クララの糸
四部合唱 ああ、われら、知の海を信じる
夕べの朝よ。朝の夕弦よ
さあさ、食材を召し上がれ
アア、われら、血にまみれた
月が落ちるのだろうか?
夢は落ちたのだ。ああ、朝は始まった
ソプラノ独唱 母なるイヴよ
バス独唱 父なるアダムよ
クララ 私をお呼びですか?
ソプラノ独唱 クララは世界
アルト独唱 あなたは神の子
テノール独唱 クララは世界
バス独唱 あなたは クララ この世界を知る、夕べの前に始まりを知った
四部合唱 まだ朝の弦が零落しそうになるころだったのだろうか
(神の仔の声が聴こえる)
神は朝の澄んだ空気が支配する夢の王国で生きていた。まだ、今日という日が始まったのか、いや、昨日が終わりを告げただけかもしれない。クララは鏡の間でクララに向かって第一のヴィオラ、第二のヴィオラを演奏した。そして鮮やかに色のキャンバスが溶けるのを待つのだろうか? どこまで行っても何もなく。どこへ行っても何もない。街は海辺に近く。そして海に浸食されたソフィアの歌が聴こえてくる。
ソプラノ独唱 ただいま。フィロソフィア
アルト独唱 ただいま。ソクラテス
テノール独唱 ただいま。アリストテレス
バス独唱 ただいま。プラトン
そして四部合唱は云われた。 ああ、おかえりない。あなたを待っていました
言葉の羅列。倍々ゲームのように入り混じった、その言葉の中に、いつも「ただいま」という、声。どこからともなく、そして響くのを待つこともしないでヴィオラ協奏曲の響きが、どこからか、聴こえてくるのだ。
アルト独唱 皇帝陛下がイラッシャッタ
テノール独唱 神聖ローマ帝国解散!
四月は残酷な月で、五月は人にとっての夏である。六月がいつまでも訪れようとはしなかった。だからクララは氷の花が咲いた五月の終わりに聖アウグスティヌスが神の子に告白をしにきたのだった。そこにドイツで有数の文豪――ゲーテ――が現れた。
ゲーテ アア、もっと我が、光を!
時織、時折そして時降り、まだ跡のない原糸の兆しが見えることを、クララは知っている。帝国議会が海上に鏡の奥に願った時間が存在するのだろうか?
四部合唱 アーメン Amen という、言葉をもとに
聖書 Bible が開かれた
キリスト Christ が神の子となって現れた
クララ 父なる神に、拍手を
皇帝の間で、クララは世界をアラワス係だったのだ。到底できやしない、幻灯が夜に彩を添えて、そして一人静かにいとおしくもいたわる、その工程に、大都会は戦場になった。空襲だった。ある日、空から死が舞い降りてきたとメフィストフェレスが演説した。
Dooms day 終末の日に、歴史が始まったことを、クララは知っている。パウロやペテロが登場し、父なる母、母なる父。そしてアリアドネの糸に引き連れられて、クララはまだ夢の中で生きていた。だからテーブルとイスは数学的に同じものだった。ぐにゃぐにゃと形が何か変わったように、そう考えてならないのだ。クララは忘れないし、忘れない、その言葉を、いつの間にか木々の下に白百合と黒百合が咲きこぼれては左翼共産主義者とリバタリアンが「世界はいかにあるべきか」という問いで激しく議論していた。そしてそこでEveが扉を開いた。象徴的な空間だった。クレシー、テルモピレー、ワールシュタット、タラス川、と様々な戦闘があった。そして夢が希望の世界にあった。まだ朝蔭も、そして遠い記憶の限り、家族と一緒にいた日々を、クララはまだ、知っているのだ。
クララ こちらからは届くかはわかりませんが、できうる限りお伝えしたいと思います。ここガーテンでは空襲で死者が日々増えています。衛生的な環境もなく、医療不足による戦死者が増えているのです。
メフィストフェレス クララを呼べ! クララを呼べ! そして呼べ、クララを!
クララ 私をお呼びで
メフィストフェレス そうだとも、お前は死んでいる。お前は死んでいる
クララ 私の血は冷たく。私の息は凍え、そして私の夢は世界の果てまで夢を見ているのです
(神の仔の声が聴こえる)
イーアー・イーアー・イーアー
イーアー・イーアー・イーアー
然り 沈痛な思い出を、それは大人になる前にしった、その痛み、だれもが感じては日々を止まらない、聖なる神の永遠のローマ帝国が始まった。それは西暦800年のことだった。カール大帝が即位したのだ。
始まった。神聖ローマ帝国。
そして 神聖ローマ帝国 死んだ。
ゲーテ 文豪と言われても、ちちんぷいぷいというほどの酔っぱらいばかり扱っているんだ。ああいやなこと。いやなこと。
ソプラノ独唱 マザー・テレジアがいらっしゃいました
アルト独唱 マザー・テレジアは御年七十七歳
テノール独唱 マザー・テレジアは世界から貧困をなくそうと尽力したかたです
バス独唱 マザー・テレジアは云われた
四部合唱 私たちの最大の敵は孤独なのです。と
孤独が反論しに現れた。
孤独の独唱 まとわり、まとわり、まわり、百年の孤独の前に世界は始まったのだ
幸福の独唱 「好き」だという言葉は最大の愛情表現ではないのです
死者の歌 memento mori! memento mori!
聖者の歌 そして始まった。永遠にして神の歌を歌うもの、われらの知を知りしむ