではなく、片手でも扱える湾刀。強度には劣るものの、(ふる)う速さと鋭さは大型剣の非ではない。

 狙いは試合開始と同時に急所への先制攻撃。それを可能にする充分な速度と正確さを彼女は持っている。武術大会の覇者というのも頷ける話だ。

 それだけに、スワルの速さは異常だった。

 クーの攻撃を読んだ動きではない。シアンの眼には、刀を振られるのを確認してから一瞬でその範囲を脱しているように見えた。

 小枝とも見紛う華奢な身体のどこにそんな脚力が秘められているというのだろう。まるで魔族のような俊敏さである。

 クーは自分の身に起こったことが信じられない様子で、しばらく茫然としていた。

 だが、ハッと我に返るや、憎悪と怒気を全身から発散させ、スワルに攻めかかった。

 猛烈な太刀筋だった。控え室にまで風切り音が聞こえてくる。

 クーが傷つけられたのは頬だけではない。

 今の一撃で彼女の、歴戦の勇士としての自尊心までもが踏みにじられたのだ。

 しかし皮肉にも、その風切り音と連撃がクーの劣勢を証明していた。

 何度となく揮われる刃は、薄ら笑いを浮かべて逃げ回る小娘の毛先すら捉えられない。

 スワルが鞭を振った。

 硬い革紐の先端がクーの額を打つ。

 クーが刀を振る――スワルがかわして鞭を振り返す。

 その繰り返しだった。

 公爵令嬢の反撃は、あまりにも正確で冷徹だった。

 頬に、額に、顎に……顔面への集中攻撃である。

「下衆めッ!」

 イリーズが憤りのあまり口汚く罵った。

 スワルの強さにではなく、闘い方に対する侮蔑だった。

「ひでぇ、あんなに顔ばっかやることもねぇだろに……!」

 いつのまにか二人の間に入っていたマオも表情を険しくする。

 マオの言うことにはイリーズも賛成だ。

 だが、スワルがクーの顔面を責め立てるのには、もう一つの理由がある。

 あれは間違いなく、自分への挑発だ。

 『顔に傷を持つ女が妃の座など望むな』ということだろう。

 あるいは『二度と王子に合わせられるような顔にしてやる』か。

 クーの動きが止まった。いまだ刀は握り続けているが、腕で顔を隠すかのような不自然な姿勢だ。

 否、もはやそれは構えではない。

 庇っているのだ。その顔はもう、鞭による裂傷と血で真っ赤に染まっている。

 闘志も眼に見えて萎縮している。

 攻めても、また鞭に顔を打たれる。見えてしまっている未来への恐怖にクーは立ちすくんでいた。

 ただ、最後に残った意地だけが彼女に降参することを許さない。

「く……ッ」

 シアンは思わず目を背けた。

 女たちの闘いに疲れただけではない。

 幾度となく鳴り響く鞭の音と、それに恐怖するクーの姿に、忌まわしい記憶が重なっていた。

 立ち上がっても立ち上がっても、地面に這いつくばらされ、罵倒され、鞭に苛まれる。

 ──やめてください……お願いです……お……

 ──立て……! 立ちなさい!

 会場の空気がひときわザワッと揺らぎ、シアンは幻の声から逃れた。

 スワルがクーに襲いかかっていた。

 鞭の連打が女剣士を責め立てる。

 クーも必死に腕で防御する。腕がズタズタになってゆくなかで、なんとか刀で鞭を絡め取ろうとしていた。

 最期まで勝負を捨てないつもりだ。

 だがその意気も虚しく、腕の方が先に限界を向かえた。

 スワルの一撃に耐えきれず、湾刀が手から弾き飛ばされた。

 規定では、武具が手から離れた場合、三〇秒に再装備しなければ失格となる。

 そのチャンスをクーは放棄した。ついに、プライドのすべてが打ち崩されたのだ。

「こう──!」

 降参宣言────しかし、それも遅きに失した。

「ぐぁ……ッ!」

 鞭が喉に巻き付き、叫びを遮った。

「やめろスワル! 彼女は今、降参しようとした!」

 イリーズの怒号も虚しく、クーの足が地面を離れる。

 観衆は再び眼を疑った。

 クーの身体がスワルの周囲を回っていた。

 小柄な少女が、長身の武術家を鎖分銅(ハンマー)のように振り回しているのだ。

 そして、クーの身体がフッと上に弧を描く。

「やめろぉ────!」

 イリーズの叫びと、観客の悲鳴と、銀髪が大地に叩きつけられる音が重なった。

 衝撃で鞭が首からはずれ、クーはまるで放り投げられた人形のように転がった。

 真っ赤な血がアリーナに広がってゆく。

 ようやく鐘が鳴り、拍手と喚声が起こった。

 第一試合、第二試合に続く、三人目の意外な勝者に観衆が沸いた。

 悲鳴を上げた客ですら、立ち上がって称賛を送っている。

 その残虐性、敗者の生死は問題ではない。勝者には惜しみない喝采が浴びせられ、敗者は忘れ去られる。

 武器を持って闘うとはそういうことなのかもしれない。

 その熱狂のなかに、シアンはメガロニアという国家の闇を感じざるをえない。

 自分も武によって生きる身ではある。だが、こんな血なまぐさい闘いを愉しむ心は持ち合わせていない。

 これがメガロニアの誇る武だというのなら、いずれは敵として決着をつけねばならないだろう。

「昔は、こうではなかった」

 シアンの憤りを読んだかのように、イリーズが呟く。

「昔は……?」

「メガロニアが誇り高いのは、武勇と礼節が共存していたからだ。今では礼節が廃れつつある。戦士からも、民衆からも……」

 アリーナでは神官服の女が三人、地下から転移してきていた。

 ピクリとも動かぬクーを囲み、その身体に治癒法の式が描かれた呪符を貼り付けてゆく。

 そんな敗者の様子など一顧だにせず、スワルは満面の笑みで客席に手を振っていた。

 鳴り止まぬ拍手を一身に浴び、アリーナの中央でクルクルと回りながら鞭を振り、踊ってみせる。はやくも優勝したかのようなはしゃぎぶりだ。

 闘技場は熱狂で満ち溢れていた。若干十六歳にして名うての武術家クーを降した公爵令嬢。メガロニアの超新星の誕生を客席の誰もが祝福していた。

「あいつは、断じて戦士などではない」

 イリーズは窓を離れ、控え室の出口へと向かった。

 その右腕をシアンが掴んだ。

「やめておけ。あんたの名誉が穢れるだけだ」

 イリーズは驚きのあまり声も出せなかった。

 マオでさえ、信じられないという顔でシアンを見ていた。

「……やはり、貴様は恐ろしいやつだ」

 気配もなく背後に回られたこと、そして自分の心を見透かされたこと。二つの事実が親衛隊長の背筋を粟立たせていた。

 シアンの握ったイリーズの手は、右腰に提げた細剣(タウン・ソード)の柄に添えられていた。

 入場用の通路に出ていれば、いずれスワルとはすれ違う。

 その際、不意打ちの居抜きで斬り伏せる。

 選手と優勝者は裁かれない特例を利用した、事実上の暗殺である。古来、このような大会ではそうした場外戦も珍しくはない。

 それが本気かどうかは、イリーズにも定かではない。

 だが柄に手を置いた以上、その殺意は嘘ではなかった。

「止めてくれたことには……感謝しておく」

 振り向き、剣から放した右手をシアンの肩に置いた。

「構わん。あんたには、いらぬ世話だったかも――ぉおおおッ!!」

 シアンが悲鳴を上げた。

 イリーズに向けてファイティングポーズを取りながら、五メートルはある部屋の奥まで瞬時に退く。

 公爵令嬢など足元にも及ばぬ、電光石火の足取りだった。

「よ……寄るな! 触るなッ! このケモノめぇッ!!」

 全身をガタガタと震わせながら、血走った眼でイリーズを睨みつける。

 恐怖と、憤怒と、緊張が渾然一体となって、名状しがたい殺気を作り上げていた。

「あ……すまん。そういえば、そうだった」

「すまん、で済むかぁ!」

「そうは言うが、貴様だってたった今、私の腕を掴んだだろうが」

 シアンは愕然として色を失った。

「私が? お前に……? 自分から……ッ!?」

 たちまち、全身が脂汗を噴きだした。寒気とむず痒さが右手から胴体へとズンズン進行してくる。

 シアンにはそれが、指先から順に、肉体が腐食してゆくかのように感じられた。

「お……おああぁぁぁぁ――!」

 悲鳴なのか怒号なのか分からない声を上げ、シアンは走った。猛烈な勢いで襲ってきた吐き気を堪え、室内に備えられた手洗い場へと姿を消した。

「おね……ッ、そっち男用!」

 マオがあとを追いかける。その指摘は間違っているのやら、間違っていないのやら。

 たちまち、奥から従者の痛切な叫びと、激しい水音が響いてくる。

(……前言撤回だ。感謝など出来るか)

 イリーズは呆れ顔で溜息をついた。

(だいたい、ケモノとはなんだ? 侮蔑のつもりか? ケダモノだろう普通……)

 もはや怒る気も湧かない。大騒ぎする主従に背を向けて、控え室を後にした。

 入場門をくぐったてアリーナに出たところで、ようやく退場してくるスワルと擦れ違った。

「そんな恐い顔して。皺が増えるわよ?」

 イリーズは無視して歩を進めた。

 その手はもう、柄にかかってはいない。

「チッ、気取りやがって……年増が」

 イリーズにだけハッキリと聞こえる声が背中に刺さる。

(……貴様にだけは、勝たせん)

 苛立ちを禁じ得ないが、明日の闘志のためのいい養分と思うことにした。

 アリーナ中央で対戦相手を待つ。

 ほどなくして、オドオドとした様子で棒使いが入場してきた。

 ジーネス――よほど気をつけていなければ一瞬で忘れそうな名前だ、とイリーズは思った。スワルとはまた別の意味で、本来ならここにいていい身ではない。

 だが棄権しなかったところを見ると、公爵一味からなんらかの策を授けられているか、罠が仕掛けられている可能性は充分にある。例えば、先のマオのような隠し武器や、仕込み毒。なんにせよ油断は出来ない。

 緊張と不安で萎縮しきったジーネスの背後に、イリーズは巨大な影を感じていた。

 そのころ、控え室内の手洗い場ではマオが悪戦苦闘していた。

「ご主人、気をしっかり! ほら、あっしが抱きしめてあげやすからッ!」

 腰に抱きついてみても、主人は正気に戻らない。栓を全開にした蛇口からごうごうと迸る水流で、手を洗い続けている。飛沫を身に浴びるのもお構いなしだ。

「――とかなんとかやってる間に試合始まっちまう! ちくしょう姐御のせいだー! 乱入して失格させてやらぁー!」

 怒り任せに喚き散らしながら、マオは窓際に駆け寄った。

 ちょうど、イリーズが長剣(ロングソード)を斜め上に掲げたところだった。

 オドオドとした戦棍が、そこに重ねられる。

 どんな罠が来るかとイリーズは身構える。

 まずは、相手の出方を見るつもりだった。

 そのとき――――

(なに? 虫……?)

 チクリとした小さな痛みが、首筋に走った。

 次の瞬間、イリーズの頭の中は真っ赤に染まっていた。

 どくん……心臓の音が体内にこだまする。

 そして、抑えがたい衝動が爆発した。

「……ぅぁぁあああああ――――ッ!」

 本能の命ずるまま、雄叫びを上げて体ごとジーネスに突進していた。

 一瞬の鍔迫(つばぜ)りから、渾身の力で相手を突き飛ばす。

 体勢を立て直す暇も与えず、大上段から剣を振り下ろした。

「いやぁ……クー、インパクトそこそこあったわりにズタボロにやられちまいやしたね……」

「うむ。そうだな」

「おい、マオ。タイトルコールはいいのか?」

「あ、『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー、いえーい」

「それにしても、あのクー。所謂《噛ませ犬》のわりに、ちょっと色々要素を盛りすぎではないのか?」

「要素ってぇと、えーっと、長身、銀髪、湾刀、東方出身、武術大会の覇者ってとこかな?」

「ああ、最後のはいかにもガネス同様《やられ役》っぽいがな」

「姉御も結構キツい言い方するぜ……」

「しかたがない。クーは最終プロットの段階で没になった本戦出場選手の設定をギュッと凝縮したやつだからな。あれでも削ったほうだ」

「マジかよ。ていうかオイラたち以外にも本戦出場候補いたんですかい」

「なんと、最初の段階では本戦トーナメントは十六人制だった」

「多ッ!」

「その中には東方の弓術士、湾刀使いの浪人、短剣二刀流の盗賊、狩人、用心棒、尼僧兵などなど色んな奴がいた」

「人材も武器も今よりずっと多彩でやすね」

「待て、尼僧がいたのか。なにで戦う予定だったんだ?」

「棍棒メイスか、あるいは鎖鉄球モーニングスターだが?」

「こえー! 尼さんこえー!」

「さらには特別枠で王女も参戦する予定だった」

「な、ん、だ、と!!!」

「まぁ結局は長くなりすぎるということで8人に減らしたんだが、その際に消えた数人を合わせてクーが出来たというわけだ。それでも【イリーズとは闘技でのライバル】とかいう設定もあったんだが」

「没った、と。その方が私のスワルへの激情も煽れて良かったのではないか?」

「いやぁ、でも決勝でポンと出てきて『ライバルです』って言われてもなぁ……感情移入も出来んだろう。予選の時点で出そうにも、そんな隙なかったし……」

「たしかに……」

「けっこうガネスより不遇でさぁね……」






次回予告


 何がイリーズに起こったか!?

 闘争本能剥き出しに、

 相手選手を攻めまくる!

 ところで相手の名前なんだっけ!?

 それはともかくイリーズを、

 止められる者はいないのか!?

 嵐また嵐の第一回戦!

 最後まできっちり大波乱!?

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