第3話
それは、例えるなら巨大なアリ地獄だった……
地面を広範囲に穿つスリバチ状のクレーターが、のぞき込むと吸い込まれそうなほど急な下り勾配となって視界いっぱいに広がっていた。クレーターの中央には、逆立ちしたロケットが傾いた消火栓みたいに突き刺さっている……
「なんだ、こりゃあ…………」
5人の頭上で、驚愕を表す【ヴァイオレットブルー】が出来損ないのテトラポットみたいな象形文字となってぐるぐる回転していた。
――彼らは、感情を光のオブジェであらわす。
「おい【放送委員】、これが、おまえたちの昨日から探していたものか?」
「……うん、隕石が墜ちたらしいから探しに行こうぜって【文化委員】が言うもんだから」
「でも、これは隕石ではありませんね、明らかに人工の……たぶん宇宙船か何かでしょう」
そう言ってから【図書委員】は、あっと叫んだ。
「うん、どうした?」
「…………あそこに人がいます」
【図書委員】の指さす先、巨大なアリ地獄の中心と縁のちょうど真ん中あたりに、小さくうごめく人影が米粒みたいに小さく見えた。ロケットの残骸から脱出した生存者であろう、必死に上へ這いあがろうとしている……
「よし、助けに行こうぜ」
気の短い【学級委員】が、すかさず愛車にまたがって指を鳴らしたが、他の4人は、まったく気乗りしないようで、口々に【メローイエロー】な言い訳をし始めた。
「あたし、もう体力の限界……。ねえ、男3人で行ってきなよ、あたし達ここで待ってるからさ。もしも遭難したときには助けを呼びにいってあげる」
【保健委員】は、背中の【ランドセル】に装填する幻覚剤を【放送委員】から貰ったアンフェタミンに付け替え、すっかり正気を取り戻していた。
「……このクレーターを下りていったとして、再び上がって来れる自信が俺にはない、デブだから……」
【体育委員】が、その布袋様のように張り出したタイコ腹をくるりと撫でてからポンと叩いた。
「先ほど転倒したときに腰を打ってしまったようです……、ご苦労ですが【学級委員】お1人で行ってもらえますか……」
【図書委員】は、さも痛そうに腰をさすりながら言った。
「いいから、おめーら全員来いっ!」
【学級委員】の頭上で、怒りを表す【ブリリアントオレンジ】が閃光となって煌めいた。
「あわわ……」
「短気」
「鬼、人でなし」
声をそろえて【モスグリーン】な不平を口にする4人をむりやり従えて、【学級委員】は、意気揚々、砂煙を巻き上げながらサンドモービルを発進させた。
「おわあっ、真っ直ぐ進めねえ!」
「きゃーっ、ばかばかっ! こっちに来ないでえ!」
「ハンドルが取られて危険です、みなさん、もう少し離れて走行して下さい」
5台のサンドモービルは、急勾配の砂地にキャタピラーを取られ悪戦苦闘しながらも、何とか目的の場所へとたどり着いた。そして、救出すべき対象を間近で見るなり、5人は一様に驚きの【紫】で叫んだ。
「なんだ、子供じゃないか!」
アリ地獄に囚われていた人影は、年端もいかぬ少女だったのだ……
「おい、大丈夫か? いま助け出してやるからな!」
【学級委員】は、急いでサンドモービルを飛び下り少女の元へ駆け寄ると、半ば砂に埋もれかけたその小さな体を両手で抱き起こそうとした。
「重い……。まさか、こいつもアンドロイドか?」
彼は、そっと少女の顔を覗き込んだ。そして、その美しさに思わず息をのんだ……
その、ターコイズブルーの瞳は、どこか空の高いところを見つめたまま、磨きぬかれた水晶のように透きとおっていた……
白磁のように艶やかな肌は、長時間、殺人的な紫外線に晒されていたにもかかわらず、まるで絞りたてのミルクで出来ているみたいに潤っていた……
輝くようなプラチナブロンドの髪は、セルロイドのように光線を透かしながら焔のように煌めき、高級なフランス人形みたいに可憐な容姿を形作っていた……
――この人間離れした美しさは、やはり人造のモノだ……
少女は、その愛らしい瞳を大きく2回瞬くと静かに視線をめぐらせ、やがて【学級委員】と目が合うと力なく微笑んで見せた。
「もう大丈夫だ、俺が助けてやっからな……」
少女は、ゆっくりうなずくと、頭上に色鮮やかな光線の象形文字を描き始めた……
「おい【図書委員】! この子、何か喋ってるぞ。お前の出番だ、早くこっちに来い!」
「またですか? いやあ困ったなあ……。なにぶん特殊な言語ですから、僕の語学力で上手く訳せるかどうか……」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、早く来いってば!」
そのとき、自信なさげな【図書委員】を押しのけて、【放送委員】がずいっとピンク色のヘルメットをのぞかせた。
「ねえ、あたしに任せて! こーゆーの得意なの。文部科学省が発行するライセンスだって持ってるんだから」
そう言うと【放送委員】は、少女の横にぺたんと正座して、次々と形を変える光のオブジェを見つめながら通訳を始めた。
「ええと……、どうか私に力を貸してください……月は、未知の病原菌に侵され滅びようとしています……もはや助かるすべはありません……だから月の人類は、地球の同胞を道連れにしようとしているのです……彼らを止めるには月を破壊するしかありません……そのための兵器がこの近くにあります、どうか私をそこへ連れていって…………だって!」
そこにいる全員の頭上に、驚愕の【セクシュアル・ヴァイオレット】が閃いた。
「たーいへん! ねえねえねえ、一体どーするのよ!?」
「お、おい、何かえらいことになってきたな……、一体どうするつもりだ?」
「これは、ゆるがせに出来ない事態ですね、どうするのですか?」
4人が、そろいもそろって【学級委員】の顔を見つめた。
「なな、何で俺にきくんだよー!」
「だって、あんた一応リーダーでしょ?」
こんな時だけリーダー扱いしやがって、と心の中で舌打ちしながらも、【学級委員】は、少女と目が合うと力強くうなずいて見せた。
「よ、よーし……心配するな、俺たちがその兵器とやらのある場所へ必ず連れていってやるからな」
少女は、そっと目でうなずき、天使のように微笑んでから空を見上げた。
熟れたトマトみたいな太陽が、雲の片鱗を燃やしながら瓦礫の輪郭で象られた地平線の彼方へと沈みはじめていた……
兵器が隠されているという場所は、できの悪いイスラームのムスクみたいな建物だった。
それは、かつてベンチャー企業が金に飽かせて造らせた巨大なライブハウスだ。有名なイタリア人建築家が設計したというその鉄骨造のドームは、戦火にさいなまれ、火にくべた鳥かごみたいに黒くひしゃげた骨格だけの哀れなすがたとなっていた。
暮れはじめた風景に、それは負のエネルギーを帯電した魔物の巣窟みたいに見えた……
「お、おい……、何かずいぶんと不気味なところだな」
「やーだー、あたし、お化け恐いー」
「ばーか、違法薬物さえありゃあ、俺たちに恐いモンなんてねーんだよ」
「でも、本当に、こんな所に兵器が隠されているのでしょうか……?」
その時、少女の頭上でまた光の文字が語り始めた。
「……あの建物の中に地下へとおりるための扉があります……今、そのロックを解除しました……でも、どうか気をつけてください……ロック解除と同時に防衛システムも作動したはずですから……」
「ぼ、防衛システムって……?」
「……軍事施設を守る100人の女性型戦闘用アンドロイド……猛り狂ったヴァルキューレたちです……」
「何だって!」
「きゃーっ! 見て見て、何か変なのがゾロゾロ出てきたわよ」
かつて、資材搬入用に使われていた大きな鉄製の扉がその錆び付いた音を軋ませながらゆっくり開くと、古代ローマの戦の女神さながらに鋼鉄の鎧をまとい、いぶし銀の槍をかかげたアンドロイドたちが、血のように赤いマントをたなびかせながらわらわらと飛び出してきた。
そして、聖地を侵す5人の存在をそのガラス玉みたいな瞳で認識すると、槍を振り上げ、口々に機械じみた野太い雄叫びを張り上げた。
「うわーっ、こりゃ無理だ、ぜったい勝ち目ねえって……。あんなの相手にしたら命が幾つあっても足りねえぞ」
「数の上でも圧倒的に不利ですね……、というより無謀です。ここは大人しく引き返しましょう……」
「でもでも、このままじゃ地球が滅ぼされてしまうのよ。何とかして、あの施設の中に入らなきゃ……」
そう言って、4人は、またも一斉に【学級委員】を見た。
「な……、何で俺の顔ばっか見るんだよー」
「だって、あんた一応はリーダーでしょ?」
「うるせー! こんな時ばっかリーダー、リーダー言いやがって」
そのとき、少女の頭上に弱々しい【コバルトブルー】の光が接触不良のネオンサインみたいに瞬いた。
「……はやく……はやく……私の命が尽きる前に……」
「あれ……? このコって、もしかして……怪我してるんじゃないかしら?」
【保健委員】は、慌てて少女のか細い体に手を這わせ負傷のあとがないか調べてみた。すると、タイトな銀色のワンピースに隠れて気づかなかったが、彼女の背中には明らかに銃で撃たれたような深い傷があったのだ……
「たいへん、大怪我してるじゃない!」
「……私の命が尽きる前に……はやく……」
「くそーっ! もう、こうなったら行くしかねえ! 敵を蹴散らして、何としてもこの子をあの地下施設まで運ぶんだ」
【学級委員】がアンドロイドの少女をタンデムシートに乗せながら言った。
「ちょっとみなさん、聞いてください。あの戦闘用アンドロイドたちと互角に渡り合える良い方法がありますよ」
不意に【図書委員】がみなに向かってOKサインを示した。その親指と人さし指の間には、赤紫色に輝くカプセルがはさまっていた。
「この幻覚剤を使えば、僕らは無敵です」
「いやーっ! いやいやいやー、あたしその幻覚剤だけは、もう絶対やらない! 冗談じゃないわ、もう下着の中グチョグチョなんだから!」
「でも、これを使った時の戦闘能力の高さは、あなたがさっき見せてくれた通りです。みなさん、試してみる価値はあると思いますけどね……」
「おい【図書委員】……、お前の造ったその幻覚剤って一体何が入ってんだ?」
【図書委員】は、えへんと胸を張った。
「一応、主成分にはLSDを使用していますが、その他にアルカロイド系、アンフェタミン系、トリプタミン系の薬剤をそれぞれ少量ずつ混ぜています。あと微量ですがステロイド系ドラッグの成分も配合しました……。あっ、そうだ、試験的にマジックマッシュルームを入れてみたんですよ、あとベニテングダケも……、コカインも入れたかなあ……。一応、健康の事も考えて各種ビタミンとグルコサミンも……」
「もういい、もういい! ようするに幻覚剤のヤミ鍋だな、ひとをモルモット代わりにしやがって……」
その時、前方からワーッという喚声がおこった。
ヴァルキューレたちが槍を振り上げ一斉に突撃を始めたのだ。地面を蹴立てる激しい地響きと、鎧がカチャカチャ触れあう甲高い金属音が津波のように大迫力で押し寄せてくる。
「きゃーっ、来たわよ来たわよー、【学級委員】ってば、どーすんのよーっ!」
「こうなったら仕方がない」
【学級委員】は、開き直ったように眼差しを強くすると輝くような【タンジェリン】でみなに言った。
「おい、みんな! パーティー始めるぞっ!」
つづく……