表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

祭りの夜と引かれた手

 落ちていく。輝く星の中を、重力に従って落ちる。視界は星空に満たされた。嘘みたいに綺麗な夜空。こんなふうに見たのは初めてだ。いつも、忌々しいばかりだったのに。


 ああでも、こんなに綺麗な景色は私には似合わない。だからだろうか。夢の中のようにも思えるのは。



            *



 夜が嫌いだった。正確に言えば、嫌いなのは月だ。

 私の苗字にもあるその月。大勢の人に忌み嫌われる、宵闇の迷い子である証だからだ。その特徴の一つに、名前を最初から持っているというものがある。そして、その苗字は夜に関連する言葉が入っている。


 私の苗字は『月渡 (つきわたり)』。だから私は月が嫌いなのだ。


 その日は祭りだった。屋台の明るさに夜の暗闇はいつもよりはまだましだった。たぶん、気の迷いだったのだと思う。同じく大嫌いな人混みがあることはわかっていたのに、祭りになんて来たのは。


 さして大きくないこの町では、祭りなんて一年に一度あるかないかだ。どちらかといえば好きといった消極的な理由で、たまにはいいかなんて私はそこへ向かっていた。


「おい、あいつも宵闇の迷い子じゃないか? 捕まえろ!」

「!?」


 突然見知らぬ男性に指をさされ、襲いかかられる。何かトラブルでもあったらしい。祭りの会場であるステージを見れば、人だかりができている。


 いつでも一番に疑われるのは、宵闇の迷い子と呼ばれる人。

 だから厄介なのだ。宵闇の迷い子なんて。私だって、望んでこんなところにいるわけじゃないのに。


「このっ!」

「無駄だよ。あなたなんかじゃ、私には勝てない」


 すっとかわし、手加減しつつも力を使う。たかが男性の一人くらい、脅威にもならない。この力もまた、宵闇の迷い子が恐れられる理由の一つ。念動力のようなものだ。

 使えるのは、一部の力が強い者だけなのだが。


 とにかく今は、現在状況を確認しなくては。何もわからないまま巻き込まれると、あとあと面倒なことになる。


 騒ぎの中心である、ステージへと駆ける。そこでは、私と同じ宵闇の迷い子と思われる男性が、マイクを手に何か演説をしているところだった。


「なぜ私たちは、宵闇の迷い子というだけで差別されなくてはならないのだ!」


 たった一言。確かに正論ではある。だがそんなことをする人がいるから、宵闇の迷い子は危険視されるのだ。明らかに大人なのに、どうしてそんなことにも気づけないのだろう。


「……くっだらない」


 思わず、そう呟く。そしてマイクのつながっている先をみつけて、プツンとコードを切った。


「誰だ!?」


 大きくなる一方の騒ぎの中、落ち着き払った私はよく目立った。


「おまえが邪魔をしたのか!? おい、捕まえろ!」


 その声に応じ、会場中にひかえていたらしい人々が私に向かって走ってくる。くるりときびすを返し、私は逃げ出す。


 誰一人味方のいない状況。普通なら絶望的なのだろうが、私には慣れたものだ。それとも、宵闇の迷い子とはいえ先程演説していたあの男のように、一人だけでも味方がいる方が『普通』なのだろうか。


 どうでもいい。だけど、この状況は面倒だ。人混みなんて、力の加減が難しくてしょうがない。


「こっちだ!」

「え……?」


 誰かに手を引かれる。そのままその人と二人、人々の間を駆け抜ける。


 声の感じからして、どうやら青年らしい。


「な、何!?」

「手、緩めないで!」


 変な人だ。私は、一目見て宵闇の迷い子だとわかる姿。そんな私をわざわざ助けようとするなんて。

 普通の人なら、進んで宵闇の迷い子を助けようとは思わない。それくらいの差別は、この世界では当然のものだった。


「くっ、人が多すぎる。誰かが誘導してるのか?」


 彼の言う通り、私たちの向かう先には邪魔をするように人々がいた。様子から見るに、ただの一般人だ。


「…………。邪魔! そこどいて!」


 ざわざわと壁のようだった人の集まりが、編み物から毛糸がほどけるようにして散っていく。私に声をかけられたから関わるのも嫌だと思ったのか、それとも多少は罪悪感があったのか。


 いつのまにか、彼とは手が離れていた。さっきまで繋がっていた左手が、なんだか少し冷たくなったような気がした。


 それより今は、あの演説していた男を止めてやらなくては。やられっぱなしでいるのは、性に合わない。


 ステージに行くための階段を上る。驚いた顔を向ける男の前で、声を張り上げる。あんたのやろうとしたことなんかぶっ壊してやる。


「うるっさい!!」

「何だお前は! さっきから邪魔ばかりして!」

「あんたこそ何! あんたみたいなのがいるから、宵闇の迷い子が危険視されるって、そんな簡単なこともわかんないわけ!?」


 思わぬ私たちの口論に、会場は困惑に包まれる。ざわついたギャラリーに構わず、私たちの論争は続く。


「お前も宵闇の迷い子ならわかるだろう。誰も彼も、我らの差別を疑問に思わない!」

「宵闇の迷い子がこんなことばっかりするんだから、それは当然のことでしょう!?」

「そうして声を上げなければ、我らには味方すらできないのだぞ!? 信用が置ける者が少数しかいない恐ろしさは、お前でもわかるだろう!」


 本当にくだらない。こいつは、宵闇の迷い子にしてはずいぶん恵まれた環境にいたようだ。それに気づかず、不満ばかりを他人にぶつけているだけなのだ。


「そんな人、宵闇の迷い子じゃなくてもたくさんいる! それを差し置いて、何自分たちだけが可哀想って言ってんの!」


 誰かが呼んだらしい警備員が、男たちを取り押さえた。私はどうやら学生ということもあってか、見逃されるらしい。


 連れていかれる間際、男が私に憎しみのこもった目を向けてきた。好きなだけそうしていればいい。


 私は誰も信用しない。だから、何もかも怖くない。


 ただ、あの時助けてくれた彼にはお礼を言わなくては。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ