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君のためだけの言葉

 流星とシャルから文字を学び始めて一週間。

 形そのものは私がいた場所のものとよく似ていたので、日本語だと平仮名にあたる分の文字は覚えることができた。

 ただ、単語はまだしも文になると組み合わせで意味が変わるので、読むにはそれなりの時間がかかる。おかげで絵本のような簡単なものを読むときでさえ、私のかたわらには辞書が置かれている。

 

「旅ちゃん。今日歴史の勉強があるんだけど、来たいって言ってたよね?」

「ああ、時間?」

「うん。行こう」

 

 最近は、シャルの授業に同席させてもらっている。歴史や今のこの国のこと、大きくくくれば社会の教科になるだろう勉強だ。

 

「えー、旅ちゃんも行くの? じゃあボクも」

 

 ここでの行動に関して、私にも流星にも特に制限はない。それどころか優遇されている。だからこんなわがままが通るわけだが。

 

 

           *

 

 

「シャル。シャル!」

 

 ノックをしても、まだ中からの返事がなかったので声もかける。

 

 いつもなら待ち合わせに遅れたりしないシャルが、今日に限って待ち合わせ場所である図書館に来なかった。

 シャルは約束を破るタイプじゃない。何かあったのかもしれないと考え、私と流星はシャルの部屋の前に来たのだった。

 

「シャル、いるんでしょ? 私。旅だよ」

「頼むシャル、開けてくれ」

 

 扉には、鍵がかかっていた。誰が何を言っても、その鍵は開かないだろうか?

 そんなことはない。シャルだったら、返事くらいはしてくれるはずだ。

 

「流星? 旅ちゃん?」

 

 中から小さく声がした。次いで、がちゃりと音がして重い扉が開く。

 

「中、来て。お願い」

 

 声だけでシャルは私たちを呼ぶ。姿を見せることはないけれど、私たちが近づくことを許してくれた。会ったばかりの頃には、絶対にできなかっただろう行動だ。

 あの時みたいにソファに座れば、シャルも向こうのソファに座る。前までは、そのソファの陰だった。

 

「どうかした? 話せるならでいいんだ。無理なら話さなくても構わない」

「話、せる。ちゃんと……話すよ」

 

 震える声で、だけどはっきりとシャルは言い切った。

 

 ときどき詰まったりしながらも、最後までシャルは話してくれた。

 それによると、もうすぐ公務があるらしい。城下町のある場所で開催される祭りで、何かスピーチのようなことをするという内容。シャルが一番苦手とすることだ。多くの人の前で、自分の言葉で話すこと。

 

「こんなことで、部屋から出られなくなって……みっともないって思うよね」

「思わない。シャルにはシャルのペースがあって。できないわけじゃないんだから、時間がかかってもシャルならできる」

 

 まっすぐにシャルの月に似た瞳を見て、私も言い切る。

 

「私は、シャルなら飛んでいけるって思ってる。翼を使い間違えたりしないって知ってる」

 

 信じている。

 まわりの誰もが敵だった場所から流星に連れ出されて、シャルと出会った。ぎこちなく会話をして、不器用にしか笑えない。そんな私と、二人は一緒にいてくれた。いろんなものをくれた。

 

「ほら、シャルも。想ったことは伝えないと。誰かのための言葉は、その時、その場所で、その人たちだからこそ意味があるんだ。想いを伝えられずに後悔した人を、ボクは何人も見てきた。シャルには、そうなってほしくないんだ」

「ぼくは……」

 

 流星にうながされて、シャルの口が言葉を紡ぐ。

 

「ぼくは、流星と旅ちゃんがそばにいてくれたら、がんばれる……気がする。だから……助けて、ください」

 

 王子のはずのシャルが、別世界から来たからとはいえ何の身分もない私たちに頭を下げている。

 

「顔上げてよ、シャル」

 

 私を見たシャルの瞳は、月を映した水面が揺れているかのように美しかった。私が持っていないもの。私の夜色の目とは正反対の色。でも、だから何だって言うんだろう?

 

「シャル。私と、友達になってください」

「はい」

 

 光と闇は、本当に相容れないだろうか? 

 そんなことはないと、今の私は思う。

 

 だって月も星も、夜の中で輝いている。真昼の空と同じ色の目をした流星は、月光みたいなシャルは、夜色の目を持つ私といてくれた。

 

「友達なら、対等。あと、頼みを聞くのもあたりまえだよ。そうだよね? 流星」

「……そうだね。力になるよ、シャル」

 

 流星が眩しそうに私を見るのは、初めてのことだった。

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