とある魔導武官の昔話
登場人物は当時18歳です。
騎士大会第五回戦、人生を賭けた私の勝負が始まろうとしていた。
名士の四女という、貴族でありながら平民に限りなく近い存在である私は、この試合で自分をアピールしなければならない。
今のままでは、魔術師としての就職はおろか、まともな相手との結婚すら危ういからである。
私は、一回戦から勝ち上がってきたカントという名前の黒髪の男の子と対戦することになった。
彼の剣の鞘には、ドラゴンの紋章が装飾されている。
それは、紛れもないナスタリア王家の紋章――即ち彼が騎士であることを示していた。
幼くして騎士になるほどの功績を上げたという証であり、決して油断できない相手であることを意味している。
学園の制服を着た少女と話をしている姿も見えたため、おそらく彼も学園の生徒なのだと思う。
きっとあの少年は、私とは違って出世コースを歩むことになるのだろう。
「学園か……。私も卒業したかったな」
幸運なことに中級魔術師になるために必要な魔力を持って生まれたため、私も魔術学園に入学したまでは良かった。
それでも、魔法を使う才能に恵まれなかったので、魔術学園を卒業することは叶わず、宮廷魔術師になることもできなかった。
それでも私は努力を重ね、魔術師になるために必要な技量を身に付けたつもりだ。
この大会で第五回戦シード権を獲得できたことも、魔力量だけなら上級レベルになったことを意味している。
この大会でいい結果を残して、夢を叶えるんだ。
私は意気込んで闘技台へと登った。
相手の少年カントは、鎧を身に付けていない。
「貴方、この試合をナメてるのかしら」
カントの第四回戦の試合も実際に見ていたが、【ファイア・アーマー】による防御の強化と【アクセル】による速度強化が彼の戦術らしい。
「短期決戦なら、魔法による防御強化は有効だけど、この大会みたいに連戦が強いられる場合は、ちゃんと装備とかでそれを補うのが常識よ」
そうしないと、その内魔力がなくなって同じ戦法で戦えなくなる。
特に序盤は魔力の使用を極力抑えるものだ。
「そうなんだ。それは知らなった。次からは気を付けることにするよ」
子供だからその常識がないだけなのかもしれないが、真剣にこの大会に臨んでいる私からすれば苛立ちを抑えがたい態度だ。
私はキッと彼を睨み付けて剣を構えると、試合開始のゴングが鳴った。
「【アクセル】」
「【アクセル】、【ファイア・アーマー】」
予定どおりカントは【ファイア・アーマー】を使ってきた。
そうなると、私は水属性魔法が得意なので、属性の力関係から優位に立てるはずだ。
「これならどうかしら?【アクア・インフォース】!」
私の剣を青いオーラが包み込んだ。
剣を水属性で強化すれば、【ファイヤ・アーマー】の効果など無いに等しい。
私はカントに切りかかった。
「【ストーン・アーマー】」
私が剣を魔法で強化したのを見て、カントは追加で魔法を唱えた。
剣がカントに到達するも、水属性に対して優位な属性となる土属性のオーラに守られ、有効な攻撃とはならない。
カントは再び距離を保ち、余裕のある表情で私の出方を窺っていた。
彼は今も【アクセル】、【ファイア・アーマー】、【ストーン・アーマー】の魔法を維持している。
三種類の状態変化魔法を維持し続けるだけでもそれなりの精神力が必要となるので感心するところではあるが、何故無意味な【ファイヤ・アーマー】を維持し続ける必要があるのか理解できなかった。
私も必要最低限の魔法しか使わず魔力消費を抑えているというのに、彼は魔力の浪費を続けているようにしか見えない。
少なくともあの【ストーン・アーマー】がある限り水属性付与による攻撃は期待できない。
どうすればいいのだろう。
私は、良い作戦が思い浮かばなかった。
「来ないならこちらから行くぞ」
私が動かないので、カントがこちらに向かってきた。
「【アクセル】二重詠唱!」
ついに使ってしまった。
魔法使用の才能がない私にとって、二重詠唱など極めて魔力燃費の悪い方法であるが、ここで負けるよりはましだ。
カウンターを狙い、一瞬で勝負をつけてやる。
「――――!!」
カントが何か呪文を唱えたような気がしたが、聞こえなかった。
次の瞬間、彼は急に速くなって私に急接近した。
この子はどれだけ多くの魔法を行使しているのだろうか。
先ほどの試合の分も合わせると、とっくに魔力が切れていてもおかしくない。
余程魔力の回復が早い体質なのか、それとも――。
間近で見える黒い髪――この子は本当に人間なのだろうかとふと思う。
聖典の天使のように私を破滅させに来たというのだろうか。
剣が弾き飛ばされ、体が地面に倒れたところで私の意識は途切れた。
※ ※ ※ ※
目を覚ますと、そこは闘技場の医務室だった。
どうやら私は試合で気絶したらしい。
特に目立った外傷はなかったため、その場にいた医師に挨拶をして医務室を後にする。
廊下に出て一人になった瞬間、涙で目の前の視界が歪んだ。
負けてしまった。
あれほど努力したのに。
三回は勝つ予定だったのに。
これから私にチャンスはあるんだろうか。
一言でいうならお先真っ暗というやつだ。
私は絶望の最中にいた。
「君は、さっきカント君と戦っていた娘さんかい?」
涙を拭っていた私にかける声があった。
「……そうですが」
声の主の方を見ると、そこには背の高い中年の男の人が立っていた。
口ひげがトレードマークのその男は、派手ではないものの上品な服を着ており、どこかの貴族であることはなんとなくわかった。
「彼は強かっただろう?」
「ええ、戦い方は無茶苦茶でしたが、底の見えない力の差を感じました」
「ははは、そうだろうねえ……」
言葉に困ったのか、男は渋い物でも口にしたかのような顔をしてみせた。
「ところで君はどこかの隊の所属しているのかい?」
「いえ、就職先を見つけようとして、自分の力を誇示しようと意気込んで参加した結果があれですよ」
気持ちの整理がついていれば愛想笑いぐらいできたのかもしれないが、今の私にはそんな余裕はなかった。
視線は足元の方へと沈み、また涙が溢れてきた。
「そうかい。それは残念だったねえ。これを使うといい」
男は、私にハンカチを差し出した。
「……ありがとうございます」
「御父様!次の試合が始まるわよ!」
廊下の向こうから女の子の声が聞こえた。
「おっとそうだった。私はこれで失礼するよ」
「あの、このハンカチはどうすれば?」
すぐにでも立ち去ろうとするその人を引き留めた。
「そのまま君が持っていてもいい。もし、返す気があるのなら、王城にライオネルという上級兵がいるから訪ねてみるといい。それでは」
彼は、そう言い残すとその場を足早に去っていた。
上級貴族がハンカチごときを返してほしいとは思っていないだろうが、王城の上級兵と話せる機会があるということならば、これはチャンスかもしれない。
そんな小さな希望を抱きつつ、私は後日王城を訪れることにした。




