補話 呪われた村と杖②
今日は昨日よりも体の調子がいい。
イライザとの一件で昨日は祈りの時間が短くなってしまったので、今日はいつもよりも長めに祈っていた。
今日私が教会を訪れた時、イライザの姿はなかった。
どうやら別の地へと旅立ったらしい。
私も感情的になりすぎて大人気なかったと反省する。
自宅の前まで辿り着くと、わいわいと騒ぐ兄たちの声が聞こえた。
「どうっすか?この村特産のエールのお味は。最高でしょう?」
「ええ、とても美味しいわね。何杯でもいける気がするわ」
兄二人とイライザが笑いながらチーズやソーセージなどをつまみに酒盛りをしている真っ最中であった。
完全に出来上がった兄達は、大声で笑いながらイライザと世話話をしている。
先ほどまでの私の反省は一体何だったのか。
私は、再び沸々と怒りが込み上げてきて、わなわなと体を震わせた。
「ちょっと、イライザさん。人の家に転がり込んで何やってるんですか!」
「あら、ティシオン。遅かったわね。この村のことを色々聞いてたんだけど、エールの話になって、一杯試してたらこうなったのよ」
感情が昂った私とは対照的に落ち着いた声で言い訳をするイライザ。
彼女だけは、酒を飲んでいるのに顔色が全く変わっていなかった。
兄達も酒は強いはずなのだが、彼女はそれよりも強いということなのかもしれない。
「そうだぞ。酒の良さなんて、飲まなきゃわからんからな」
「カルバ牛の良さもな。ああ、このチーズとソーセージは、イライザさんからの差し入れな」
兄達は、イライザの肩を持つようだ。
私の怒りは収まらず、その矛先は兄達にも向けられる。
「お父さんとお母さんも病気で苦しんでるのに、兄さんたちはよくこんなバカ騒ぎができたものね!」
両親が激痛に苦しんでいるのが分かっているのに、その傍らで騒いでいる兄達も許せなかった。
兄達は私の言葉を聞いてそれを鼻で笑った。
「イライザさんが鎮痛剤をくれてな。薬が効いて眠ってるところだよ。普段寝不足だったから、多少騒いでも目は覚めないだろうさ」
そんな馬鹿な。
私は、両親の寝室に行ってみると二人とも穏やかな顔をして寝息を立てていた。
いつもは激痛で安眠が出来ず、慢性的な睡眠不足だったのだが、今は痛みが引いてぐっすりと眠っているらしい。
居間に戻ると、イライザが兄達に暇乞いをしているところだった。
「イライザさん、もう少しゆっくりしていってくださいよ」
「聞くことも聞いたし、邪魔にならないうちに失礼するわ」
私は、親切にしてくれた彼女を追い出そうとしてしまったことに胸を痛めた。
「いやいや、あれだけ効く薬をいただいたんですから。誰もそんな風に思いませんよ」
「さっきも言ったけど、あれは痛みを消すだけで、根本的な治療ができるわけでないのよ。それほど感謝されるようなことでもないわ」
「いやいや、いつも苦悶に満ちた表情をしてましたからね。あんな安らかな顔を見るのは久々っすよ。それだけでも感謝しきれないっす!」
薬の効果を目の当たりにした今、私の意見も兄達と同じだった。
それでもイライザの意志は変わらないようだ。
イライザは、革袋から一枚のコインを取り出し、テーブルの上に置いた。
「これ、お酒代ね」
そこに置かれたのは、黄金の輝きをもつ硬貨、大金貨であった。
「こ、これは!」
私は、今日生まれて初めて大金貨というものを目にした。
なぜそれが大金貨とわかったかというと、過去に小金貨を目にしたことがあるからである。
この村のように貧乏な農村なら数か月は暮らせるほどの価値をもった代物だ。
酒を数杯振舞った対価としては釣り合わないものであることは明らかだった。
「こんなの受け取れないっすよ」
「治療費がいるんでしょう?黙って取っておきなさい」
イライザは、両手で強引に大金貨を握らせた。
不当な報酬はもらえないという道徳心はあるが、お金が必要なのも事実。
心の中での葛藤があったと思うが、兄は黙って頷いた。
イライザは、それを確認すると笑みを浮かべた。
「明日の朝、教会に来てくれるかしら」
帰り際、彼女は私に耳打ちしてそう伝えると、夕闇の中へと消えていった。




