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太陽と海の間で羽ばたく翼

「じゃあ、今度は旅ちゃん何か話してよ」


 話と言われたって、何を話せばいいか、それすら私にはわからない。


 流星に急に振られ、私は表情こそ大して変わらないものの、内心困惑していた。


 学校では、友達と何かを話している人たちがほとんどだった。だけど私はそんなものに縁はないし、関わることすらなかった。

 彼らが何を話し、何故ああも楽しそうにしていたのか。私は最後まで、それを知らずじまいだったのだ。


「楽しい話じゃなくていいんだよ。大丈夫」


 することがなく、本を読んでいた。歴史や神話の本だった。

 過去を描いた物語はあくまでも受動的だから。何もしてこない。だけど、そこがよかった。


 中でも、印象に残って覚えているのは。

 そして、今話して何かできそうなのは。


「イカロス……」


 ぽつりと呟いただけの私を、話の続きをうながすように流星が見た。

 何を話すつもりなの? と言いたげに首をかしげ、どこか子供のような表情になる。


「私のいた……場所? の話」


 正確には国が異なるのだが、この世界がどこまで前に私のいた場所と違うのかわからなかったから、曖昧な言い方にしておいた。


「旅ちゃんの?」


 次に聞き返してきたのはシャルだった。彼も話に興味を持ってくれたらしい。


 うまくなんて話せない。面白い話でもない。

 それでも、できる限り頑張ってみよう。そう、流星と約束したのだから。


「うん。教訓とか、そういう話。だから、全然面白くないけど……」


 そう前置きして、始めた。


 イカロスは、ギリシア神話の登場人物だ。彼は父親と共に、海に囲まれた抜け出せない迷宮に閉じ込められた。


 作った本人である父親には、どうやっても迷宮からは抜け出せないことはわかりきっている。

 しかし、誤解とはいえ王の怒りを買った自分の問題に息子を巻き込んでしまったからには、どんな手を使ってでも、迷宮から脱出しなくてはならない。


 そう考え、彼ら親子は迷宮に落ちている鳥の羽を集めた。そしてそれを蝋で固めて、翼を作った。

 二対の翼が完成し、脱出しようとするとき。父親はイカロスに言った。


『海に近づきすぎてはならない。湿気で蝋がバラバラになってしまうから。太陽に近づきすぎてもいけない。熱で蝋が溶けてしまうから』


 そのとき、イカロスはうなずいた。それなのに、いざ飛んだ時。彼は空を飛べる自由に父親の忠告を忘れた。

 どこまでも飛べる。そう思い、太陽の近くへと舞い上がった。文字通りに。


 蝋は、太陽の熱に溶けた。つながりを失くすと、翼はほどけてただの羽の集まりに戻った。

 翼が失くなってしまえば飛べない。重力に従い、イカロスの身体は海に落ちる。父親は彼を捜したが、海面に羽が浮いているだけで、息子の姿は見えなかった。


「……そういう話。ね、面白くないでしょ」


 私は自分が飛べると知ったとき、この話を思い出した。自分の姿が、イカロスに重なった。

 翼がなければ、落ちて死んでしまうだけなのだと。


「僕はきっと、イカロスと同じだ。王子だから、今はこうしていられるけど……いつ落ちるか、わからない」


 シャルにとっては王子という事実が翼で、このまま人が怖いのなら太陽に近づいているようなものだと思っているのかもしれない。

 翼の使い方を間違えてしまえば、落ちてしまう。


「そうかな。ボクはそうは思わないけど」


 割り込んだ声は、雲間からの光にも似ていた。


「だって、海とも太陽とも近づきすぎたらダメなんでしょう? ほどほどが大事ってことだよ。旅ちゃんも、そう言いたかったんだよね?」

「……うん」


 たぶん、流星の言う通りだ。でも私は、そんなにまっすぐには言えないから。


「それにきっと、イカロスも隣に誰かがいてくれたら、落ちなかったんじゃないかな。シャルには、ボクや旅ちゃんがいるよ」

「……!」


 その言葉はシャルだけでなく、私にも向けられていた。それがわかった。だって私たちを交互に見て、流星が笑ったから。

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