夜の終わりと白の国
球体が移動のスピードを上げると、夜景の中星が後方に流れ、まるで流れ星のように見えた。
夜がどこまでも続いている感覚に陥った。
しかし、終わらない夜などない。闇が好まれないのは当然で、みんな光を求めるのだ。
「どこに向かってるの」
「願いを持つ人のいるところ」
いたずらを一緒にしかける相手にするように、流星はそう言った。そんな秘密の共有は、ある程度信用している人にするものだ。
信用の基準なんて、人によって違いが大きい。私が流星に信頼されているのか、単に流星の基準が緩いだけかはわからない。
流星と関わるようになってから、私は自分にも他人にもあまりに無関心なことによく気づかされる。
しかしふとした瞬間に私は、これまで向けられてきた敵意や悪意と似た態度をとっている。
からっぽだからこそ、影響されてしまったのだろうか。
「旅ちゃん、どうかした?」
「……なんでもない」
「そう? あ、ほら、もうすぐ着くよ」
夜の終わりが見えてきた。行く先に光の穴があるのだ。そのまわりは闇が退けられている。
朝陽のようなそれに飛び込んだとたん、景色が変わる。
空は再び、鮮やかな青に白い羊雲を浮かべていた。
下はカラフルな屋根の街並みが続き、それと対をなす形で中心には真っ白な城がそびえ立っている。
とても色彩豊かな場所らしい。
「ボクらが会いに行くのは、この国の王子だ」
おとぎ話の響きを持つその単語を、私はそれほど意外に思わなかった。
城があるならば、暮らしているのはそれなりの身分の人間だろう。私のいたあの場所とどのくらい違うのかは知らないが、王族である可能性は高いと考えたのだ。
球体は、ふわんと音をたてずに地面に降りた。そして形もあいまって、シャボン玉を連想させるふうに消え失せた。
「さ、行こうか。旅ちゃん」
「……わかった」
見るからに、今までいた場所じゃない。別の世界に渡ることができるという流星の言葉も考慮すれば、それを疑う気にはならなかった。
色に溢れた街を、私はいつもの帰り道と同じように、流星の隣を歩く。
人通りは少なくないのに、誰も私を見ても何の反応も示さない。ただ単純に見慣れない人間が珍しいのか、ほんの一・二人が振り返るばかりだ。
国が違えば文化も違う。頭で理解していようとも、実際に体験するのはずいぶん違う。
普通の人間になったみたいだ。
そして、案外悪い気はしない。
「……何」
いつにも増してにこにこと、流星が上機嫌にあの青空の目で私を見ているのに気づき、じろりと視線を向ける。
別にー。なんてうそぶいてはいるが、完全に表情に出ている。
むっとしつつ、私は結局隣にいるままだった。
*
しばらく歩くうちに、あの白に統一された宮殿についた。
私と流星が球体で着いた場所は、ここからそれなりに離れていたらしい。
「やあ。天見流星だけど、通してもらえる?」
「ああ、天見さんですね。どうぞお通りください」
見張りらしき兵士の人に流星が声をかけただけで、私たちはあっさり城の中に入ることができた。
おまけに一礼までされる。
自己申告が正しければ流星はこの国の王子と知り合いということになるが、あながち嘘でもないようだった。
城に入ると案内を申し出る兵士もいたが、流星は何度も来ているから大丈夫だと断った。
そして迷う様子もなく、入り組んだ迷路のような城内を進んでいく。
足を止めたのは、装飾が施されたある扉の前だった。けして派手ではないが、華やかで繊細な彫刻がされている。
それは大きすぎず、だが確かな存在感でそこにあった。
その部屋にいるのがどのような身分の人間か、扉だけでわかるような出来だ。
「シャールーくん。あーそびーましょ」
何この小学生みたいな誘い文句。
ノックする前に流星が言った言葉に、私はおそらく初めての度肝を抜かすという体験をした。
「……誰?」
耳をすましていなければ聞こえなかっただろう小さな声で、部屋の中から返答があった。
声からして、私たちよりは少し年下の少年のように感じた。
ぎいいと音をたて、重そうな扉がわずかに開く。その狭い隙間から顔を覗かせたのは、城の外壁と同じ白髪の少年だった。