揺らめく月映す水面
白を基調とした城の中、際立つような木製の大きな扉からおずおずと顔を覗かせたのは、白い髪の少年だった。
トパーズにも似た瞳を、不安げに揺らしている。
「やあ、シャル。元気だった?」
流星が声をかけながら一歩近づけば、シャルと呼ばれたその少年はびくりとして扉の取っ手にすがりついた。
「流星……?」
相手も流星の名前を呼んだところから知り合いだとわかるが、なぜそんなに警戒しているのだろうか。
ぎぃ、と少し軋んだ音をたてて扉の隙間が広がった。
かと思うと、勢いよく閉まる。開くときの何倍もの速さだった。遅れて、ふわんとそれによって起きた風が私と流星の元に届いた。
「シャル? どうかしたのか?」
「そ、その子誰……っ!?」
震える声が、扉の向こうから聞こえてきた。どうやら『その子』は私のことで、私がいることに驚いて彼は扉を閉め、中に逃げ込んだらしい。まったく喋っていなかった上、わずかな隙間からこちらを見ていたという理由もあって私の存在には気づかなかったらしい。
対人恐怖症、という言葉を聞いたことがあるが、これがそうなのだろうか。
「なんでなんで。これまで流星が誰かと来たことなんてなかったのにっ」
「大丈夫だって。ま、入るよ」
流星がノブに手をかければ、案外あっさり扉は開いた。
「いいの、入っても。なんか怖がってるけど」
一応遠慮と相手に配慮して、私はまだ部屋の中まで入ろうとは思わなかった。しかし距離感がわからないので、流星に合わせるつもりだ。
少年は家具の陰に隠れて、こちらを窺っている。来るなとは言わないのか、はたまた言えないのか。
「聞いてみようか。シャルー、旅ちゃんも入っていいよね」
なんで問いかけるふうじゃなく、同意を求める感じで言う。押し切ろうとしているのか、断られない自信でもあるのだろうか。こういうところが、流星のよくわからないところだ。
こくこくと少年はうなずく。白い髪がその動きに合わせ、ふわふわ揺れた。
「おいで、旅ちゃん」
「いいけど……」
本当にいいのだろうか。でも、嫌だったら断るだろう。どうしても無理なわけではないようだ、と考えることにする。
白がメインなのはここも同じで、広いし落ち着いた雰囲気だ。家具もおそらく質が良く、長持ちしそうな物ばかり。部屋は、特に散らかっているわけでもなかった。
ここの住人が高い身分であることは、疑いようもないと思わせる部屋だと言える。
流星は勝手知ったる様子で、真ん中にあった三人ほどは座れそうなソファの上、隣をぽんぽんと叩いて私を待っていた。
このまま立っているのも気がひけるので、勧められたそこに私も座ることにした。
「じゃあとりあえず自己紹介して。まずは旅ちゃんからね」
「え」
急に振られて驚くが、相変わらず家具の後ろに隠れた少年に先にやらせるのも酷なことだろう。
いつまでも黙っていてもしょうがないと腹をくくり、私から自己紹介をすることにした。
「月渡旅。えっと……?」
自己紹介をどうやってやればいいのか、知らないのを忘れていた。他人がしているのを、見たり聞いたりしたことはあっても、いざ自分でするとなると言うことに迷う。
迷えば迷うほど、頭の中は真っ白になる。ついこの間流星と会うまで、まともな会話すらしたことがない私には、荷が重いのだ。知っているというのと、実際自分でやるというのはだいぶ違う。
「旅ちゃんって呼んであげてね~。はい次はシャル」
「あ、う……」
こちらも私と同様らしい。名前も言えない分、私より重症だ。
何か言わなければと思うほど、何も言えない。言えない時間が長くなるほど、今更何を言えばいいのかわからなくなる。厄介な悪循環だ。
「シャル。ちゃんとこっちに来て話さないと駄目だろ」
「う、ん……」
おそるおそる、彼は近づいてきた。パーソナルスペースの限界らしい向かい側のソファの後ろから、こちらに目を向ける。
「シャ、シャル……。この国の、王子……です」
ぱっと赤くなった顔ごと下にひっこむ。もとが色白なため、目立つという理由もあったらしい。
少しして、そろりと目だけ覗かせた。彼の瞳がうるんでいると、水面に映った月が波で揺らめいているようなのだ。
「うんうん。旅ちゃんもシャルもよくできました、偉いね~」
子供を褒めるようにそう言われ、これがくすぐったい気分というものかと私は思う。
その日は兵士が来て、今日はここまでだが泊まっていってほしいと私たちに告げた。
流星はそっかとだけ返し、これがいつも通りのものなのだとわかる。
「行こうか、旅ちゃん。シャル、また明日ね」
「わかった」
「ま、また……明日」
最初と同じようにシャルは扉に隠れつつも、私と流星に手を振って見送った。