昼と夜の空の間で
案内された客室は上等な調度品が多く、私は驚かされた。流星の連れというだけで、ここまでの部屋を用意されるなんて。
それだけ流星はここに馴染んでいる上、重要な客なのだろうか。
広いしきちんと整っているし、上品な部屋だ。これの百分の一程度のレベルだろう部屋にすら、家はもちろん修学旅行先のホテルでも、私は入ったことがない。
私のいたあそこは宵闇の迷い子という存在に対して、それほどの差別も当然のことだった。
それについて何ら思うところはなかったのだが、こうして違いがわかるたびに、世界は広いということを思い知る。
窓を開けて、ベランダに出る。細かい星はそれぞれに光輝き、月はまわりの色彩が白ばかりだからか、心なしか私の知っているそれより黄色がはっきり見える。
もしかしたら、夜空とは綺麗なものなのかもしれない。
「あ、旅ちゃーん」
隣のベランダから、流星が私をみつけてにこやかに手を振る。
こちらを見る流星の目は、昼間よりさらに明るい青だ。太陽が輝く真昼の空を閉じ込めたような、そんな色。
「どうかした? 眠れないの?」
「別に……。ただ空でも見ようかと思っただけ」
いつもの距離と違って離れているから、声は少し大きく私は返答する。
「そっか。綺麗だよね、空って」
「……そうなのかな」
何度見たってわからない。それでも流星がこれを綺麗だと言うのなら、本当にそうなのかもしれないと思えてくる。
人それぞれ何を見て、どう思うかは違うのだろうが、似た想いを持つ人が多ければそれの価値は決まる。
夜空は綺麗だというように。宵闇の迷い子は恐れられるというように。
「どんな願いを聞いて、流星はここに来たの」
「あの子――シャルの願いだね」
「そう。どんなものなの?」
人の願いを勝手に聞くなんて、なんだかずるい気もした。でも言葉は思わずこぼれて、自分でも意識しないまま問いを重ねていく。
一度関わりを持ったからには、縁ができる。その時の私はそれを知っていて、でも知らないだけだった。
「『ちゃんとした王子になりたい』だよ。シャルは、王子だから。あのままじゃいけないって、自分でもわかってるんだよ」
国王が世襲制なのかは知らないが、王子であるからには、次の国王になる可能性は高い。
そんな人が、対人恐怖症――そこまででなくとも、人と話すのが苦手な人だったら。
国王になんて、なれる訳がない。人々の上に立ち、導いていく存在にはあまりに程遠い。
「感情論と理屈とを、一緒にして考えることはできないからね。どこかで妥協点をみつけないと」
王にならなければいけない。だが、人が怖い。
曲げられるのは、自分の恐怖心だけだ。でも、感情は理屈通りには動かない。
「それで、流星に?」
「そうだよ。ボクはシャルの願いを、叶えようと思った」
何かや誰かに願うなんて、他力本願だ。それでも人は、願わずにはいられない。
自分ではどうしようもなくて、それでもなんとかしたくて、助けを求める。そうして伸ばした手を、誰かが取ってくれたなら。そう思いながら。
「だから、旅ちゃんにもシャルを助けてほしいんだ」
「……無理だよ、私には」
人に嫌われた化け物に、人を助けられる何かがあるわけがない。
「できるよ。だって旅ちゃんは、人の痛みがわかる人だから」
そう言った流星の表情に、目を奪われた。明るい青が確かにこちらに向けられているのに、闇を消すことなく、ただ柔らかく暖かい光に包まれる感覚。
そこに見えたのは信頼と――親愛。好意の感情だった。なんの見返りも求めない、無償のもの。
そんなものを向けられたのは初めてで、私は。
「わ、わかった。できるだけのことは……してみるけど。流星みたいにはいかないと思うよ」
気づけばそう答えていたのだった。