7 分身願望
会社から帰宅すると……。
パンツにランニング姿の男が床に寝転がり、缶ビールを手にしてテレビの野球中継をみていた。
「だれだ、アイツは?」
オレはキッチンにいる妻にくってかかった。
「よく見てよ、アナタじゃない」
妻がなによといった顔をする。
「オレだって?」
見るに、ソイツはたしかにオレだった。
「どういうことだ?」
「アナタの願望が分身になって、ああして形になってるのよ」
「ふむ」
そうかもしれない。
激務の会社勤めに、オレはいいかげんイヤ気がさしていた。日がな一日、ああやって寝転がり、ビールを飲みながらテレビでもみていられたら……最近はそんなことばかり考えていたのだ。
おそらくアイツは、オレの願望が分身となって具現化したのであろう。
だが、本物のオレはがまんして働いている。
アイツには説教のひとつでもしてやらねば気がおさまらない。
「おい!」
オレは分身に向かって声をかけた。
「なんだ。帰っていたのか」
分身がマヌケ面で振り向く。
「いいな、オマエは。働きもしないで、家でだらだらしていられて」
「ああ、アンタのおかげでな」
「だがな、それも今日でおしまいだ。明日から、オマエが会社に行くんだ」
「そうなの?」
分身が首をかしげて妻を見た。
「アナタ、ダメなのよ。分身はアナタの本性なんだから、働く気なんてこれっぽちもないの」
「ふん! 痛い目に合わせてでも行かせてやる」
動かない分身を蹴り飛ばしてやろうと、さっそくオレはリビングに進み入った。
だが、入ったとたんに足がかたまった。
「コイツは……」
分身がもう一人いたのだ。
ソファーに寝そべり、見なれた女が大口を開けて眠っている。
「そう、わたしの分身なの」
妻が苦笑いする。
――オマエもか。
薄々気がついてはいたが、まさかここまでひどいとは思わなかった。