補話 英雄と斧①
神話『呪われた斧』の元となった話です。
タンダラス帝国の首都、帝国兵団の兵士休憩施設の一棟に鈍い金属音が響いた。
金属製のヘルムが石畳の床に叩きつけられた音である。
「ふざけるな!くそがっ!!」
帝国兵のバースは苛立っていた。
「おいおい、大事な防具をそんな風に扱うなよ」
同じ帝国兵であるライオは、また始まったのかと面倒くさそうにバースを宥めた。
しかし、そのヘルムがそんなことでは傷一つつかないことはよくわかっている。
魔金属が少し加えられ強化されていることを知っているからだ。
「また侵略のための出撃だぞ!利益があるのは、国の重役ばかりじゃないか」
現在、バースがいるタンダラス帝国は日が昇る勢いだと言われている。
タンダラス帝国は、次々と侵略戦争を仕掛け、周りの小国を吸収しながら勢力を拡大してきた。
そんな帝国も10年ほど前までは、他国とそれほど軍事力に差がない小国に過ぎなかった。
きっかけは、バースの元母国であるラステア王国の王族や重臣たちが流行り病で次々と亡くなったことにあった。
ラステア王国は、もともと貧しい国であったが、その時起きた干ばつで各地が飢餓状態となっていた。
その上に、国の指導者を次々と失ってしまい、国民の大半が命を落としかねない窮地に立たされていたのである。
当時少年だったバースも、兄弟の何人かを失った。
そんな時、民の救済を大儀名分に王国の併合を宣言したのが、当時王国の隣国であったタンダラス帝国であった。
王国の指導者が不在であったため、それで皆が救われればと、併合に反対する者はほとんどいなかったのである。
バースが兵に志願したのも、公共事業の労役を行い、少しでも故郷の力になれればと考えたためである。
だが、実際には旧ラステア王国の民の生活が良くなったという話はあまり聞かなかった。
併合直後には、救済の名の下に、僅かばかりの施しがあったようであるが、それも最初のうちだけだった。
バースが出身の村に帰っても、聞くのは生活が益々苦しくなったと嘆く幼馴染の愚痴ばかり。
併合の利益は、帝国拡大のために費やされていった。
今でも、急激な拡大の恩恵を受けているのは中央の有力者だけで、帝国に吸収されていった国々は今でも搾取される立場にある。
それは、発展の光と影そのものだった。
バース自身は、戦場で英雄と呼ばれる存在である。
帝国兵となった時に、人並み外れた魔力を持っていることが分かり、魔力を使って戦う魔闘術を叩きこまれたのである。
その結果、1000人の敵兵を相手にしても生還する戦場の英雄となっていた。
実際のところ、ここ最近の戦争の勝利はバースのおかげと言っても決して過言ではない。
バースの名は、敵国にも広く知れ渡っており、バースが戦場に現れただけで戦闘意欲を失う者も多かったのだ。
バースは司令官や小隊長でもないただの一般兵であったが、帝国の最強兵と仲間に認められるまでに成長していた。
最強の名に恥じることなく、数々の功績を上げてきたことは間違いないが、それが帝国に認められたことは一度たりともなかった。
報酬が増えるわけでも、勲章が貰えるわけでもなく、よくやったと労いの言葉をかけてくれるのは、周りにいる仲間や現場の上官だけであった。
かつて貧困に喘いでいた自分の故郷を守るため、兵として旧王国地域の防衛戦に進んで参加し、命を懸けて戦ってきたバースであったが、このところは侵略戦ばかりであった。
バースがいる限り負けることはないが、バースにとっては不本意な戦いばかりである。
人を救うために兵士となったはずが、進んで人を殺す役ばかり充てられるのでバースの不満は溜まる一方だった。
「嫌なら辞めてしまえばいいんじゃないのか?」
ライオは適当にそんなアドバイスをしてみる。
「できるわけないだろう。俺が抜けたら戦場で帝国兵の死者が増えるじゃないか」
バースは、帝国軍の一般兵の殆どが、帝国に吸収された国の出身であることを知っていた。
小隊に同じ国の出身者を入れないなど、反乱が起こらないように工夫された編成の中で使役させられている者が大勢いる。
もしバースが抜けてしまえば、死ぬのは帝国の重役ではなく、一般兵である。
給金を目当てに兵士に志願せざるを得なかった元農民達の命が、多く失われてしまうことは明白だった。
「ああ、わかってる。良くわかってるよ。バース」
ライオもバースほどではないものの、そこそこの戦闘力がある。
似たような境遇を持っていることで意気投合し、バースと日頃からつるむ仲となっていた。
ライオが抜けても軍は壊滅的な打撃とはならないが、職を失い、実家への仕送りが止まれば、両親兄弟が餓えてしまうため、バース同様軍を辞めることをためらっていた。
本日、帝国軍本部より下った命令は、1週間後に現在帝国の隣国となっているシナリ王国の侵略であった。
シナリ王国が隣国となったのは、その隣の国が3か月前に帝国に併合されたからであり、つい最近の話である。
これも全てバースの活躍によるものであるが、それを知らないがために司令官は本来であればあり得ないようなスパンで侵略の命令を繰り出してくる。
命令を出せば、必ず勝利を収めてくるのであるから当然である。
※ ※ ※ ※
「敵兵は3万程度だと聞いている」
「すると少なくとも3、4千の被害がないと終わらないだろうな」
「いや、今回は最後まで抵抗してくる可能性が高いそうだ」
バースは、場所を自室に移し、ライオと一杯やりながら、頭を抱えて悩んでいた。
戦争で勝利するためには、敵戦力を削いで降伏させなければならない。
このため、敵国の兵を殺傷しなければならないが、その大半の役目を担うのはバースである。
これまでも、侵略戦では人殺しという汚名を被ってきたが、敵国がぎりぎりまで降伏しないとなると、その分バースの仕事が増えることになる。
相手が攻めてきたというのであれば賊が攻めてきた時のように良心の呵責もそれほど大きくない。
しかし、こちらから自ら乗り込んでいくとなると、自らの罪を増やすような気がしてならないのであった。
「進軍の噂はもうシナリ王国にも届いていましたよ」
いつの間にか窓の淵に一人の女が座っていた。
女は、金髪、碧眼の黒いロングコートを羽織っており、美しい顔立ちをしていた。
「ここは2階だぞ?どこから入りやがった」
ライオは驚いて立ち上がり、腰の剣を引き抜こうとした。
「まて、彼女は怪しいものではない」
慌てるライオをバースが引き留めた。
女人禁制の男子寮の2階の部屋に、窓から侵入してきている時点で怪しくないと言われても、怪しいものは怪しい。
だが、バースがそう言うのでライオは渋々後に引いた。
「初めまして。貴方がライオさんね?バースから話は聞いているわ。私はセルシャと言います」
「彼女は天使なんだ」
セルシャは社交的な笑みを浮かべ、一礼した。




