第4話
まるで、
その地響きは、気紛れに迷い込んだ冒険者たちを蹂躙するケルベロスの群……
その雄叫びは、六百四十八万の戦星を率いて神の子を亡ぼそうとする夜明けのドラゴン……
その勇姿は、稲妻を振りかざして阿修羅の王に挑みかかる帝釈天の軍勢……
今、硝酸塩とダイオキシンに汚された大地を荒馬のように蹴立て、夕暮れの空を割れんばかりの鯨波に震わせながら、純銀の鎧に身を包んだ100人のヴァルキューレたちが長槍を突き出し、バイソンの群のごとく眼前まで迫っていた。この猛り狂った戦闘用アンドロイドには感情というものが存在しない。
――そこにあるのは、異物を排除せよという単純明快なプログラムだけだ……
「行くも地獄、退くも地獄……、でも俺たちには違法薬物がある。こいつがある限り俺たちはいつだって天国までぶっ飛べるんだ!」
【学級委員】が手の平を下にして右手を差し出した。
「パーティー始めようぜ!」
「おう!」
その手の上に他の4人が順番に自分の手を重ねてゆく。円陣を組んだ5人は、燃えるような闘魂みなぎる【ブラッド・レッド】の光に包まれていった……
「よーし、目的はあの女の子を無事に軍事施設まで連れていくことだ、ザコどもは蹴散らして一点突破しよう! 行くぜっ!」
「よっしゃあ!」
まずは、やんちゃ坊主の【学級委員】とデブッチョの【体育委員】が、背中の【ランドセル】にあるアダプターソケットに赤紫色の液体が充填されたドラッグ・カプセルを装着した。
……血中のアドレナリン濃度が爆発的に増加してマグマのように沸騰する。
「うおーっ!」
ズダダダダダダダダダダダダ!
怒濤のごとく連打されるツーバスの重低音がハード・コア・パンク特有のアグレッシヴなタテノリ・ビートを刻みはじめると、フランジャーを効かせた野太いギターがノイジーで調子っぱずれなリフを繰り返し、下腹にひびくヘヴィなベースラインが大地をぐらぐらと揺さぶりはじめた……
違法薬物が、音楽を奏で始めたのだ!
「どけどけどけどけーっ!」
「死にてー奴は、どっからでも掛かって来やがれーっ!」
2人は、ゼブラ模様のサンドモービルに積まれた排気量3000ccのディーゼルエンジンをフル回転させ、暴れ馬のごとく砂塵を巻き上げながら敵の真っ只中へと突っ込んで行った。
タコメーターの針がレッドゾーンに突入し、オイルの焼ける臭いが風に溶ける。
たちまち、長槍を構えた鋼鉄の処女たちが、餌に群がるピラニアのように襲い掛かってきた。
「ユー・アー・マザー・ファッカー!」
【学級委員】は、タンデムシートからスタインバーガーのギターを取り出すと、オーヴァードライヴ気味なギターサウンドにニトログリセリンを突っ込んでショットガンみたいにぶっ放した。
ズギャァァァァァーン!
数人の敵がボーリングのピンみたいに消し飛んだ……
「うおー、気持ちいーっ!」
「よーし、俺だって……」
うでに巻き付けていたバイクチェーンをヘリコプターのように振り回しながら、【体育委員】が群がる敵を次々と蹴散らしていく。
突然、1人のヴァルキューレが彼の行く手に立ちはだかった……
――彼には、敵の攻撃が音楽となって聞こえた。
「だぁーっ!」
敵は、いきなりスラッシュ・メタルな叫びをシャウトさせながら流れるような16分音符の連続で超早弾きのギターソロを見舞ってくる。
唸るチャイナシンバル……クラッシュするギターノイズ……
【体育委員】は、これを豪快なダウンストロークではね返すと、力わざのボトルネック奏法でブルージーなギターサウンドの一撃を叩き込んだ!
ユィィィィィィィーン!
「がはあ……」
敵は、側頭から血煙を吹き上げながらスプラッター・サウンドの彼方へと消え去った……
「うひょー、最高ーっ!」
「…………じゃ、じゃあ……あたしたちも、そろそろ行く?」
「えーん、天国のパパ、ママ、ごめんなさーいっ! あたし、もう絶対お嫁に行けない体になってしまうわ!」
キュートでコケティッシュな【保健委員】と超ブリっ子の【放送委員】が、それぞれ愛用のピルケースから取り出した違法薬物のカプセルを、ピンク色の【ランドセル】にゆっくり挿入すると、全身を駆けめぐる快感に思わず切ないあえぎ声が漏れた。
「ああん…………」
と同時に、体中をまさぐるチョッパー・ベースの響きとカリビアンなシンセサイズド・ギターの音色が気怠いジャマイカン・ビートと溶け合って、その豊かな乳房や可愛いヒップをわし掴みにする。
やがて、ザイオンの地に眠るユダヤのライオンが黄金のたてがみを震わせながら予言の翼をゆっくりと広げはじめた……
突然、彼女たちの頭上にユダヤの虹であるラスタ・カラーで彩られた文字が太陽となって輝いた。
――JAH!(神よ……)
その文字は、ラスタファリアン信仰を想起させるもう1つの文字を引き寄せた……
――JAH MAKE……(神が造りたもうた世界……)
やがて2つの文字は性交して新たな文字を生み出した……
――JAMAICA!
唐突にフルボリュームのレゲエ・サウンドが2人の脳内に奔流のごとく押し寄せ、やがて彼女たちの精神をつかさどる脳内神経の大切な部分をつなぎ止めていたネジがプッツン! と音を立てて弾け飛んだ。
「イェー! ハイレ・セラーシエーッ!」
「バック・トゥ・アフリカー!」
ユダヤの聖槍を振りかざしたザイオンのシスターたちは、キングストンの都へ向かって祈りを捧げたあと、有翼の獅子であるゼブラ模様のサンドモービルにまたがって約束の地へと疾駆しはじめた。
たちまち群がるバビロンの牝犬たち……
凶暴な西洋音楽の牙を剥いて挑みかかるバビロンの牝犬どもを、このマリファナに祝福されたドレッド・ヘアーの少女たちは、けたたましいサウンドシステムのDJで蹴散らしてからウィンクしてみせた。
「RASTAMAN LIVE UP!」
カリブ海からの熱風がヤシの実を揺らす……
不意に、彼女たちの前方に偏見と人種差別の角を突き出したバビロンの猛牛が立ちはだかった。
地の底から沸き上がるような地獄の叫び声をしぼり出す。
「アーイ・アム・W・A・S・P!」
しかしそれに怯むこともなく、ザイオンの少女たちは、エチオピアの王に敬虔な祈りを捧げたあと光り輝く炎の槍を疾風のごとく敵の心臓へと突き入れた。
「JAH NO DEAD!」(神は死んでいない!)
断末魔の悲鳴とともに視界から遠ざかる敵に色っぽい流し目を送りながら、彼女たちは失神するほどのオルガスムスを感じて思わず叫んだ……
「あーん、超気持ちいーっ!」
戦いの舞台へと身を投じる4人の姿を見送りながら、チビで頭でっかちの【図書委員】は、深い溜息を吐いた。無責任なことに、彼は、この危険きわまりない薬物を自分自身の体で試した事がなかったのだ……
「うーん、失敗したなあ……、こんな事になるなら幻覚剤なんて造るんじゃなかった……」
その小さな背中に【ランドセル】を背負う姿は、まるで二宮尊徳のようである。
「僕は、生まれつき肉弾戦には向いてないんだけどなあ……」
そう【オーシャン・ブルー】な独り言をつぶやき、しばらく躊躇していた彼は、やがて諦めたようにかぶりを振りながらそっと自分が造った最高傑作を背中の【ランドセル】に装填した。
「…………え?」
リュワアァァァァァーン……
それは、原初の海に浮かんだ蓮の花より発せられたシタールの響きだった。
宇宙の起源たる黄金の卵より生まれ出た創造主が、光り輝く真言とともに発した最初の音である。
「……何だろう、この湧き上がる力は?」
彼の両脇には、象頭の神であるガネーシャ神と美しい天上の楽師であるサラスヴァティ神が静かに結跏趺坐していた。やがて、幻覚剤は、宇宙の神秘にみちた天上の音楽を奏で始める……
大聖歓喜天が奏でるムリダンガムのパーカッシヴな響きがガムランのようなオリエンタル・リズムを刻みはじめると、ガンジス川のせせらぎにも似た美しいヴィーナの音色が弁才天女の白い指先から漏れ出す。その音楽に合わせて半獣半神のガンダルヴァが唱い、麗しいアプサラスたちが妖艶に舞い躍った。
やがて、ヴァースキ竜を首に巻いたシヴァ神がヒマラヤの山頂よりその猛々しい勇姿を現し、神々の祝福を集めてつくったという真言を発した……
――SVAHA!――戦え!
たちまちシヴァ神の額より英雄クリシュナが出現し【図書委員】の体に憑依した。
神懸かりとなった【図書委員】は、炎の馬が曳く戦車に乗り込むと、右手に三叉戟、左手に円盤を持ち、眉間に現れた第3の眼からレーザー光線を放ちながら、血に飢えた羅刹女たち目掛けて突進した。
羅刹女は食人鬼だ。
墓場から掘り起こした屍よりも生きた人間を食することを好む彼女たちは、思いがけず飛び込んできたご馳走に狂喜すると、舌なめずりしながら血濡れた肉斬り包丁を振り上げ襲い掛かってきた。
すかさず【図書委員】の左手から、光り輝く3つの円盤が次々と放たれる。
神聖な円盤 正義の円盤 運命の円盤……
これら3つの円盤が大気を切り裂きながら縦横無尽に飛び回り、逃げまどう羅刹女たちをまるでダイコンでも切るように刻んでいった。断末魔の悲鳴が四重唱になる……
追い詰められた数人の羅刹女が、血を吸った大地にひざまずき暗黒の神に祈りを捧げた……
――Camunda!――恐怖を与えるものよ!
突如、大地が揺れた。
辺り一面に黄色い砂埃が舞い上がり一切の視界がうばわれた。
やがて【図書委員】の眼前に、全身の皮膚がコールタールのように黒い4本腕の地母神が出現した。
彼女は、1本の手にチェーンソー、もう1本の手に鮮血したたる巨人の生首をさげ、残り2本のうでを高々と天空へ掲げていた。そして髑髏のネックレスをぶら下げた首をゆっくりめぐらせ、【図書委員】と目が合うと真っ赤な舌をぺろっと出してけたたましく笑った。
キャキャキャキャキャキャキャキャ……
充血した3つの目が大きく見開き、やがて手にしていたチェーンソーが勢いよく回転しはじめる。
ドッドッドッドッ ギュイイイイィィィィィーン
辺りの空気が震撼した……、視界がゆがむ……、漆黒の血母神は、凶暴な唸りを上げるチェーンソーを豪快に振り回し、あっと言う間に3つの円盤を叩き落としてしまった。
――さあ、次はお前の番だよーっ!
彼女がデス・メタルな叫びとともに襲い掛かってくる。
【図書委員】は、敵の執拗な攻撃を巧みなサンドモービルの操縦によりかわしていったが、ついに避けきれなかった一撃を右手の三叉戟で受け止めた。その衝撃で、この聖なる武器は柄の部分から真っ二つに折れてしまったのだ。
「これは、まずいぞ……」
――死ーねえーっ!
リュワアァァァァァーン
澄みわたった湖面にひとしずくの水滴を垂らしたように、神々しいシタールの音色が【図書委員】のいる場所を中心としてゆっくり波紋を拡げた……
と同時に、水蓮の上で瞑想にふける一角仙人が姿を現し、その口から次々と真言が発せられたのだ。
kham――(自在な空!)
hetu――(原因の風!)
ravi――(太陽の塵!)
vari――(円形の水!)
bhuh――(不生の地!)
5つの真言は、光の宝珠となって黒い血母神のまわりをぐるぐる回り、最後に溶け合って1つの眩い閃光となった。
それは金剛界より顕現した大日如来の真言だった。
vam――(光輝く者よ!)
「ぎゃああぁぁぁ……」
黒い花は、燃えて灰となった……
やがて、天上の音楽が止んだとき、そこにはおびただしい数の羅刹女たちが死体となって折り重なっていたのだ……
つづく……