補話 英雄と斧⑤
薄くなっていく意識――バースはこれが死の感覚だと直感的に理解した。
背中に羽が見えたことで、自分が天使に殺されるのだと理解する。
自分は所詮天使の駒に過ぎず、用が済めばお払い箱なのだと。
そう思っていた矢先、バースは再び自分の意識が鮮明になったことを自覚した。
辺りを見渡すと、一面にがれきの荒野が広がっていた。
どうやら同じ帝都だった場所にいるようで、目の前にはセルシャが立っていた。
何が起こったのか全くわからなかった
「ごめんなさい。貴方は一回死にました。手違いがあって、別の天使が貴方を殺してしまったのです」
自分が死んだ。
セルシャの言っていることがいまいちよくわからなかった。
バースが、自分の身体を確認すると、知らないうちに白い衣を身に付けていることに気が付いた。
「貴方の魂があの世に送られる前に、私が貴方を一時的に天使にして復活してもらいました。本当にごめんなさい」
よく見ると、バースの後方に、自分が装備していた鎧などが抜け殻のように横たわっている。
「その鎧の中にあった方の体は、砂になりました。そして、新しくできた体がそれです。20歳より少し若いくらいの体になっているかと」
天使は不死身であると神官から聞いたことがある。
確か、絶命しても復活するという内容の神話があったことをバースも覚えていた。
一時的に天使にするという意味がよく分からなかったが、自分もその奇跡的な作用を利用して、死にそうな――正確には死んだ――ところから助かったということらしい。
「お前たちは何でもありだな」
神も天使も人間の常識をはるかに超えている。
こいつらを敵に回したところで、どうにもならない。
つくづくそう思うバースであった。
※ ※ ※ ※
「神託で、狂った戦士は天使が抹殺したということにしました」
「事実じゃねえか!」
バースはすかさずセルシャにツッコミを入れる。
「だから何回も謝っているじゃないですか。犯人はこの世にいないことにでき、若い肉体も手に入ったということで一石二鳥ですから!大目に見てくださいよ」
本来であれば、大罪人として人々から避けられることになるはずだったバースであったが、神託によりこの世には亡き者とされ、復活を果たしたことで実年齢よりも10歳程度は若返ったため、完全に赤の他人を騙ることが出来るようになった。
故郷に帰ればバースの若い頃を知る者がいるため、帰郷して永住することはは難しいかもしれないが、これまでどおり、たまに家族に会う程度ならなんら支障はないだろう。
「それはそうと、セルシャ、さっき例の斧を岩に突き刺していただろう?あれは何なんだ?」
ライオは、セルシャの企みには続きがありそうなことを察していた。
「この地に帝国のような国ができないようにしようということで、この岩から抜けた者が王だという神託を出そうと思います」
「安易すぎるだろう。どこかにありそうな話だな」
「そんなことはどうでもいいんです。重要なのは帝国が別の形で再生しないことですから」
この斧がある限り当面の間、王を騙る者がいなくなる。
王を立てての国家成立も、戦争を起こすための大儀名分も、この斧が抜けない限り虚偽となってしまう。
時の有力者が大きな声を上げたとしても、それが神の名の下に否定されれば、意味をなさず、権力の濫用がされなくなるとみて良い。
「伝説の剣を抜いたら勇者」という話は二人ともどこかの地方の伝説として聞いたことがあった。
剣が抜けた程度で資質がわかり、勇者や王になれるというのであれば既に世界はもっと平和である。
ライオはそんなうまい話があるはずがないと思った。
「王となるべき者を察知する方法なんてあるのか?」
「私は知りません」
ライオの質問に、セルシャはこの神託が茶番であると自白した。
「ですから、簡単に抜かれるようでは厄介なことになります。そこで、一定の魔力量を持つ者が抜けるようにしました」
人間には保有することができる魔力量に上限があるらしい。
セルシャは、その上限にかなり近い力があれば、斧が抜けるように設定しました。
「確率論からすると二千年に一人現れる計算になりますね。因みにバースさんなら抜けますよ」
「俺は抜かんぞ。色々と面倒事に巻き込まれそうだからな。それはそうと、目論見が外れてまた変な国ができたらどうするんだ?」
「それを私に言わせるんですか?」
そういってセルシャは、バースに微笑みかけるのであった。
※ ※ ※ ※
その後、セルシャが斧を置いて行った場所に大聖堂が建設され、王が現れるその時まで、ライオが創設した自称教団が斧を管理することになった。
多くの者が神託を信じ、王の登場を待ちわびているが、二人だけはそうならないことを密かに願っていた。
斧が抜かれるということは、力ある者が現れたということであり、同時に権力を手にすることになる。
考えなしには、世を乱すことにもなりかねない。
「俺たちが後世を心配してもどうにもならんがな」
「ああ、後の「勇者様」が考えることだな。俺では、地方の治安を守るのが精一杯さ。子供も生まれたしな」
二人は、後世のことは後世の人間に任せるしかないと考えていた。
自分たちには今の時代に、自分たちの役割があるからだ。
後世の人間には歴史を学ぶという方法がある。
天使が工作するこの世界で、真実がどの程度伝わるのか疑問が残るところではあるが、それも含めて道を見極めるのは力ある者の責務であるというのが、元英雄の持論であった。
「それはそうと、また自治区に盗賊が現れたそうだ」
「奴らも懲りんな。俺がいる限り、存在すること自体許さんが」
隠れた王の地道な活動は、これからも続く。
次回から本編に戻ります。




