表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

初めて見るその景色に

 そこは透明な球体の中に椅子が一つあるだけの、殺風景な場所だった。広さは直径十メートル程。流星が移動のために使っている、乗り物のようなものらしい。


「それにしても……りょうちゃん、全然迷わなかったね。どこに行くかも知らないのに」

「ついてきてって言っときながら、あんたがそれ言う?」


 我ながら確かにためらいなく決断したなとは思うが、それを流星にまで言われるとは。本当に彼は変わっている。


 第一私にとって、あそこはどこもかしこも似たような場所で、そこにいる人々も代わり映えしない。そんな場所に未練などあるわけがないのだ。


 居場所もない家。いじめが当然の学校。それまでそこにいたのは単純に、他に行く場所もないし、私自身それがどうでもよかったからだ。


「ちょっとわかりにくいけど……流星ってお人好しってやつなんじゃない?」

「そう見える? んー、考えたこともないなぁ」


 思い出してみれば、流星が最初にクラスの人に気に入られるきっかけになったのは、面倒な用事を引き受けていたからだった。

 そうでなければ、ただ珍しいだけの転校生が、ここまで短期間にクラスに馴染めるわけがないと思う。何事にもきっかけというのはあるものだ。


「ま、どうぞ座ってよ」

「椅子、一つしかないけど」


 遠回しに自分一人座るのは悪いと言ってみる。まったく、どうして遠慮一つまともに言えないのか。しかも顔はいつもの無表情で、むっとしているようにしか見えないだろう。このままの自分は嫌だ。


 それでも流星には、遠慮しているらしいと伝わったようだった。


「ボクも座れればいいんでしょ。もー旅ちゃんてば優しいんだから」


 だからって、どうするのだろうか。

 と、流星が手をかざしたところから椅子がもう一つ現れた。さっきまで球体の壁の一部だった箇所が、形を変えたのだった。


「……どういうこと」

「ただのボールみたいな変な乗り物じゃないんだよ、これ。色々と便利なんだ」


 便利というところを越えていると思う。流星は本当に、この世界の人間ではないのだろう。普通の人間は、こんなものを持っていない。


「よーし、しゅっぱーつ」


 その言葉がどうやら合図となったようで、わずかに揺れてから球体がふわりと浮き上がった。何かに吊られているわけでも、持ち上げられているわけでもない。


「何で動いてるの、これ」

「うーん……。魔法?」


 と流星の説明もあいまいだ。何かをごまかしているのかは定かではない。


 まあいいか。現にこの球体は確かに浮いていて、足下の景色など遠ざかっているのだ。疑うことに意味はない。


 空を飛んでまもなく、唐突に黒い穴が現れた。青空の中にあるそれは、居場所を間違えた夜のようだ。


「あれは?」

「ああ、あそこから別の世界に行くんだよ。世界同士を繋いでる道? みたいな」


 流星いわく、天見の一族か何か特殊な力を持つ者――霊能力者や、宵闇の迷い子も一部含まれる――くらいにしか見えないものらしい。

 この球体に乗っていれば、普通の人でも見ることもできるようだが、天見一族しか持っていないこの乗り物に、乗る機会がある人は、そういない。


「でも、旅ちゃんならきっと見えたはずだよ」

「空にあるんでしょ。だったら見たことない」


 私は空があまり好きではない。真昼の空は明るすぎて闇を際立たせるし、夜中の空は暗いくせに完全な闇ではない中途半端さが、自分たちのようで大嫌いだ。


「そっか」


 次の瞬間、穴に飛び込み視界が一気に暗くなったため、流星の表情は見えなかった。


 しかしそこは闇の中ではなく、夜空の世界だった。時間が昼から夜に変わってしまったかのように錯覚する。


「あ……」

「旅ちゃん? 嫌だったら、外見えないようにするけど」

「ううん。いい」


 不思議と、嫌いだとは感じなかったのだ。


「ねえ。これ外に出れる?」

「キミならできると思うけど?」


 単純に外を覗くのではなく、言葉通りの意味で外に出てみたいのだ。普通なら出たとたんに足を滑らせて落ちるだろう。

 でも、私は宵闇の迷い子だ。力の使い方を調節すれば、空に浮いていることだってできる。


「じゃあ、ちょっとだけ行ってくる」


 想像すれば、壁に出口が開いた。思い切って飛び出せば、ふわりと浮遊感。落ちることなく、私はただ空を仰ぐ。


 嘘みたいに綺麗な夜空。視界が星空に満たされて、夢のようだ。


 こんなふうに思うのは初めてのことだった。いつも、忌々しいだけだった空がこんなにも綺麗だなんて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ