10 恋のキューピット
ハジメくんには大好きな女の子――初恋の人がいます。
その子はナナちゃん。クラスの人気者で、いつもクラスメイトにかこまれています。
――ボクも仲良くなれたらなあ。
ハジメくんはとってもはずかしがり屋。
いつも遠くからナナちゃんを見つめていました。
そんな、ある夜。
「ナナちゃんと仲良くなれますように……」
ハジメくんは神様にお願いをしました。
すると目の前に、小さなはだかの男の子があらわれました。
手にはハートの矢と弓。背中には白いつばさがついていて、フワリと宙に浮かんでいます。
「もしかして、きみって天使なの?」
「わたしは恋のキューピットだ」
物語に出てくるキューピット。それが本当にいるだなんて、ハジメくんはもうびっくりです。
「これって夢じゃないよね」
「ああ、もちろんだ。神様の使いで、オマエの恋をかなえるためにやってきたのだからな」
「じゃあ、ナナちゃんと仲良くなれるんだね」
「もちろんだ。だがそれには、オマエ自身も努力しなくてはな」
「努力って?」
「好きだって、告白さ。男なら、それくらい自分でやるもんだろう」
「できるかなあ」
ハジメくんは自信なさそうです。
「しっかりするんだ。恋のオゼンダテは、わたしがしてやるからな」
「でも告白だなんて」
ナナちゃんと話ができて仲良くなれる。
それだけでハジメくんはうれしかったのです。
翌日の土曜日。
授業はお休みですが、ハジメくんは学校に行きました。ウサギの世話――エサやりと小屋掃除の当番だったのです。
――あれ?
今日の女子当番はサツキちゃんのはずなのに、ウサギ小屋の前にナナちゃんがいます。
「ハジメくん、おはよう」
ナナちゃんが手をふってきました。
「ナナちゃん、今日は当番だった?」
「ううん、ピンチヒッターなの。サツキちゃんから電話があってね、お熱が出たんだって」
「そうなんだ」
ハジメくんはホウキを手にすると、さっそくウサギ小屋の掃除にとりかかりました。
「あたし、エサやりをするわね」
ナナちゃんはエサ袋を持って入りました。
いま、ナナちゃんと二人きり。
――これって恋のオゼンダテ?
ふとハジメくんは、夕べのキューピットの話を思い出しました。
――告白しなきゃあ。
そう思っただけでドキドキしてきて、告白するどころか声さえかけられません。
エサやりの終わったナナちゃんがいっしょに掃除を始めました。
それでもハジメくんは告白できないでいました。
そんなハジメくんに、
――なんてなさけないヤツなんだ。せっかく二人きりにしてやったのに。
キューピットはため息をついたのでした。
ウサギ小屋の掃除が終わりました。
ついにハジメくんは、好きだって――告白できないままでした。キューピットが作ってくれたチャンスをのがしてしまったのです。
「カサ、持ってきてよかったわ。ハジメくん、持ってきた?」
ナナちゃんが空を見上げました。
いつかしら雨が降り始めていたのです。
「うん。天気、悪かったから」
ハジメくんは自分のカサを見せました。
「あれ? あたしのカサ、どこにいったのかしら。ここにおいてたのに……」
ナナちゃんがウロウロと、ウサギ小屋のまわりを探し始めました。
ハジメくんも探してあげました。
そんな二人を――。
キューピットはウサギ小屋の屋根の上から見ていました。そしてそこには、ピンクのカサ――ナナちゃんのカサがありました。
――これが最後のチャンスだぞ。
カサをかくしたのはキューピット。
カサのないナナちゃんを、ハジメくんに送らせる作戦です。
キューピットは思いました。
――アイアイガサで告白。これならアイツもできるだろう。きっとうまくいくぞ。
「どうしよう」
ナナちゃんはたいそうこまっています。
雨が強くなってきたのです。
「そうだ! ボクのを貸してあげる」
「でも、ハジメくんは?」
「おきガサが教室にあるんだ。ナナちゃん、先に帰っていいよ」
ハジメくんは自分のカサを、うれしそうにナナちゃんに渡したのでした。
ウサギ小屋の屋根の上。
雨の中、校舎に走るハジメくんを見ながら、キューピットはつぶやきました。
――お手上げだな、あのお人好しのバカ。そろそろわたしも、神様のもとへ帰るとするかな。
こうしてついに……。
ハジメくんの初恋は、かなわないまま終わったのでした。




