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第6章 主人と従者と親衛隊長Ⅰ 令嬢現る之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ」

「ボロボロになるおいらに、ご主人鼻血ブー!」

「私ゃ変態か! 端折りすぎだろうが!」


  Ⅵ   主人と従者と親衛隊長



 時計の針は昼を回り、アリーナでは十数名の宮廷術士たちによる大掃除が行われていた。

 あらかじめ用意された大会用の小道具と違って、投げ込まれたゴミに地下室への転送術は施されていない。

 術士たちは瓶の破片や紙くずひとつひとつに移動魔法を直接かけて、アリーナ中央に設置した巨大なゴミ箱へと放り込んでゆく。

 その様子を、窓際にたたずむイリーズは見るともなしにぼんやりと眺め、ベンチに座ったシアンは完全に無視していた。

 そして、そんな主人の膝を枕にして、マオは身を横たえている。

 先の試合が終わった直後には軽口を叩きもしたが、さすがに疲れたのだろう。軽い昼食を取ってからずっとこの調子である。

 ウィリアミナの姿はない。イグニス捜索の指揮を執りに行ったのだ。

「……まさか、貴様らが契約をしていなかったとはな」 

 顔を外に向けたままイリーズが言った。

「奇妙だろうな。ただの魔族が人間と一緒にいるのは」

 シアンは眼を閉じまま、自嘲気味に応える。

 確かに珍しいことである。

 徹底的な弱肉強食という魔界の気風で育った魔族は──種族の差はあれど──打算的でプライドが高く、ヒトを卑下する傾向にある。それでも人間に使われることを承知で契約を望む魔族があとを絶たないのは、それだけ彼らにとって太陽の光が恐ろしいからだ。

 言い替えれば、契約対象でもないヒトと行動を共にするなど、魔族にとっては骨折り損以外のなにものでもない。

 まして「ご主人」などと呼んで懐くというのは、常識からすれば信じられない事態である。

「だが、おかげでまずいことになった。勝ったとはいえ、魔族である以上、二回戦進出は認められん。当然、選手特権も剥奪され、そのチビ……マオはただの犯罪者だ」

 イリーズの言う通り、アリーナ上空のトーナメント表からは『アンジェラ』と『イグニス』、両者の名が消えていた。

「せめて契約してさえいれば、貴様に連なることになって、しばらくは処罰も免れるんだがな」

「なら、そういうことにしておいてくれ」

「親衛隊長に詐称の要請か。とんだ曲者を仲間に引き入れたものだ」

「男に女装させて出場させる方に言われたくない」

「違いない。マオは大丈夫なのか?」

 話し始めてから、ようやくイリーズが主従の方を向いた。

「疲れているだけだ。すぐによくなる」

 耳が剥き出しの頭を、シアンは撫でてやる。

 静かな寝息を立てて、小さな従者は眠っているようだった。胎児のように丸められた身体がときおり小さく震える。

 さっきの恐怖を思い出しているのだ、とシアンは思った。

「…………」

 イリーズは黙っておくことにした──主人から死角になっているその顔が、恍惚とした薄笑いを浮かべていることを。

 震えているのは歓喜と興奮だろう。

「それにしても、契約といえば……」

 イリーズは話題を変えた。

「あのイグニスという奴、一体誰の使い魔だと思う?」

「それを私に訊くか。公爵ではないのか?」

「大会前に接触している以上、手先ではあったろう。だが公爵は魔族嫌いで有名だ。上級の聖職者たちが使役出来る現法すら撤廃しようとしている。それに、契約者は生命共同体。公爵にはリスクが高すぎると思う」

「待て、公爵は魔族嫌いなのか? なら、なぜイグニスを自陣に引き入れた?」

「だから解せんのだ。公爵が主義を捨てたか、イグニスがあの仮面で公爵をも欺いたか……」

 ふむ、とシアンは唸る。

 イグニスの着けていた〝偽りの面〟──あれはコリ族にのみ伝わる幻の術具で、人間界ではその名前すらほとんど知られていない。

 シアンとて、かつてマオから聞き及んでいたからこそ気付けたようなもの。ヴランティール公爵が騙されたとしても無理はない。

「どちらにせよ、私には情報が少なすぎる。だいいち(はかりごと)は専門外だ。イグニスの正体についてはお前たち憲兵に任せる。私は私の任を果たすだけだ」

「ああ、そうだな。(せん)ない話だった、許せ」

 シアンは心の中で首を捻った。

 イリーズの口数の多さが気になっていた。

 昨日のニギエラと談笑している姿を見れば、本来は饒舌な性格なのかもしれない。

 だが自分たちに対しては説教まがいに怒鳴りこそすれ、わざわざ沈黙を破ってまで雑談に興じようという姿勢ではなかったはずだ。

 そのとき、闘技場の鐘が鳴らされた。

 アリーナの掃除が終了したのだ。

「選手ならびに観衆の諸君、長らく待たせてしまって申し訳ない。これより大会本戦午後の部、第三試合および第四試合を始めたいと思う!」

 ニギエラが叫び、観客席が沸き返った。

「く……っ」

 イリーズが苦々しげに歯噛みしたのをシアンは聞き逃さなかった。

 が、あえてそのわけは問わなかった。話したければ自分から話すだろう。

 歓声の渦のなか、二人の選手がアリーナに入場する。

 銀髪の湾刀(サイフ)使い、クー。

 公爵令嬢、スワル・ヴァン・ヴランティール。

 対照的な二人だった。片や武人然とした長身の女戦士、片や社交パーティから飛び出してきたかのような小柄な少女である。

 観客に対する二人の態度もまた、光と影のようにハッキリと別れていた。

 クーが声援など意に介さず、黙々とアリーナ中央を目指すのに対し、スワルは四方の客席に向かって千切れんばかりに手を振りつつ、笑顔とウィンクと投げキッスを撒き散らしていた。

 愛嬌のある顔立ちに、脱色ではない天然のプラチナ・ブロンド。戦着とも思えぬ典雅(てんが)なドレス。予戦を勝ち抜いた実力。そしてメガロニア軍大将の娘という出自。

 スワルのスター性は出場者のなかでも抜きんでている。

 だが、所詮はアイドル選手。予戦を突破したところで、歴戦の勇士たるクーには叶うまい──それが観衆の総意だった。声援に籠められた期待は勝利ではなく、精一杯の健闘である。

 クーが湾刀を抜き、中空に掲げた。

 スワルは大袈裟な仕種で髪を後ろに跳ね上げてから、輪状に纏めた(ウィップ)を刃に重ねる。

 クーの刀が旋回した。スワルの背中側から鋭い袈裟斬りをかける。

 ビシッ、と乾いた音が響き、誰もが目を見張った。

 クーの頰が裂け、真っ赤な血が滲み出す。

 刃をかわしたスワルの一振りだった。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー!」

「今回は元気いいな」

「だっておいら、前書きとここでしか喋ってねーもん! 鬱憤も溜まらぁ!」

「たまにはそういうこともある。ていうか前にもあっただろう」

「なーんか、これからもありそうな言い方でさ。で、ご主人。今回は予選で姐御が着てたダッサい鎧について訊きたいんでやすが」

「ダッサい言うな!」

「まだいたのか隊長!」

「はいはい姐御抑えて。いんや、そのあと親衛隊の制式装備っぽいのが別に出てるし、じゃあれは姐御のプライベート用だったのかなぁって」

「もちろん、あれは私が個人で所有しているものだ」

「あ、姐御が自分で説明してくれんのか」

「私は親衛隊隊長であり、公爵の野望を潰す使命を負ってもいる。だが大会に出場するのはあくまでニギエラ様の妻となるため、つまり一個人としての闘いだ。親衛隊用装備がいかに優れていても、それを着て出ては公私混同というものだろう」

「既に充分混同してるとは思うが……」

「これはメガロニア国内の闘技大会によくあることなのだが、よい成績を出す選手には、工房の名を売りたい鍛冶屋がつくものだ。こう見えて、私もそうした大会には顔を出している身でな。そういった形で提供された何種類かの防具のうちから、予選用に私自身が選別して着た結果、あのような形になったという設定だ」

「それで意匠がバラバラというわけか。見栄えより性能を取る。嫌いではないし、一応筋の通る話にはなったな」

「作者お得意のこじつけでやすね。そのへん本編で全然説明されないから、姐御ただのセンス悪い人になってやす」

「こいつ、さっきから黙っていればダサいだのセンス悪いだのと失礼なチビが……!」

「じゃぁ訊くけど姐御、オフの日に街に出るってなったら何着ていく?」

「街に? そんなもの貴様らと初めて会ったときに着ていた綿服とズボンで充分だが?」

「やっぱセンスねぇーー!」




次回予告!


 神童それとも悪魔の寵児か!?

 残虐無敵のスワルの力が

 闘士クーを攻め立てる!

 その闘いぶりに憤る

 イリーズの心中いかなるや!?

 そしてシアン、まさかの精神崩壊か!?

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