補話 呪われた村と杖③
翌朝、私が教会に出向くと、イライザはそこにいた。
「おはよう。ティシオン」
「おはようございます。昨日はありがとうございました。あと、酷いことをいってすみませんでした」
「いいのよ」
イライザは、全く気にしていないといった感じで笑っていた。
その様子を見て、心の中でもやもやしていたものが少し晴れたような気がした。
「それで、私を呼び出したのはどうしてですか?」
「貴女から呪いの話を聞いて調べてみたのよ。凡そ原因はわかったわ」
「え、本当ですか?」
イライザが呪いのことを知ったのは一昨日の晩。
昨日のうちに調査をしたということになるのだろうが、僅か一日の内に原因が分かるとは思えなかった。
私は、半信半疑のまま、彼女の言葉に耳を傾けた。
「この村の北にある山の中腹に強力な術を行使した痕跡が見つかったの。多分、かなり昔にそこで天使が悪魔を倒したんだと思うわ」
この村の北には、カルバキア山脈という高峰の連なる山地がある。
イライザの言っているのは、これらの山のどれかということになる。
もっとも、突然天使や悪魔という単語が出てきたので、その存在を俄かに受け入れるのにはいささか抵抗があったわけであるが。
「つまりこの村の病気は、その悪魔が残した呪いということですか?」
山の中腹というと、この村からかなり距離が離れている。
遠方に残された呪いが、なぜこの村に降りかかるのか、私には理解できなかった。
「呪い……まあそんなところかしらね。その……呪いが水に混ざって下流にあるこの村に流れてきてるのよ」
なるほど、確かに山脈から南にある海に向かって水は流れている。
それなら遠い山の方での出来事も無関係とは言い切れない。
「それじゃあ、水を飲まなければいいんですね」
水なしで生きていけるはずがない。
自分で言っている傍から、非現実的な解決方法だと感じられる。
「それだけじゃないのよ」
イライザは、首を横に振る。
「病気の原因となっているのは、主にその水で育ったモブ麦とカルバ牛が原因ね」
どうやらこれらには呪いの力を強める効果があるらしい。
この村の人は、モブ麦の粉とカルバ牛の乳と肉をよく口にする。
イライザの説明によれば、それが病の発症に繋がっているというのだ。
モブ麦の代わりに小麦を食べれば問題ないし、モブ麦もカルバ牛以外の家畜の餌にするなら問題ないという。
「それでも、水だけはどうにもなりませんよね?ここに住むなということなのかもしれませんが」
「たとえどこかに移り住んだとしても、体に取り込まれた呪いはなかなか体から抜けないのよ。寿命は少し延びるかもしれないけど根本的な解決にはならないわ」
「やはり運命から逃れることはできないんですね」
原因がわかったとしても、病を治す術がなければ意味がない。
呪いから解放されることを期待したのに、それができないと分かって、私はため息をついた。
「まあ、方法がないわけでもないんだけど」
「本当ですか!」
私ははっとして、イライザに詰め寄った。
「それには貴女にも協力してもらわないといけないんだけど、まずはね――」
※ ※ ※ ※
その夜、私はイライザとの打合せどおり、教会に待機していた。
今日はちょうど満月の日で、赤い月が空から照らしており、辺りは明るい。
「そろそろかな」
私は、予めイライザが布に描いた魔法陣に手をかざすと、魔法陣から眩い光が発せられた。
この魔法陣は、光が出るだけのもので、それ以外の効果は何もない。
因みに私は人並み以下の魔力しか持ち合わせていないので、この魔法陣を発動させるだけも、どっと疲労感が押し寄せた。
しばらくすると、魔法の効果は消え、教会内は通常の暗さへと戻る。
それを確認すると、私は魔法陣が描かれた布を丁寧に折り畳み、懐へと押し込んだ。
教会から光が漏れていた事実を確認した村人がいるかは定かではないが、後に辻褄を合わせるためのアリバイ工作として、念のためやっておくことが重要なのだとイライザは言っていた。
ドーーーーーーーーーーーン
静まり返った村に、大きな衝撃音が響き渡った。
「タイミングは完璧ね」
村の中央の広場に足を運ぶと、音を聞きつけて既に村の何人かが集まっていた。
広場にはできたばかりの窪みがあり、村人たちはそれを囲むようにして窪みの中心にあるそれを眺めていた。
窪みの中心には、先端に琥珀色の宝石がついた金属棒が地面から15センチほど顔を出していた。
いわゆる「魔法の杖」である。
ただ、この村の人間が魔法の杖を目にする機会などないため、実際にはそれが何かよく分かっていない。
「さきほど私が教会で祈っていたところ、精霊から啓示がありました。これは神がこの地の救済を約束された証として賜れた癒しの杖、イルレイジアです」
次回から本編に戻ります。
この話のタネ明かし(と呼ぶほどのものでもない)は次々回程度となる予定です。




