夜の始まり
公務の当日。私と流星はシャルに同行するため城の玄関にあたる場所にいた。
あの日からシャルは原稿をまとめ、私たちもそれを読み上げる練習に付き合った。堅苦しいものでもないし、祭りという行事に王族が顔を出すことに意味があるというものだけど、シャルは手を抜かなかった。
あとは、それを大勢の前でもできるかだ。廊下を歩けば、たまに不安そうな兵士さんやメイドさんたちの噂話が聞こえたけれど、私は大丈夫だろうと思っている。
近くで、ずっと努力してきたシャルを見ていたから。シャルなら大丈夫。そう確信している。
「流星、旅ちゃん、お待たせ」
やって来たシャルが、私たちに目を向けてふわりと笑顔を浮かべた。不安の色は残っているけれど、笑えるなら大丈夫だ。
出会った頃の、怯える野生の小動物のような雰囲気はもうない。
「えと、行こうか」
「そうだな。ああシャル。終わったら、祭り見て回ろうか? 祭り、行ったことある?」
「ううん、ないかも」
この国の王族は公務でもない限り、あまり外に出る機会が多くないらしい。加えてシャルはここ数年、自分の部屋と他最低限別の部屋にしか行かなかったらしい。ほとんど自室に引きこもり状態で、いつも他人に怯えていた。そんなシャルの願いを聞いた流星と出会っても、流星だけとはまともに会話できたものの、他は何も変わらなかった。
『シャルを変えたのは、旅ちゃんだよ』
と、二人きりのときに流星が言った。
大げさだ。私なんかに、人を変えるなんてことできない。ただ偶然、タイミングが合っただけだと。その時の私はそう思った。
「祭り、楽しみだねぇ。そういえば、旅ちゃんと会ったのも祭りの夜だったなぁ」
「そうなの? 旅ちゃん」
シャルの声に、ふと我に返る。何かを思い出してぼんやりするなんて経験は、これまでなかった。
「ああ、あの日ね。ずいぶん変な出会いだったっけ」
初対面、どころか顔もまともに見えない相手に手を引かれての逃避行。互いに名乗ることもなかった私と流星は、後日学校で再会した。そうして今こうしているのだから、不思議な縁だ。
「今度、詳しく聞いてみたいな。けど……今は、ちょっと」
ちらりとシャルはまわりに視線を巡らせる。何人かの兵士が、護衛のためについてきているのだ。
「あの……二人もいるし、僕は大丈夫なんだけど……」
「なりません。シャル様は、我が国の王となる方。そのお立場を理解してください」
敬語なのに、威圧感がある。それに負けて、シャルはうつむいて私たちのところに戻ってこようとした。
そんなシャルをさえぎって隣に立ったのは、流星だ。任せてというふうにシャルの肩に手を置いてうなずいてみせる。いつのまにかあの、いつもと違う雰囲気を身にまとっていた。
「ボクがいるのに、不安? ボクはこれでも、天見の人間だよ?」
「しかし」
「天見を疑うのは、自分を疑うということだ。知ってるはずだね」
「失礼いたしました。……おい、帰るぞ」
どうやらこの場にいる兵士たちの隊長の立場にあるらしい彼の声で、控えていた兵士たち全員がどこかへと去っていった。実際に帰ったかはわからないが、私たちを三人にすることは許可したらしい。
「ありがとう、流星。ごめん、僕何もできなくて……」
「シャルもできるようになるよ」
「なれたら、いいな」
「シャルなら、流星とはちょっと違うふうになるんじゃない?」
会話に交ざれないのが少し寂しくなって、私も流星とシャルの間に入る。
変わったのは、シャルだけじゃないみたいだ。いつからだろう。流星やシャルと――他人といることに、安心するようになったなんて。
「……お祭り、楽しみだね」
ぽつりと呟いたシャルに、私もうなずいた。




