105 落とし物
会社からの帰り。
オレは電車を降りたあと、顔を洗ってすっきりしようと駅の洗面所に入った。今日は外回りの仕事で汗だくとなり、そのうえ帰りの電車の人混みにもまれ、首のあたりが汗まみれであった。
首を洗って拭いているときだった。
ポケットのスマホが鳴り、あわてて出ると妻からのメールで、具合が良くない、熱があるので早く帰ってきてとあった。
オレは顔を洗うのをやめ、そのまま急いでトイレを飛び出した。
家に帰ると、妻がオレを見て驚いたように言う。
「ねえ、顔はどうしたの?」
「えっ?」
顔に手をやると首から上がない。顔を洗ったとき駅の洗面所に忘れてきたらしい。
「駅の洗面所に置き忘れてきたみたいだ」
「あなた、これでいったい何度目なのよ。早く取りに行かなきゃ」
「ああ、これからすぐに行ってくる」
オレは急いで駅へ向かった。
駅に着くと、オレは顔を洗った洗面所に走った。
だがそこには、すでにオレの顔はなかった。
次に忘れ物承り所に向かった。盗まれていなければそこへ届けられているはずである。
駅員に事情を話すと、担当の駅員が忘れ物や落とし物を保管した部屋へと案内してくれた。
その部屋はずいぶんと広く、中にはたくさんの品物が棚にぎっしりと並べられ、駅員はそのうち顔が置かれてあるコーナーにオレを連れていった。
駅員が指し示して言う。
「ご覧のとおり、多くの忘れ物の顔があります。この中からお好きなものをどうぞ」
手前は最近の忘れ物。
届けられているとすればここらだが、そこにはオレの顔は見当たらなかった。前回失くしたとき、かなりイケメンの顔をもらっていたので、誰かが盗んで持っていったか、あの洗面所で取り替えられてしまったのだろう。
奥に進むほど以前に届けられたもので、長く置かれてきたせいかホコリをかぶっていた。そして奥に残っているものほどおかしな顔だった。
笑える顔。
マヌケな顔。
アホズラの顔。
こんなの誰も欲しくないのだろう。
――おっ!
オレは懐かしい顔を見つけた。
それは十年ほど前になくしたオレのもので、生まれてからそれまで、ずっとつけていた顔だった。
――ひさしぶりにつけてみるか……。
それを手に取って首につけてみるに、これがまた妙にしっくりときた。
その夜。
妻にはさんざん笑われた。
だが、少しも後悔はしていない。
今ではこれが一番だとさえ思っている。




