6 目覚まし時計のプータン
「明日もお願いね。じゃあ、プータンおやすみ」
今夜もユカリさんは、いつものようにオレにおやすみを言ってからベッドに入った。
――まかせといて。
オレもいつもの返事を返す。
やがて、ユカリさんの寝息が聞こえてきた。
――ユカリさん、おやすみなさい。
薄明りの灯った部屋。
オレは本棚の上から、ユカリさんの寝姿をじっと見つめていた。
オレは目覚まし時計。
自慢じゃないが、この十年間、オレはひとときも休むことなく時を刻んできた。
まあ、最近はちょっと遅れ気味なんだけど、それでも一度として止まったことはないんだ。
なっ、すごいと思うだろ。
それに名前だってあるんだ。
プータン。
これがオレの名前さ。
ユカリさんがオレと出会ったときにつけてくれた愛称なんだ。
あの日。
中学生になったばかりのユカリさんに、パパはオレをプレゼントしてこう言ったんだ。
「ユカリ、これからは自分で起きないとな」
「パパ、ありがとう」
ユカリさんは嬉しそうに、目覚まし時計のオレを抱きしめてくれた。
なんで目覚まし時計をだきしめるの?
そう思われようが、オレはクマ人形型のでっかい目覚まし時計なんだ。
「あんたのこと、これからプータンって呼ぶね」
で、オレは今もプータンと呼ばれている。
「プータン、ユカリのことをたのんだぞ」
パパはまだ心配そうだった。
「パパ、だいじょうぶよ。プータンがいれば、ユカリだって一人で起きられるもの」
ユカリさんにはママがいない。
仕事で朝早く家を出るパパにかわって、オレはこうして毎朝ベルを鳴らし、ユカリさんを起こしてあげることになったんだ。
あの日から十年が過ぎた。
ユカリさんは大学を卒業して会社に勤めるようになった。
今は都会のアパートで一人暮らし。
もちろんオレも一緒だ。
毎朝六時、本棚の上で起床のベルを鳴らしている。
「プータン、明日もお願いね」
ユカリさんは寝る前、いつもオレのゼンマイを巻いてくれる。
でも最近、たまにそれを忘れるようになった。
――会社勤め、大変なんだ。
仕事につき合いと、会社勤めはなにかと大変なようで、ユカリさんはかなりお疲れらしい。
近ごろは帰りが遅く、昨晩なんか十二時をまわっていて、寝たのは夜中の二時だった。
これでは四時間しか睡眠がとれない。
――だいじょうぶかな?
オレは心配だった。
とはいっても、目覚まし時計のオレにできることはひとつしかない。朝六時にベルを鳴らし、ユカリさんの目を覚ましてあげることだけだ。
六時前一分。
オレはいつものようにベルを鳴らす準備を始めた。
――うん?
なんだか変である。
力が入らない。
さらには歯車の回転が弱くなっている。
――どうしたんだろう?
考える間もなく六時がやってきた。
ベルが鳴らせない。
――そうか……。
オレは思いあたった。
ここ三日ほど。
動力源のゼンマイを巻いてもらえていなかった。それでベルを鳴らすエネルギーがなくなったのだ。
こんなことは初めてだった。
時間が過ぎてゆく。
――どうしよう?
オレが起こさなくても、ユカリさんは自分で目を覚ますこともあるのだが、今朝のユカリさんは寝入っていて、ぜんぜん目を覚ましそうになかった。
このままでは会社に遅刻してしまう。
――どうすりゃいいんだ?
気持ちばかりがあせる。
と、そのとき。
――そうだ!
オレは名案がひらめいた。
ベルが鳴らせないのであれば、この大きな体を利用して直接的手段をとればいい。
ユカリさんまでの距離、およそ一メートル。
――えいっ!
最後の力をふりしぼって、オレは本棚の上からユカリさんめがけてダイブした。
ゴン!
見事、ユカリさんの頭に命中。
――ユカリさん、早く起きてください! もう六時を過ぎてますよ。
ユカリさんは目を覚まさなかった。
ユカリさんは気を失っていた。
おでこに大きなコブをこしらえて……。