王都への道中
アイザックが称号を譲る提案をした翌日、完人は、アイザック、アイリスと共にハウンドが操る馬車に揺られていた。王都へ道中、第一日目である。
「この国ではカント・ヒーラギと名乗ることにします」
王都へ向かう馬車の中で、完人はどのように名乗るべきかという話題が挙がっていた。
称号を譲られる際、完人の名前を登記する必要があり、当然この国の文字を用いた表記が必要となるからだ。
しかし、全く関連のない名前を名乗る必要もない。
単純に、この国の言葉で同じ発音に近い表記となるように配慮した結果だった。
「ヒーラギをファミリーネームとするなら、領地なし名士で「カント・パブリ・ヒーラギ」になるのかしら」
「そうなるだろうね。それは登記官に考えてもらえばいいことだが」
「それらしく聞こえますね。何も違和感がない」
「それは貴方が片言だからよ」
「ごめん。ちょっと調子乗ってたかも・・・」
「それにしても、話を聞くたびにつくづく君の故郷に興味が湧くよ。見慣れない文字、一つしかない月、しかも魔法が存在しないなんて、文化が発達していけるのが不思議なくらいだ。それなのに我が国よりも高い技術力があるようだからね。今度君の話にあったエンジンというものの開発を――おっと」
興奮を禁じ得ないアイザックの話を寸断するように、急に馬車が動きを止めた。
「何かあったのかい?」
アイザックは、窓から御者台にいるハウンドに確認をした。
「どうやら前方に馬車が停車していて道を塞いでいるようです。罠かもしれません」
300メートルほど先に馬車が停まっているのが見えた。
本当に馬車が停まっているだけの可能性もあるが、あの馬車の近くでこちらの馬車も停車した瞬間にわらわらと盗賊団が現れることも想定できる。
この前、カントとアイリスが道中で盗賊に襲われたように街道の治安はそれほど良くないのである。
「了解した。八割方罠だろうね。治安を預かる領主としては面目ないが・・・。ハウンド、そのまま近づいてくれ」
「罠かもしれないのに近づいても大丈夫なんですか?」
「罠だとして、我々がやられてしまうと思うかね?」
「ああ、確かにそうですね」
こちらには、上級魔力保有者が3人もいる。
ただし、カントやアイリスが魔法を使った場合に、相手の命は保証できない。
心配しなければいけないのは、自分たちよりも盗賊の方だった。
前回、カントらが盗賊に襲われた時は、アイリスが同様の心配をした結果不覚をとったが、今回はアイザックが同行している。
カントは、アイザックの実力を見たことはないが、将軍を務める立場上、盗賊ごときに手を焼くとは思えなかった。
「たぶん盗賊がいても襲ってこないわよ」
「それは何故だ?」
「今乗ってる馬車は、トルンスタント家の紋章が入っていることが遠目でもわかるわ。領内に住んでいる者であれば、領主一家がそれなりの強さだということぐらいは分かっているはずだから」
前回は、アイリスが外出するための小さい馬車だったが、今回は王城に入場することも想定し、トルンスタント家の者が乗っていることが分かりやすい豪華な造りとなっている。
確かにこれなら遠くから見ても、判別がつくと考えていいだろう。
「なるほど。今回は安心していいわけか」
「強者が乗っていると思われる馬車を襲う、またはこの馬車が領主の家の物だとわからない。どちらにしても、そんな奴らがいたら、それはただの馬鹿よ」
カントらが乗った馬車がゆっりと、停車している馬車に近づいていく。
馬車の手前まで進んだところで、30人以上の盗賊が現れた。
「そこの馬車!止まって有り金を全部差し出すんだ」
(馬鹿がいた)
これまで御用とならなかったところをみると、新手の盗賊団なのかもしれない。
「やれやれ。私の知名度もそれほど高くなかったようだね」
アイザックは、座席から立ち上がり、馬車の扉を開けて馬車の外へと飛び降りた。
「【アクセル】」
アイザックが呪文を唱えると、その瞬間動きが加速した。
目の前にいた盗賊が手に持ち構えていたナイフを奪い取り、自分の手に持ち替える。
そのナイフで、盗賊らの防具の紐を次々と切断すると、その大半は地面に落ちて、最早盗賊の殆どは戦えない状態となった。
「くそ!」
盗賊の数名がその場から逃走を図る。
「【サンダー・アロー】三重!」
雷の矢が、盗賊達を追撃し、気絶させる。
「お前たちは逃げられない。あいつらみたいになりたくなければ、大人しく投降しろ」
アイザックは、気絶させた盗賊らをナイフで指し示し、残りの者たちの投降を促す。
盗賊の中には、何が起こったのか、まだ理解できていない者も数名いたようであるが、程なくして盗賊全員が縛に付くことになったのであった。
※ ※ ※ ※
「さて、あの馬車だが・・・」
停車していた馬車は、盗賊団が設置したダミーかと思われたが、中には女とその子供、そして気絶した剣士の計3人が乗っていた。
剣士の警護の下、馬車を走らせていたところ、盗賊団に襲われたようである。
剣士は、それなりの剣の使い手だったのかもしれないが、数に負けてしまったのだろう。
女は顔面蒼白になっており、子供は泣きじゃくっていたようで、目の辺りが赤く腫れていた。
「この度は、危ないところを助けていただき、誠にありがとうございます」
女の説明によれば、盗賊団に襲われ、持ち合わせた金を全部奪われたところで、盗賊の一人がカントらの馬車が来るのを発見したため、囮として使ったという顛末であった。
「私の主人は、王都で商店を営んでおります。王都に立ち寄られた際は、お礼を致しますので、是非、お立ち寄りください」
「いえ、領主として当然のことをしたまでだ。怖い思いをさせて申し訳なかったね」
「滅相もありません。それにしても、この地の領主様はお優しい方なのですね。お隣のタイタニア領では自己責任と言われたことがありましたので・・・」
(ジェシカの家の領地か。平民への態度の違いだろうか)
無論襲う盗賊が悪いのは間違いないが、襲われる方にも全く非がないとは言い切れない。
襲う方が悪いからと、自衛を怠るわけにもいかないのである。
それをどう捉え、どんな言葉を選んでいくかは、平民の扱いの違いで差が生じるものであろう。
意味は同じなのだが、言い方の良し悪しというものがあることは、カントも経験上よくあった。
しかし、他の領地――特に今回は公爵領――のやり方に干渉は無用である。
アイザックも、歯切れの悪い回答しかできないのであった。
やっと漢字表記から抜け出せました。
完人 → カント




