戦うのは守るため
祭りは、どこだってあまり変わらないものなんだ。私が最初に思ったのは、そんなことだった。
楽しげな人々、カラフルな屋台に賑やかな雰囲気。祭囃子ばかりは違ったけれど、ここのも悪くない。
元の世界で、私の数少ない好きなものに祭りがあった。人混みに紛れている限り私の存在には誰も気づかないから、この夜色の目さえ隠してしまえば普通の人のようにいられた。
普通になりたかったわけじゃないけれど、それがよかった。非日常の空気が、なんとなく心地よかった。
「あのステージか。よしシャル、行こうか」
「う、うんっ」
十数分後。いよいよシャルの出番だった。なのに、シャルの足はがたがた震えて前に進むことができずにいた。
たった数歩分の距離が踏み出せない。もう時間がないのに、シャルは動けない。
「シャル、ちょっとごめん!」
思い切ってその背を押した。
私は、優しくできるほど器用じゃない。
正しさを語れるほど、きれいじゃない。
だけどせめて、シャルの背中を押した手に想いを込める。
大丈夫。シャルならできる。
不安そうに私と流星の方を向いたシャルに、うなずいてみせる。それに応えて、シャルはきりりとした凛々しい表情を浮かべた。まさに王子にふさわしい顔だった。
「皆さん、こんばんは。僕はこの国の王子、シャルです」
*
「き、緊張した……っ」
私たちの元に来て開口一番、シャルはそう言って大きく息をついた。
シャルのスピーチは、練習の成果も出ていてきちんとしたものだった。これまで顔を出さなかった王子に、それを聞いていた人たちの反応は好意的だった。それだけ、シャルが頑張ったということだ。
「かっこよかったじゃないか、シャル」
「お疲れさま」
「流星と旅ちゃんのおかげ。ありがとう」
ふわりと笑ったのは、いつも通りのシャル。こっちもいいけど、さっきの顔もかっこよかったよ。
「ご褒美にボクが奢るよ。どこから回る?」
「見ながら決めた方がいいんじゃない?」
「えっと、じゃあ――」
スピーチを終えたばかりのシャルがいれば、どこを歩いてもたちまち注目された。だけど変に囲まれることもなく、私たちはいくつもの出店をまわった。
「お祭りって、楽しいんだね」
たくさん歩き回ったからか、頬を紅潮させたシャルがそんなことを言った。目が合った私に笑いかけるその表情は、こう言ったら何だがとても可愛らしかった。
こうやって誰かと過ごすのも、祭りの楽しみ方の一つなんだ。祭りに来る人々は、ほとんど誰かと一緒に来ていて。その理由がよくわからなかったけど、どうしてだったのか今初めて解った。
帰るのが、惜しいくらいだ。
もう真っ暗な帰り道に、私は思った。今はこの闇を疎ましく思うこともない。
私は、確かに変わった。だけど、変わらないところもある。
「……悪意っていうのは、どこもたいして変わらないね。バレバレだよ?」
不意に足を止めた私に驚いたのか、流星とシャルもぴたりとその場に止まる。
まっすぐ見遣るのは、闇に沈んだ暗い建物の屋根の上。気配なんてわからないけれど、その悪意だけは感じる。伊達にこれまで、悪意と敵意の中で生きてきてない。
「……よく気づいたな。訓練もされていない、異国の小娘が」
声の主と、控えている者で二人分。向いている先から、狙いはきっとシャルだ。そして、標的のまわりも調査するようなタイプ。
「くだらない言い訳はいいよ。理由ぐらいなら聞いてあげるけど?」
「大したものではないさ。シャル王子が王子としての信頼を失えば、得をする者がいるというだけのこと」
この国は実力制。だけど王族や貴族が存在する。
それはあくまで象徴としての立場だったりして、その人に実力がなければ飾りに過ぎない。簡単に言えば、実力さえあれば権力も手に入るということだ。
どんな手段にしろここでシャルが『負け』れば、声の主である彼、あるいは彼の雇い主の実力の方が上とされてしまう。
仮に本人の力でなくとも、従える人物が優秀なら、それは主の実力と解釈される。カリスマ性も実力の内だからだ。
「そんな訳だ。シャル王子には、少々痛い目にあってもらうが」
「そんなこと、させると思う?」
たかが小娘が、何を言っているんだという話だろう。ただあいにく、私は普通の人間ではない。普通の人には持ち得ない力も持っているし、喧嘩をふっかけられることもあった。
仕掛けてきた男は、声の主。少なくとも彼がリーダー格なのだろう。
間合いを詰めて左手を前に突き出せば、彼の身体は私が触れるまでもなく吹き飛んだ。といってもたった数メートルだが。
「異国の者だけある。異質な力の持ち主だな」
気づけば気配が増えていた。
シャルはきょろきょろ辺りを見回し、流星も警戒して私とは反対側でシャルを守るように立つ。
大きく息を吸って、吐く。本気を出したことがあるのは、たぶん片手で収まる数だ。
「『これ』がどんな力だって関係ない。……手の届く人たち守れないなんて、何のための力なの」
後半は、自分に言い聞かせるように小声になった。これが守るための力なんかじゃないのは、わかってる。でも、使い方次第だ。
想像する。輪が広がる。それは敵だけ弾き飛ばす。
半円を描くように動いた私の右手に従って、見えない衝撃波が敵を弾いた。
さすがに立ち上がれずにいるリーダー格の男に、私は一歩ずつ近づいていく。持ち上げた右手に、力を集中させた。
「旅! 駄目っ!」
「え……」
背中を、とても暖かい誰かのぬくもりが包んでいた。ふわりと耳元に触れたのは、真っ白な髪。
「シャ、ル……?」
「駄目だよ。旅がそんなことする必要ないんだ。大丈夫、大丈夫だから」
引き際をわきまえているのか、男たちはいつのまにかいなくなっている。それでもシャルは、しばらくの間私を放さなかった。




