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宵闇の色移ろう暁の空

 夜に、暖かさなんてものはない。星は遠くて、月は淡くて、闇は隠すものだから。

 

 それなのにどうして、私を包む腕はこんなにも暖かいのだろう。

 その仕草や性格から、なんだか小さく見えていたのに。私なんか閉じ込めてしまえるほど、彼は大きかった。

 

「旅……」

「……シャル。あの、もう放して」

「ああ、そうだね。ごめん」

 

 緊張していたせいか一つ大きく息をついてから、シャルがようやく私を放した。

 

「シャルも旅ちゃんも無事?」

 

 それまでシャルのそばにいつつ、なりゆきを見守っていた流星が声をかける。

 

「僕は大丈夫。二人が守ってくれたから。旅は?」

「あ……うん。私も、何ともないよ」

 

 気づけば、さっきからシャルが私を『旅』と呼んでいた。

 

「なら、良し。旅ちゃんが派手にやったから援軍なんて来ないだろうけど、早めに帰った方がいいな」

 

 何かが、変わった。流星の手をとった、あの時みたいに。

 そんな夜だった。

 

 

           *

 

 

 なんとなく、ベランダに出ていた。たぶん月が綺麗だったからだ。こうして見るとシャルの瞳は本当に月に似ている。綺麗なのに、優しい。

 どれくらいの間そうしていたのか。ふと隣のドアが開く音がした。

 

「やっほー旅ちゃん。これで二回目だね」

「そうだね」

 

 前の時もこんな夜で、私は空を見上げていた。だけど、どうしても素直に夜空が綺麗だとは思えなかった。

 隣には流星がいた。そして私にシャルの願いを話して、それがあったから、今私はシャルと友達になっているんだ。

 

 だけどこうして流星と話すことが、最近減っていた。流星はどこかに行っていることが増えてきていて、私は流星よりシャルと過ごす時間が多かった。

 あの頃の私は、考えもしなかった。誰かと一緒にいたいなんて。

 

「旅ちゃんは変わったね。ボクと会ったばかりの頃とは別人みたいだ」


 まるで私の心でも読んだかのようなタイミングで、流星がそう言った。

 

「……流星とシャルのおかげだよ」

「どういたしまして。ボクも今の旅ちゃんの方が好きだ」

「ありがとう」

 

 自分では意識しないまま、誰かに感謝の言葉を言ったのは初めてかもしれない。

 言葉って、心からこぼれるものなんだ。

 

「明日の朝、この国を発つよ」

「え……?」

 

 ぴたりと、時が止まった気がした。

 そう長い時間じゃないこの一ヶ月くらい。状況も理解するつもりもないまま投げやりにこの国に来て、シャルに出会って同じ時間を過ごすようになった。私はいつのまにか、今がこのままずっと続いていくような気がしていた。

 

 前に流星はちゃんと言っていた。天見の一族は各地を巡っていると。それはつまり、一ヵ所に長く留まらないということだ。

 私は、知っていたのに。

 

「どうする? 旅ちゃん」

 

 今度は、流星も自分からは手を差しのべない。

 

「すぐには決められないよね。また明日、返事聞かせてね」

 

 ドアの閉まる音を聞きながら、私は夜空を見上げていた。そこに、答えがあるはずもないのに。

 

 翌朝。シャルの部屋のベランダに、私たち三人は集まっていた。部屋に比例してベランダが大きかったので、三人で立っていても狭くはない。

 

「旅ちゃん、答えは決まった?」

「……うん」

 

 私はちゃんと、私の中から答えをみつけた。

 

「私は、この国に残る。シャルの隣にいる」

 

 流星がいなくなって一人になるシャルを放っておけないとか、そんな優しい理由じゃない。私はただ、やっとできた友達の近くにいたいだけ。

 

「旅ちゃんなら、そう言うと思ったよ。本当に、変わったね。あの頃の旅ちゃんは、壊れそうなくらい、苦しそうだったのに」

 

 私はあの頃の自分をよく覚えていない。興味がなかったし、何もかもがどうでもよかったから。でも流星がそう言うならそうだったんだろう。

 

「だからあれは、ボクの願いでもあった。あの子を、助けたいって。勝手に思ったんだ」

 

 この国に出発する前、流星は言った。『別の場所に行かない? ボクと二人で』と。

 

 確かに流星は人をどこか振り回すようなところがあるけれど、意外とお人好しだ。あの頃はわからなかった。流星は、私を想って言ってくれたんだ。

 

「どんな理由でもいい。私を助けてくれてありがとう、流星」

 

 差しのべられた手が暖かかったのは、あの時の私でもわかった。暖かい優しさというものを、流星が教えてくれた。

 

「その言葉が聞けて嬉しい。じゃあ、もう行くよ」

「次は、いつになるのかな。僕、もっといい王子になってるようにする」

「うん。頑張れ、シャル」

「また会えるの、待ってるよ。友達……だから」

「そうだね。またね、旅ちゃん」

 

 柔らかい笑顔を浮かべた流星が、高いベランダの手すりから後ろに踏み出し、下へと飛び降りる。ふわりと途中で止まると、もうあの透明な乗り物のような球に乗っていた。

 それが見えなくなるまで、私とシャルはベランダに立ち尽くしていた。

 

 いくらまた会えるといっても、たった一時とはいえ友達と離れるのは寂しいことなんだ。私は初めてそれを知った。

 そんな私の手を、シャルがきゅっと握った。

 

「シャル?」

「仕方ないことだけど……流星も、いつも僕を置いていく。だけど……だから旅だけは、いなくならないで」

 

 さっきまではふんわりしたいつもの笑顔で流星を見送っていたシャルが、今にも泣き出しそうな顔で私を見ていた。

 きっとこれまでも、シャルは流星を笑顔で見送ってきたのだろう。大丈夫だと、そう伝えるように。

 私と出会う前のシャル。まだ人と接するのが怖くて、唯一安心できる相手である流星がいなくなって、不安にならなかったわけがない。

 

「大丈夫。私、シャルを一人にしないよ」

「約束だよ? 旅。あと……僕も友達として旅のこと、好きだよ」

「ありがと、シャル」

 

 くすぐったいけど暖かいこのつながりが、きっと友達という名なのだと、私は思う。

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