72 間接キッス
この日。
ケイタは学校に着いて、ランドセルに筆箱が入ってないことに気がつきました。
――どうしよう。
エンピツがなくてこまっていると、隣の席のユズちゃんが声をかけてきました。
「ケイタくん、どうしたの?」
「筆箱を持ってくるの忘れちゃったんだ。それでエンピツがなくて……」
「だったら私のエンピツを貸してあげる」
「ほんとなの!」
ユズちゃんは優しくて、かわいくて、勉強もできます。ケイタはユズちゃんのことが大好きでした。
ユズちゃんが自分の筆箱からエンピツを一本取り出しました。
「ちょっとちびてるけど、これでいい?」
「うん、ありがとう」
ケイタはうれしくてたまりませんでした。
授業が始まりました。
ユズちゃんが貸してくれたエンピツには、うしろの方に小さな歯形がたくさんついていました。
ユズちゃんはときどき、鉛筆でくちびるをツンツンとつついていることがあります。
――ユズちゃん、鉛筆をかむこともあるんだ。
ケイタはユズちゃんに見られないよう、歯形のあるところをこっそり匂ってみました。
甘くていい匂いがします。
ケイタは歯形のところに自分のくちびるを当てました。
――これって間接キッスだ!
ケイタはうれしくなって、授業中に何度もペロペロとエンピツをなめました。
その日の帰り。
ケイタはユズちゃんにエンピツを返しました。
「ユズちゃん、今日はありがとう」
「ううん、お役に立ててよかったわ。これ、よかったらケイタくんにあげる」
ユズちゃんがエンピツをケイタにくれました。
「ほんとにもらっていいの?」
「どうぞ」
「それで……」
ケイタはエンピツについている歯形を見せて、気になっていたことを聞いてみました。
「ユズちゃんて、エンピツをかむクセがあったんだね?」
「ああ、その歯型ね」
「うん」
「それね、おにいちゃんのエンピツなの。昨日、勉強を教えてもらったとき、まちがってわたしの筆箱に入ったみたい」
「そうだったんだ」
ケイタはとてもがっかりしました。
ユズちゃんとの間接キッスが、おにいちゃんとの間接キッスになってしまったのです。
ユズちゃんが笑って言いました。
「おにいちゃん、かむだけじゃなくてね、エンピツを鼻の穴に突っこむくせがあるのよ」




