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第1章 主人と従者と前夜祭Ⅰ ご主人挟まれる之巻

 筆者お得意の[ごった煮小説]の現時点での境地です。

 [武術アクション]と[ハイファンタジー]と[ラブコメ]を主要素に、BL、GL、女装、男の娘などなど、筆者が面白いと思ったものを詰め込めるだけ詰め込んでいます。

 今節は序章にあたるため格闘シーンはまだ出てきませんが、主役二人の紹介話となっております。


     Ⅰ  主人と従者と前夜祭



 熟れた林檎のような落日が、西に(そび)える山脈の稜線に触れつつあった。

 地平の果てまで続く麦畑が夕風を受け、一斉に波打つ。

 その黄金の海を、大きな道が二つに割っている。

 西の山脈と、東の城塞都市を繋ぐ街道である。

 メガロニア──群雄ひしめき合う広大なガルボ大陸の中でも強兵で名を馳せる国家の王都である。

 その城門を目指して、今、二つの影が街道を駆けていた。

 先を行く影の主の名は、シアン・ルーン。

 成人男子にしては小柄な身体が、地面の上を滑るように走る。腕は振らず、一方の手はたくし上げたローブの(すそ)を握り、もう一方の手は背に負った旅行袋の口紐を握っている。

 獲物に迫るネコのような、静謐(せいひつ)な疾駆である。

 オールバックの長い黒髪をなびかせる額には一粒の汗も浮かんでいない。

 乱れのない呼吸を繰り返すのは、一見すると女とも見紛う美貌である。微笑めば、さぞかし艶然としたものになるだろう。

 だが今、その眼に浮かんでいるのは容貌に不似合いな焦燥であった。

 シアンは追われていた。

「ご主人、待ってくだせぇー」

 シアンに遅れること十数歩。子ネコのような愛くるしい少年が走ってくる。

 名前はマオ。

 ゆったりした上下衣(カートル)の上からケープを羽織り、さらに裾がくるぶしに届く長いキュロットを穿()いている。

 やや無造作な短髪の上に、大きく膨らんだキャスケット帽を被り、風に飛ばされぬよう手で抑えつけている。

 こちらの走りは、ネコのようなとは言い難い。

 荒い呼吸と、必死の形相と、噴き出す汗とで、その顔は凄惨なことになっている。

 マオもまた追われていた。

「誰が待つか! 喋る暇があったら走れ!」

 前を見据えたまま主人が怒号を飛ばす。

「そんなぁ! おいらを見捨てる気ですか!? 薄情者ぉー!」

「嫌なら走れと言う──げげッ!」

 驚愕するシアンの視線の先では、二人がくぐろうとしている巨大な鉄の城門が今まさに閉ざされようとしていた。

 メガロニアを囲む城壁の扉である。

 大陸に存在するほぼすべての城塞都市は、日の入りには門を閉ざす。夜の原野に徘徊する野盗やモンスター、魔族などの侵入を防ぐためだ。

 旅人や行商人、あるいは城外に生業を持つ狩人や農民らがこの門限に遅れてしまえば、彼らは門前で、身の危険に震えながら、眠れぬ夜を過ごす他ない。

 主従は追われているのだ────時間に。

「うおぉ、ラストスパート!」

 最後の力を振り絞ってシアンは速度を上げた。

「あ、ずりぃ!」

「どこがだッ!?」

 漫才のような掛け合いをしている間にも、城門の隙間は刻一刻と狭まってゆく。

 だが、シアンの末脚はそれに勝る。

(ギリギリだが……くぐれる!)

 そう確信した瞬間、シアンは叫んでいた。

 それが、不幸と幸運を呼んだ。

「おい、待て! もう一人────わぶッ!」

 言い終わらないうちに、シアンは頭から地面に倒れ込んでいた。叫びながら無意識のうちに「待て」と掌を出したせいで、手放したローブの裾を踏んでしまったのだ。

 そして、猛烈な疾駆の勢いは転んだくらいでは止まらない。

 砂煙を巻き上げつつ、二メートルほどヘッド・スライディングして、シアンはようやく止まった。

 運悪く、左右から迫り来る門扉の間に。

 逃げる間もなく、細い胴は、厚さ一メートル近い二枚の鉄板に挟まれた。

「ぎゃぁああああああああああ!!」

 美青年の口から、命の危機を訴える絶叫が迸った。

「うおぉ!? 止めろ、止めろー! 人が挟まったぞー!」

 驚いた城門警備兵の一人が叫び、閉門作業が止まる。

 その隙を突いて────

「ご主人ー!」

「ごふッ!」

 シアンの背を踏み越え、門の隙間を縫ってマオが入城を果たす。

「いだだだだだだ!」

 ついでに主人の長い髪を掴んで、門扉の合間から引きずり出した。

「抜けたぞ! 閉門ー!」

 それを合図に、城門は今度こそ閉ざされた。

「ま……間に、合ったぁ…………」

 危険な野宿をせずに済んだことに安堵の溜息を漏らし、マオはへたり込んだ。

「よかったぁ……ぎゃふッ!?」

 その頭に拳が降った。

「よくないわぁ!」

 シアンである。顔をはじめ、身体の前面が砂まみれになっている。

「えー? なんでですかい?」

「主人の背を踏んづけて、あまつさえ髪を掴んで引き摺ってゆく奴がどこにいる!?」

「ここにいまさぁ────にゃふッ!」

 はい、と挙げた手とすれ違うように落ちてきた手刀が帽子を叩いた。

「聞いた私が、バカだった」

「やっと気づきやしたか。一つ賢くなりやしたね」

 五秒後、シアンはマオを縄で雁字搦(がんじがら)めにして片手にぶら下げ、城門前の広場に設けられている噴水の縁に立っていた。

 通行人達が向ける、非難と奇異の視線も意に介さず、煉瓦(れんが)で囲まれた人口池の上に、小さな身体を掲げる。

「参りやした。おいらが悪ぅござんす。勘弁しておくんなせえ」

「分かればよろしい」

 さして深くもない水かさだが、この少年にとって、これほど効果のある脅しはない。

 マオは水が大の苦手なのだ。


「円形都市……か」

 門から王宮へ一直線に伸びる大通りを歩きながら、シアンが言った。

 王宮を中心とした蜘蛛の巣のような町並みが、メガロニアの特徴だった。なかでも東西南北の城門へと続く四本がメインストリートとして賑わっているようだ。

「ここを建国したシュヴァーツって王様が円形闘技場の闘士出身なんでさ。で、自分の生い立ちを忘れねぇために、こんな形の街にしたんだとか。宮殿の中にも闘技場があって、毎月競技会やら武術会やらが開かれてるって話でさ」

「なるほど……それにしても、祭りでもやっているのか?」

 門をくぐった当初は売り言葉に買い言葉のすったもんだで気づかなかったのだが、日暮にもかかわらず、街中は昼間のように明るかった。

 往来のそこかしこで篝火(かがりび)が焚かれ、頭上に渡された縄からはいくつものランタンが垂れ下がっている。

 酒場や踊り場が夜に賑わうのは当たり前だろうが、明かりの消えた店の軒下では、鉄板料理や遊戯などの看板を掲げた露店が競って客を呼び込んでいる。

 通行人の中には女性や子供の姿も多く、菓子売りや大道芸人の姿も散見出来る。

「明日から武術大会が始まるんでさ。それもスゲェやつが」

「スゲェ武術大会?」

「この国の一大イベントでさ。それで各地から腕利きや見物人が沢山集まってるんで、今夜は歓迎も兼ねた前夜祭が行われてるんでさ」

「さっきから、お前よく知ってるな。ここに来たことがあるのか?」

「ビラに書いてありやす」

「……ビラ?」

 見ると、確かにマオの手には丸く巻かれた紙が握られている。

「そんなもの、どこで手に入れたんだ?」

「さっき擦れ違った人のポケット──うにゃ」

 スナップを利かせた裏拳が大きな帽子のてっぺんを小突く。

「お前の手癖の悪さには呆れてものも言えん。露店の食い物など盗むんじゃないぞ」

 言えん、というわりにはしっかり注意するシアンに対し────

「ふぇーい」

 マオは妙にくぐもった声で応えた。

 その手に握られた串の先では、腹を囓られた焼魚が香ばしい匂いを上げている。

「……どこから()った?」

あの店(はほひへ)

 マオは背後の露店の一つを指さす。

 その頭に落ちてきた二発目の裏拳の威力は、小突いたで済む代物ではなかった。

「申し訳ない。おたくの店の品をうちの連れが出来心で盗んでしまった。この通り代金は支払うし、本人にもきつく叱っておくから、今回は容赦願えないだろうか?」

 律儀にも、店に従者の罪を告白するシアンであった。


「しかし祭りとなると、私たち以外の旅行者も多いのか。宿があればいいのだがな」

 店への詫びを兼ねて、自分用にもう一本買った焼き魚を食みながら、シアンは歩く。

「おいらは連れ込み宿でも全然、問題ありやせん」

 ユニコーン肉の筋煮の強烈な歯ごたえを噛みしめながら、マオが応える。メガロニアの郷土料理だという。

 今度のはちゃんと主人にねだって買ってもらったものだ。

「やめろ。私を治安当局に逮捕させる気か」

「そんなそんな、野郎同士なんざ今どき珍しいもんじゃ────」

「私は同性愛者ではない! それに、お前の見た目の年齢こそ大問題だ!」

「なら兄弟ってことにして────」

「なお悪いわ! ──痛ッ」

「どうしやした?」

「小骨が、歯茎に刺さった……」

「ドジでやすねぇ、ご主人は。ほら、口空けてくだせえ、おいらが取ってあげまさぁ」

「やめろ。どうせ舌で舐め取る気だろ」

「分かってんなら話が早ぇ。ほら、あーん」

「やめろと言うんだ!」

 などという不埒な会話を繰り返しながら二人は宿を探した。

 そして三〇分と経たないうちに、シアンはマオの案を真剣に検討せざるを得なくなっていた。

 どこの宿にいっても空きがないのだ。明日からの大会の出場者と見物人とで、相当な数の旅行者がメガロニアに押し掛けてきているらしい。

 スイートルームなら、という所は何軒かあったが、おいそれと出せる額ではない。

 一軒一軒当たってゆくたびにシアンは焦り、マオは期待に眼を光らせた。

 自然と、二人の足はメガロニアの中心に近づいていた。

 人混みはいっそう濃くなり、足音と話し声、器楽家の路上演奏、酔漢たちの大合唱が渾然一体(こんぜんいったい)となって、夜の街を盛り立てている。

「──うッ!」

 不意に、シアンは真横にステップを踏んだ。

 前方から歩いてくる通行人を避けただけなのだが、まるで石を投げられたかのような鬼気迫る動きだった。

 相手は、女だった。

 だが一般的な町民ではない。

 鎧を身に纏い、腰に剣を提げた女戦士である。

 酒をたしなんだあとなのだろう。頬は赤らみ、(まぶた)も下がり気味だ。

 道を譲ってもらったことには気づいたらしく、すれ違いざまに礼儀正しくシアンに会釈をした。

 あるいは、前から来た美青年のことが気になったのかもしれない。

 しかし、シアンの方は彼女には一瞥もくれず、さらに一歩離れて、足早に歩き去った。

「な……なんだ、今のは。この国の騎士か?」

 額に手をあて、そこに浮かぶ大粒の汗を拭った。街道を走り抜けた時でさえ、一滴たりとて流れなかった汗である。

 脂汗だった。

「しかし、ご主人。あの鎧についてた紋章は、トネリヤ国の騎士団のもんでさ」

「トネリヤ? 山一つ向こうじゃないか。なんでそんな所の奴がいるんだ?」

「余所もんは、あん人だけじゃなさそうですぜ」

「なに? ────う……ッ」

 マオに言われて辺りを見回したところでシアンは色を失った。

 道が広いのと、宿探しに神経を注いでいたのとで、まるで気づかなかった。

 周囲にひしめく人間のうち、女性の割合はなんと、おおよそ四分の三。

 そして、そのほとんどが何らかの武具を身に帯びた騎士、戦士、傭兵や武芸者だった。

 祭りの場は雄々しき女の園となっていた。

 氷地獄に落とされたかのような耐え難い冷気がシアンを襲った。

 これが彼の弱点だった。

 その拒絶反応は水に相対したときのマオの比ではない。勇ましい女性が近くにいるだけで全身が汗を噴き、手足が震え、正常な思考が出来なくなってしまう。

 女傑恐怖症(アマゾフォビア)である。

「そういえば……武術大会の前夜祭とか言ってたな。にしても数が多すぎないか? これ全員、参加者か?」

 慌てて露店の隙間に避難し、注意深く、辺りを見渡す。

 奇妙なことに、ひしめき合う女丈夫たちの数に逆比例するかのように、男の戦士の姿は──城内警備隊と思しき兵士たちを除いて──一人も見当たらない。

「……マオ」

 シアンは弱々しい声で従者の名を呼んだ。足にはすでに震えが出始めている。

「その武術大会…………どういうものだ?」

「聞いてビックリ。メガロニア王国名物、《次期王妃決定武術大会》ーぃ」

 ビックリどころではない。鎖鉄球(モーニング・スター)で頭を殴打されたような、鈍重かつ致命的な衝撃がシアンの精神に炸裂していた。

「王妃決定!? それでこんなに!? な……ッ、なぜそれを先に言わん!?」

「えー、なんか興味なさげでやしたから」

 大嘘である。パンフレットを見た時点でなにもかも分かっていたのだが、祭りを見て回りたいのと、主人の困った顔がちょっと見てみたいのとで黙っていたのだ。

「冗談じゃない! 本気で冗談じゃないぞ! こんな所にいてたまるか!」

 知っていれば、こんな街には入らなかった。野宿の方がマシだ。

 だが、今さら街を出ることなど出来ない。

 いっそ城壁に昇って外へ飛び降りてやろうかとも思ったが、流石に命は惜しい。

 この上は、なるべく中央から離れている宿を探すしかない。

「この際、お前と連れ込み宿だ。その方が何倍もマシ────おっと!?」

 来た道を戻るべく露店の影から出た途端、巨大なナニモノかとぶつかってしまった。

「なんだい。アンタどっから出てくんのさ。気をつけなよ」

 野太い声が頭の上から降ってくる。

「ああ、失れぃ…………」

 その声の主を見上げた瞬間、シアンの精神は限界を迎えた。

 二メートルの巨体。

 丸太のような二の腕。

 短髪どころか五分刈りにされた頭。

 岩石細工の顔面。

 いっそ、岩石人形(ゴーレム)であったほうが、どれほど幸せだっただろう。

 女傑の見本のような大女丈夫であった。

 薄れゆく意識の中で、シアンは自分の身体が、ゆっくりと傾いでゆくのを感じた。

 お読みいただきありがとうございます。

 ご覧の通りハチャメチャワチャワチャですが、全編こんな感じです。

 作品自体は完成しており、校正と改稿を進めつつ続投してゆく予定です。

 シアンとマオ、この愉快な二人組を気に入っていただければ幸いです。

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