再会①
王都エン・ナスタルから馬車に揺られること四日、カントとアイリスは南方の都市ティシオネアに到着した。
この都市は各地からの街道が交差する位置から近い所にあり、さらに少し南下すれば海港もあることから交易が盛んで、街は多くの人で賑わっていた。
「思っていたよりも人が多いな。王都よりも人でごった返してるように見える」
「赤の満月が近いからよ。聖典に出てくる浄化の杖は普段公開されていないんだけど、明日から一般公開されるの」
「なるほど、今は観光客が一番多い時期というわけか。ひとまず調査は御開帳の明日からってことでいいよな?」
「そうね。馬車に乗ってるだけなのに私疲れちゃったわ」
「俺もだ。そもそも悪魔かもしれない未知の相手の調査に学園の生徒二人だけっていうのがおかしいんだよ。動くのが明日からでも誰も文句は言わないさ」
聞くところによれば、鬼の集落に現れたというモンスターの調査ために、三十人ほどの調査隊が編成されたらしい。
今回の事案は王都中を震撼させたというのに、派遣されたのはたったの二名。
何かが間違っていると言わざるを得ない。
「それだけカントの力が買われているってことよ。早く宿に向かいましょう」
カントは、御者に宿に向かうように伝え、馬車はティシオネアのメインストリートを街の中心に向かって走っていった。
人が多いため、馬車もそれほどスピードを出すことができず、人が歩くよりも少し速いぐらいの速度でゆっくりと進んでいく。
カントが馬車の窓からぼんやりと外の様子を眺めていると、それは突然現れた。
「イライザだ!」
服装も戦士のものではなく、周囲の人間と大差のない衣類に身に付けて人ごみの中に紛れているが、間違えようがない。
イライザは、カントに向かって笑顔で手を振っていた。
カントはすぐさま馬車から飛び降りて、イライザのいたところに目を向けるが、既にその姿はなくなっていた。
「見失ったか」
アイリスも馬車から降りて、カントの方に駆け寄ってきた。
「本当にいたの?」
「ああ、間違いない」
二人はイライザの行方を捜したが、見つからなかった。
「この街に本当にいることが分かっただけでも収穫だな」
カントたちは早々に切り上げて宿へと向かい、改めて捜索することにした。
※ ※ ※ ※
一行は宿屋に到着した。
手配されていた宿屋は貴族専用もので、利用には値がはりそうだが経費は王室持ちなので二人がこれを心配する必要はない。
少なくとも宿泊環境だけは快適なものが用意されていることがわかり、カントたちは安心した。
カントが宿帳に記帳していると、宿屋の主人が話しかけてきた。
「抽選の登録はされましたか?今日の夕刻までとなっていますので」
「何のですか?」
「おや、御存じありませんでしたか。公開の期間中、最初に杖の引き抜きを試せる人の抽選ですよ。言い伝えでは、この地が完全に浄化された時、杖が抜けるとされていますが、「利益は杖を抜いた者に与えられる」という精霊の御詞が残されているのです」
「へえ、そんな御詞もあったのね。知らなかったわ」
「期間中、杖が引き抜けるか誰でも試すことが出来ますが、最初に抜こうとする人が有利になります」
この時期は、皆が入れ代わり立ち代わり浄化の杖を引き抜こうとするのだが、数秒前に抜けなかったものが、その間に浄化が完了して抜けるようになっている確率は極めて低い。
一方で、期間中最初に杖を引き抜こうとする者は約一年に渡る期間を経ているので抜ける可能性が非常に高いと思われているのである。
過去には「利益」を得るために、一番手となろうとする者の争いが絶えなかったらしい。
いつ抜けるとも知れない杖のために毎年無駄な血が流されないよう、現在は厳正な抽選のもとに一番最初に杖を引き抜く者を決めるようになったのである。
「それで、その利益とは何なのですか?」
「それがはっきりとはしていないのですよ」
(何だよそれ)
「ただ、教会は杖の所有権のことだと考えているみたいですね。抜けた時すべてが分かるなんて説もありますが」
「カント、折角だから抽選の登録をしてみましょうよ」
本来であれば杖も調査対象に入っていたのだが、イライザの姿が確認できたため、調べる意味が無さそうである。
加えてカントは、その「利益」がそれほど魅力的なものには思えなかっためあまり興味がなかった。
それでも、アイリスが希望するというのであれば、同行することにやぶさかではない。
「……アイリスがそう言うなら行ってみるか」
二人は、チェックインを終えると、浄化の杖のある街の中央へと向かうべく、外に出た。
20170424タイトル変更




