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主人と従者と王宮Ⅱ 侍女突っ込む之巻

「今回までのあらすじ!」

「結局続くんだな、この新コーナーも……」

「ご主人は美人! 終わり!」

「それをあらすじとは言わん!」

「王子ッ!? なぜ王子がこんなところに来るんだ!?」

 囁くような叫び声でシアンがミラウラに訊ねる。

「忘れてましたッ! 午後からは王子が本戦出場者の皆さんを訪問することになっていたんです!」

 自然とミラウラもひそひそ声になる。

「なんのためにッ?」

「決まってまさぁ、将来の嫁候補を一人ずつ摘み食──痛ッ」

 シアンの拳骨が落ちた。

「お前は黙ってろ!」

「そうよ無礼ね! 功労と慰問(いもん)を兼ねた、軽いお見合いみたいなものよ。王子は火遊び出来る人じゃないわ。女性に関しては、まるっきりオクテのヘタレなんだから」

「きみも相当無礼だ!」

 小声で無礼の応酬を繰り広げている間にも……

「入るよ? なにやら、よからぬことを言われてる気がするんだが……?」

 扉のノブが(ひね)られる。

「いけないッ、シアン様は急いでお着物を────だめー!」

「うわッ!?」

 半ばに開いた扉の隙間に向かってミラウラが突撃した。

 王子の悲鳴と、人の倒れる音、そして戸が猛烈な勢いで閉じられる音が一斉に起こった。

「う……いたた…………、なッ、なぜ、そなたがここに!?」

「お召し替えの最中にございます! 王子といえど、しばしお待ちなされませ!」

「ああ、それは失礼した……だが、そなた、その格好は────」

「問答無用! 男児なら、黙して、堂々と、お待ちなされませッ!」

 ミラウラの剣幕に王子が黙り込んだのが、扉越しに分かった。

「すごい娘だな。とにかく、今のうちだ。マオ」

「へい、服を……って、どこッ!?」

「はッ、まさか! ────くそぉッ!」

 洗面所に駆け込んだシアンは思わず悪態を吐いた。

 武闘着はすでに、水を張った桶の中に沈められていた。

「あんの小娘、いらねぇことしやがってぇー! 胸パット縫いつけてんの、あれしかねぇのにー!」

 マオが憎々しげに毒を吐く。

「そう言うな。もとはといえば私のせいだ。他の服でなんとかしよう。荷物はどこだ?」

「ああー! まだ宿に置きっぱなしでさぁー!」

「な……!? お前ともあろう者が……ッ!」

「だってー! ご主人が心配だったんだもんー!」

「ええい! なんとかならんか、なんとか!」

 必死になって室内を見渡すシアン。

 とはいえ、見当たるものといえばバスローブくらい。さすがにそれで一国の王子と会うのは躊躇われる。

 イリーズとの闘いで燭台を武器にした機転の良さはどこへやら。武術以外ではまったく頭の冴えないシアンである。

「はッ! ご主人、これでさ!」

 結局、妙案を閃いたのはマオだった。

 その手に握られたものを見て、シアンは感激のあまり、あやうく従者に抱きつくところだった。


 一分後、廊下で黙々と待機していた王子は、扉が開かれる音で顔を上げた。

「お待たせいたしんした。どうぞ、王子様」

 純白の貫頭衣(ポンチョ)を着た、幼い少女だった。

 頭には衣と同じ、白の布巻頭巾(ターバン)を巻いている。

 言うまでもなくマオである。

「そなたは妹君であったな。姉君の体調はもうよろしいのかな?」

 姉妹──シアンが気を失っている間にマオが周辺に吹聴した、二人の関係である。

 二人で一つの選手部屋を使うことが許されたのも、こういう理由である。

「はい、お陰様で。どうぞ中へ」

 少女に(うなが)され、ニギエラは部屋に入った。

 そして、時間を失ったかのように動かなくなった。

 あとに続いて入ってきたミラウラも、ハッとなって顔を赤らめた。

 応接セットのそばに美女が立っていたのだ。

 白い一枚布を身体に巻きつけ、長い黒髪を頭頂で結わえている。

 まるで遁世の(まじな)い師か、異国の踊り子のようである。

 豊かな胸はしっかりと覆い隠しつつ右肩だけを露出しているさりげなさに、深い趣が感じられる。

その一方で首に巻かれた黒革のチョーカーが、神秘さの中に一点、見る者の心をざわつかせる淫靡な雰囲気を醸し出している。

「どうしんした、ご両人?」

 少女に声をかけられるまで、ニギエラもミラウラも呆けた眼で女を見つめていた。

「あ? ああ……すまない、それでは失礼するよ」

 ニギエラは腰の剣を外してソファに腰かけた。

 マホガニーの脚木がギシリと軽い悲鳴を上げた。

 王子はいまだに甲冑姿である。一九〇センチ超えの体躯と併せて、体重は一三〇キロを下るまい。

「王子様は普段着も鎧なんでありんすか?」

 少女がクスリと微笑を漏らして向かいに座った。

 対して、姉の方は泰然とした様子でその隣に腰かける。

「え……ああ、武人の国のならわし、というやつでね。戦がなくてもこのありさまさ。毎日、肩が凝ってしょうがないよ」

 (ふざ)けた調子で王子は答え、チラリと姉の顔に眼を泳がせた。

「そなたらは鎧とは無縁のようだね。闘いを見ていたが、あの軽装で怪我一つなく勝ち残るとは、見事としか言いようがない。とくに妹君の方は着ぐるみであったから、失礼ながら最初に見かけたときには、まさか勝ち残るとは思わなかった」

「わっちも自分で驚いていんす。でも、きっと勝って残ったんでありんせん。子供でありんしたから誰も相手にしなくって、そのまま忘れらてたんでありんすよ」

 少女がそう言うと、ニギエラはほがらかに笑った。

 その笑顔には王子の威厳など微塵も感じられない。

 心身共に健康な、ただの二五歳の青年の笑みである。

「ところで二人とも、まだ名前を聞いてなかったね。私は知っての通り、ニギエラ・ヴァン・メガロ。きみたちは?」

 王子の問いに、少女が姉の方を見た。

「……シャロン」

 それまで押し黙っていた女が、初めて口を開いた。

 無礼極まる、ぶっきらぼうな物言いだったが、王子が気を悪くした様子はない。

「わっちはアンジェラといいんす」

「そうか。シャロン、アンジェラ、いい名前だ。シャロン、そなたの棒術は凄いな。まるで眼が追い着かなかった。あんなのは初めて見たよ。どこで習ったんだい?」

「……独学」

「それは……ますます凄い! 戦棍以外にも、なにか扱えるのか?」

「鎗と双棍。剣なら双剣も含めて一通り。それから打矢(ダート)と弓を少々」

「そんなに!? それも全部独学かい!? 私は剣と弓だけだ。そなたはまるで戦精霊(ヴァルキリー)だな!」

 ニギエラは眼を輝かせて感嘆した。

 その後も王子は二人にあれこれと質問しては、英雄の冒険譚を聞く子供のように楽しげに耳を傾けた。

 おおよその問いには口達者の妹が適当な嘘を交えつつ答えたが、ニギエラはときおり、武芸の話題を中心に姉のことを知りたがった。

 そうなると姉の方は必要最小限の言葉数で呟くように答えるのだが、王子がその態度に眉をしかめることはなかった。

 その深過ぎる懐というべきか、人柄の良さが王子の最大の魅力のようだ。

「なんだ……もう、こんな時間か。最後になってしまったけど、本戦出場おめでとう。私は公正な立場にあるから応援は出来ないが、明日もいい試合を期待しているよ」

 結局、三〇分ほど話してから、王子は名残惜しそうに二人を(ねぎら)い、席を発った。

 しかし戸口まで見送りに来た姉妹の前で、はたと立ち止まった。

「そういえば、昔、父上から聞かされた話なんだが…………」

 王子の眼が、どこを見るともなしに天井を仰ぐ。

「私くらいの年の頃、父はモンスター討伐中、人狼(ワーウルフ)の群れに襲われたことがあったらしい」

 そばにいたフルレラが身震いした。

 無理もない。聞くだけでおぞましい話である。

 ヒト──とくに旅人に恐れられる三大脅威というものがある。

 それが荒野の群狼、山野の悪鬼(オーガ)、そして魔族。

 その中でも人狼は狡猾にして俊敏。その群れに襲われて生きて帰った者は少ない。

「父は死を覚悟した。だが、そのとき一人の旅人が現れて人狼たちを蹴散らしたという。信じがたいことに、その旅人は鎧も着けず、武器も持っていなかった。人狼よりも素早く動き回り、素手で群れを撃退したのだと。父はその人を国に招こうとしたらしいけど、断られて、名前を聞くのが精一杯だった。帰ってその話をしても誰にも信じてはもらえず、しばらくは変人扱いされたそうだ。話が長くなってしまったが、とどのつまり、そなたの闘いぶりを見て、その旅人となにか関係があるのかと思ったんだ。変わった名前でね、よく憶えているよ。ファン=シアンという人だ」

 シアンは顔に出さぬまでも、心中で瞠目(どうもく)した。

 まさか、このようなところで師の名を聞けるとは。

 ファン=シアンは己の経歴をまったく語らない人だった。せいぜい教訓じみた失敗談くらいだった。

 それゆえ、十年を共にしながらシアンは師の過去をほとんど知らない。

「……いや、知らないな」

 素っ気なく答えながらも、胸が痛むのを感じる。

 素性を隠しているとはいえ、大恩ある師との関係を否定するのは、あまりにも心苦しい。

「そうか。いや、(せん)ないことだった。じゃあ、明日の健闘を祈るよ」

 そう言い残して、王子は部屋を出ていった。

 足音が廊下の向こうに遠ざかってゆく。

「……だはー!」

 主従は揃って盛大な溜息を吐き、扉の前に崩れ落ちた。

「マオ……(なま)りまで変えることはないだろ。紛らわしい……」

「ご主人こそ……もちっと愛想よく出来やせんか? 冷や汗もんでやしたぜ」

 まるで猛特訓を終えたかのように、二人して荒い息を上げる。

「だいたいこれはなんだ? いかがわしいにもほどがある」

 シアンは眉を顰めながら、首のチョーカーを外した。

 喉仏を隠すためのものだったのだが、マオから押しつけられるままに着けてしまっていたのだ。

「あ-、朝にご主人が被った面とセットだったんでさ。念のために持ってきててよかったぁ」

「買ったものだったのか!? お前また無駄遣いを!」

「先行投資って言ってくだせぇ。実際、役に立ったでやしょ?」

 ぐぬぬ、とシアンは反論の余地を失った。

「お疲れ様です、シアン様。あの……」

 ミラウラが声をかける。

「なぜ、偽名を? もしかして、ファン=シアンというかたと関係が?」

「ああ、私の師匠だ。さっきは独学と嘘をついたがね。今の私の名も、師から戴いた。だが本名で出場すれば、シアンとは女に化けて一国の妃の座を狙うような奴だという噂が立って、師の名誉が損なわれかねん」

 シアンは立ち上がって衣を脱いだ。

 やはり、一枚の布を身体に巻きつけただけの上衣である。

 胸は丸めたタオルを一枚ずつ左右にあてがって作っていた。

「すみません。私が、お召し物を洗ってしまったばかりに。替えの衣を持ってらしたんですね」

「いや、そこから取った」

 シアンの指さした先を追ったミラウラは、あんぐりと口を開けた。

 それまで気づかなかったのだが、ベッドのマットレスが裸になっていた。

 シーツを衣にしたのだ。

「まーったく、余計なことしてくれちゃって、この小娘。おいらが閃かなきゃ、ご主人の正体がばれるところだったぜ」

 マオの言いようにミラウラはムッとしたが、事実なだけになにも言い返せない。

 だが、「ベーッ」と舌を出すマオの頭を、シアンが小突いた。

「やめろ、マオ。ミラ、いくらか調達してもらいたいものがあるんだが、頼めるか」

 悔しい思いをしていた世話役は、ここぞとばかりに表情を花開かせた。

「はい! なんなりとおっしゃってください。武器ですか? ネコの首輪ですか? それとも、私? やだ、私の心でしたら、もうすでにあなた様の────痛ぁい!」

 マオの握ったスリッパが頭に炸裂していた。

 一発では飽き足らないか、二撃目に振りかぶるマオ。

 だが、シアンがその手首を掴んだ。

「やめんか! ミラも、そこまで張り切らなくていい。私たちに合う服と、替えのシーツ、それから他の選手たちの情報が欲しい」

「は……はいッ。今すぐに」

 眉尻を吊り上げてマオを(にらみ)み付けてから、ミラウラは踵を返して足早に退出した。

「さて……と。マオ、一体どうしたというんだ?」

 ようやくシアンは従者の手を放した。

 いつも調子よく冗談を飛ばして笑うこの従者が、ミラに対しては過剰なまでに突っかかっているのが気になってしょうがない。

「あの小娘、気に食わねぇす」

 マオはスリッパを投げ出し、腕を組んでそっぽを向いた。

 明らかに不機嫌だ。

「同族嫌悪ではないのか? 私にしてみれば、お前が二人いるような気分だ」

「一緒にしねぇでくだせぇ。だいたい調達だったら、おいらの十八番なのに……」

「彼女は親衛隊で、王女のもと侍女で、今は私たちの世話役だ。宮中を熟知していて顔も利く」

「そりゃぁ、そうですけど……」

「無理に彼女を好きになれとは言わん。だが、頼むから面倒は起こさないでくれ。ここまできて、王女や隊長の心象を悪くしたくはない」

「へい……、────ッ!」

 マオが力なく答えた次の瞬間、主従は揃って戸口に眼を向けた。

 それぞれの鋭敏な知覚が、扉の向こうに何者かの気配を感じ取っていた。

 王子でも、ミラウラでもない。

 イリーズが訪ねてきたわけでもなさそうだ。

 二人は息を殺しながら素早く戸口に迫り、壁に背を付けた。

「誰だ?」

 問いに応えるかのように、扉と床の隙間から、一枚の紙がスッと差し入れられてきた。

 シアンは二つ折りにされたその紙を拾い上げ、マオにも見える位置で開いた。

 『貴殿と対話の席を設けたし。当方の執務室にて待つ。

        メガロニア軍大将 ヴランティール公爵』

 マオが扉を開け、頭を出して廊下を見渡した。

 すでに、気配の主は去ったあとだった。

「はいはい。『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナーの第八回ー」

「前回のテンションまだ引きずってるのか?」

「今回のお題はー」

「無視かい」

「ネーミングについて」

「話が長くなりそうだな」

「本編も第三章に入りやしたんで頃合いかと思って。このネタでけっこう回数稼げるんじゃねぇですかい?」

「だから、そういう言い方はやめろと言うんだ」

「へいへい。んじゃ今回はご主人の名前から聞いていきやしょうか」

「シアン・ルーンという名前は、ブルース・リーの中国名〝小龍〟、つまり〝シウロン〟あるいは〝シャオロン〟を起点にして、西洋っぽい響きに近づけたものだ」

「色のシアンとかルーン文字とかとは関係ないんでさね」

「まったくない。せいぜいが西洋の単語だからという点を考慮してるくらいだ」

「じゃぁこれはついでに訊きやすが、今回の話でご主人が名乗ったシャロンって偽名はどっから。ご主人の名前の響きが似てただけ?」

「響きが似てたのは偶然なんだが、女優のシャロン・ストーンからだ」

「なんでまた……作者がファン?」

「それもあるが、ストーンが主演の『クイック&デッド』というアクション西部劇があってな」

「ふんふん」

「それもこの作品の参考にしてる」

「この話、映画から影響受けすぎー!」





次回予告!


 思わぬ手紙に誘われて

 公爵閣下に会ってはみたら

 読者の期待を裏切らぬ

 高慢オヤジな悪役ぶりに

 さしものシアンも我慢がならぬか

 一触即発爆発寸前

 いきなり頂上決戦あいなるか!?

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