祭りの夜と引かれた手
落ちていく。輝く星の中を、重力に従って落ちる。視界は星空に満たされた。嘘みたいに綺麗な夜空。こんなふうに見たのは初めてだ。いつも、忌々しいばかりだったのに。
ああでも、こんなに綺麗な景色は私には似合わない。だからだろうか。夢の中のようにも思えるのは。
*
夜が嫌いだった。正確に言えば、嫌いなのは月だ。
私の苗字にもあるその月。大勢の人に忌み嫌われる、宵闇の迷い子である証だからだ。その特徴の一つに、名前を最初から持っているというものがある。そして、その苗字は夜に関連する言葉が入っている。
私の苗字は『月渡 』。だから私は月が嫌いなのだ。
その日は祭りだった。屋台の明るさに夜の暗闇はいつもよりはまだましだった。たぶん、気の迷いだったのだと思う。同じく大嫌いな人混みがあることはわかっていたのに、祭りになんて来たのは。
さして大きくないこの町では、祭りなんて一年に一度あるかないかだ。どちらかといえば好きといった消極的な理由で、たまにはいいかなんて私はそこへ向かっていた。
「おい、あいつも宵闇の迷い子じゃないか? 捕まえろ!」
「!?」
突然見知らぬ男性に指をさされ、襲いかかられる。何かトラブルでもあったらしい。祭りの会場であるステージを見れば、人だかりができている。
いつでも一番に疑われるのは、宵闇の迷い子と呼ばれる人。
だから厄介なのだ。宵闇の迷い子なんて。私だって、望んでこんなところにいるわけじゃないのに。
「このっ!」
「無駄だよ。あなたなんかじゃ、私には勝てない」
すっとかわし、手加減しつつも力を使う。たかが男性の一人くらい、脅威にもならない。この力もまた、宵闇の迷い子が恐れられる理由の一つ。念動力のようなものだ。
使えるのは、一部の力が強い者だけなのだが。
とにかく今は、現在状況を確認しなくては。何もわからないまま巻き込まれると、あとあと面倒なことになる。
騒ぎの中心である、ステージへと駆ける。そこでは、私と同じ宵闇の迷い子と思われる男性が、マイクを手に何か演説をしているところだった。
「なぜ私たちは、宵闇の迷い子というだけで差別されなくてはならないのだ!」
たった一言。確かに正論ではある。だがそんなことをする人がいるから、宵闇の迷い子は危険視されるのだ。明らかに大人なのに、どうしてそんなことにも気づけないのだろう。
「……くっだらない」
思わず、そう呟く。そしてマイクのつながっている先をみつけて、プツンとコードを切った。
「誰だ!?」
大きくなる一方の騒ぎの中、落ち着き払った私はよく目立った。
「おまえが邪魔をしたのか!? おい、捕まえろ!」
その声に応じ、会場中にひかえていたらしい人々が私に向かって走ってくる。くるりときびすを返し、私は逃げ出す。
誰一人味方のいない状況。普通なら絶望的なのだろうが、私には慣れたものだ。それとも、宵闇の迷い子とはいえ先程演説していたあの男のように、一人だけでも味方がいる方が『普通』なのだろうか。
どうでもいい。だけど、この状況は面倒だ。人混みなんて、力の加減が難しくてしょうがない。
「こっちだ!」
「え……?」
誰かに手を引かれる。そのままその人と二人、人々の間を駆け抜ける。
声の感じからして、どうやら青年らしい。
「な、何!?」
「手、緩めないで!」
変な人だ。私は、一目見て宵闇の迷い子だとわかる姿。そんな私をわざわざ助けようとするなんて。
普通の人なら、進んで宵闇の迷い子を助けようとは思わない。それくらいの差別は、この世界では当然のものだった。
「くっ、人が多すぎる。誰かが誘導してるのか?」
彼の言う通り、私たちの向かう先には邪魔をするように人々がいた。様子から見るに、ただの一般人だ。
「…………。邪魔! そこどいて!」
ざわざわと壁のようだった人の集まりが、編み物から毛糸がほどけるようにして散っていく。私に声をかけられたから関わるのも嫌だと思ったのか、それとも多少は罪悪感があったのか。
いつのまにか、彼とは手が離れていた。さっきまで繋がっていた左手が、なんだか少し冷たくなったような気がした。
それより今は、あの演説していた男を止めてやらなくては。やられっぱなしでいるのは、性に合わない。
ステージに行くための階段を上る。驚いた顔を向ける男の前で、声を張り上げる。あんたのやろうとしたことなんかぶっ壊してやる。
「うるっさい!!」
「何だお前は! さっきから邪魔ばかりして!」
「あんたこそ何! あんたみたいなのがいるから、宵闇の迷い子が危険視されるって、そんな簡単なこともわかんないわけ!?」
思わぬ私たちの口論に、会場は困惑に包まれる。ざわついたギャラリーに構わず、私たちの論争は続く。
「お前も宵闇の迷い子ならわかるだろう。誰も彼も、我らの差別を疑問に思わない!」
「宵闇の迷い子がこんなことばっかりするんだから、それは当然のことでしょう!?」
「そうして声を上げなければ、我らには味方すらできないのだぞ!? 信用が置ける者が少数しかいない恐ろしさは、お前でもわかるだろう!」
本当にくだらない。こいつは、宵闇の迷い子にしてはずいぶん恵まれた環境にいたようだ。それに気づかず、不満ばかりを他人にぶつけているだけなのだ。
「そんな人、宵闇の迷い子じゃなくてもたくさんいる! それを差し置いて、何自分たちだけが可哀想って言ってんの!」
誰かが呼んだらしい警備員が、男たちを取り押さえた。私はどうやら学生ということもあってか、見逃されるらしい。
連れていかれる間際、男が私に憎しみのこもった目を向けてきた。好きなだけそうしていればいい。
私は誰も信用しない。だから、何もかも怖くない。
ただ、あの時助けてくれた彼にはお礼を言わなくては。