旅立ち
開放的になった見た目は聖女の飲んだくれに付き合った翌朝、カントが目を覚ますと、外がいつも以上に騒がしいことに気が付いた。
宿のロビーにいる主人に何かあったのかと聞いてみると、主人は興奮した様子で教えてくれた。
「昨晩未明に天使が現れたらしいですよ。私も今朝知ったのですが、モブ麦などを食べても良いというお告げがあったようです」
(へえ、天使って本当にいたんだ。見てみたかったな)
カントはその場に居合わせなかったことを残念に思った。
「ところでカント様個人には何のお告げも無かったのですか?杖を抜かれた張本人ですので、直接何かお言葉を頂いても不思議ではないかと思ったのですが」
言われてみれば確かにそうだ。
杖のことに関してはカントに一言あっても良さそうなものだが、天使からの接触はない。
「常識がないことだけはわかったな」
「あるわけないでしょ。天使なのよ」
そんなことを話しながらカントはアイリスと、聖堂前の広場へと向かうべく表へと出た。
すると二人を待ち構えていたかのように、後ろから気配がした。
「どう?言ったとおりになったでしょう?」
背後からイライザの声がした。
「いい加減、前から登場しろよ」
文句を言いつつも、カントは律儀に振り返る。
「確かにお前が言ったようになったな。イライザは予言もできるのか?」
「いいえ、そういうわけではないけど……ね」
「いや、目配せされても何もわからないんだが」
イライザにも言えないこともあるのだろう。
カントはそれ以上追及するのを止めた。
「これから天使に出会うことがあれば、直接聞くのが一番いいわ」
「気軽に聞けるような奴だといいけどな」
実際にそんな機会があるとは思えなかったので、カントは適当にこの話を流したのであった。
「イライザさん、今日はそんなことを話しに来たの?」
「今日は、一ついいことを教えてあげようと思って会いに来たのよ」
「いいこと?」
カントは眉を顰めた。
このパターンはいい話ではないような気がしたためである。
「警戒しなくても大丈夫よ。強制する話ではないから」
カントの反応を見て、イライザはそう言葉を付け加えた。
「それで、どんな話なんだ?」
「ほら、汚染の原因が山の方にあったという話をしたでしょう?昔、あの辺りに行った時に面白いものを発見したのを思い出したのよ」
「へえ、どんなものなの?」
この話にはアイリスも興味があるようだった。
「それは、行ってみてのお楽しみね。実際行くかどうかは貴方たちで考えればいいと思うわ」
(山ってカルバキア山脈だよな。絶対何かあるのは間違いない)
この前ウルアたちと戦った際に、あの山脈には鬼の集落があるという話を聞いた場所である。
この情報下で、何もないと思えるはずがない。
(これはスルー決定だな。アイリスは行きたいと言いそうな気がするが)
「あと、これも貴方にあげるわ」
どうやってアイリスを説得して王都に連れ帰ろうか考えていると、イライザがカントに何かを手渡した。
「指輪?」
受け取ったそれを見ると濃青色の金属でできた指輪だった。
簡易な紋様が刻まれており、その色から何らかの魔金属で出来ているものであるようだ。
「解放のお礼も兼ねた私からのプレゼントよ。いずれ役に立つことがあるかもしれないから」
「イライザ、これって……あれ?」
二人が視線を指輪から元に戻すと、いつの間にかイライザの姿はなかった。
「私はこれで失礼するわ。じゃあね」
風に乗って何処からか声が聞こえてきた。
「別れも突然だったな」
いなくなってみるとなんとなく切ないような気もする。
「元々住む世界が違うのよ」
「それは俺もだけどな」
「それもそうね」
二人は顔を合わせ、寂しさを紛らわすように声を出して笑い合った。




