第二話
出会いは突然に
誰かと出会えば
誰かと出会わなければ
無限に広がる縁はどのような物語になるのだろう
それは神すら予測のつかない物語になるだろう
願わくば全ての縁に幸あらんことを
目の前の魔物と見つめあって数秒・・・それとも数分か、数十分、数時間と体感的には凄まじく長い時間見詰め合っていたような気がする。
未だに体はぶつけた際の痛みが残るし、目の前の魔物への恐怖のせいかそれ以外の痛みも感じる。
息も荒れ今にも意識を失ってもおかしくないと自分でも分かるのに、目の前の魔物の何かを見定めるかのような、紅い眼から視線を外すことができない。
息苦しい、いつまでも続くかのように思えたその時間は、唐突に終わりを告げた。
目の前の魔物から感じる圧力のようなものが急激に増し、まぶしいほどの光が魔物から放たれる。
その圧力に一瞬意識を失い、再び意識を取り戻したはいいが、目が眩んでいて前が見えない。
もしかして意識を失った間に俺は死んだのだろうか、とふと思ったが未だに痛みが健在な事から生きているとぼんやり考える。
そしてだんだんと目が見えるようになっていき、目の前の魔物の姿がまた見え始め・・・ることはなかった。
そこにいたのは、先ほどから凄まじい威圧感を放っていた魔物ではなく・・・
金髪のまだ幼さを残した少女だった。
「・・・は?」
先ほどまでまだ冷静と言えた頭の中が再び大混乱に陥る。
(何でこんな幼い女の子がこんな森の中に?!いや、そもそもさっきの魔物は?!)
その少女は、こちらが大混乱に陥ろうと関係ないと言わんばかりに、まるで玩具を見つけたかのような笑みを浮かべながらこちらへ近付いてくる。
そしてその少女は、発した声と口調が合わぬ喋り方で口を開いた。
「お主、名はなんじゃ?」
ただそれだけ、名を聞かれただけなのに逆らえずに、名を口にしなければいけないという、もはや脅迫観念に近いほど思考が誘導される。
だけど僕は答えに詰まった。何故かと言うと、今まで生きてきた村のしきたりだか何だか知らないが、他の街や村と違い16歳の成人の儀と共に名を授けられ、それまでは母親か父親の名の後に息子や娘と言う言葉を使い呼ぶ。
父親の名前がアーサーでその娘なら”アーサーの娘”といった具合だ(ちなみに親が呼ぶ場合は娘よ、など。父さんは村の生まれではないから生まれる前に名前を考えていたらしい。
村では生まれた子の成長を見て、その子の性格等も考慮した上で名を考えるらしいが。)
つまり、とどのつまり何が言いたいのかと言うと、まだ15歳の僕には名前が無かった。
先程目の前に来られた時よりも、強い圧力に当てられたせいか一周回って冷静になった頭で、どうしたものかと考える。
そうして少ししていると、少し苛立った声色で再度問われた。
「どうした、答えられぬのか?わらわは名前を問うただけだぞ?」
感じる圧力は強くなりハッとなって顔を上げ、少女の顔を見ると声色と裏腹に少し意地悪をして楽しんでいるような顔が見える。
とにかく機嫌をこれ以上損ねると本当に死にかねない。
しかし答える事が出来る名前はもはや前世の物しかない。
これ以上名乗らなければ本当に殺されそうな気もする上、今後生き残ったとして名前は必要だろう。
そう考え僕は名前を口にした。
「黒芒・・・黒芒 白野」
名前を答えた時の少女の反応は意外だった。
そうか、と返すでもなくほかの事を聞くでもなく驚いていた。
何を驚いているのだろう、名前くらい答えられないと思ったのだろうか?
確かに僕は前世の記憶が何故か蘇っていなければ、答えられない所だったがそれは特殊な生まれのせいで、普通の人間なら誰もが問題なく答えられる問いのはずなのに。
そんな視線を感じてか、今度は逆に少女がハッと此方に視線を向けてくる。
その顔は先程のように驚きが浮かんでいるのではなく、最初に浮かべていた以上に面白いものを見つけたような笑みだった。
フッと先程から感じていた圧力が消え、その笑みはますます深くなり、ついにこらえきれないとばかりに声を上げて笑い始めた。
「クハハハハハ!面白い、これだけの魔力を当てて名前を答える事が出来たのは、お主で2人目だ・・・本当に面白い!」
魔物に殺されかけてると思えば、魔物の代わりに少女が居て、少女に名前を問われ答えれば大笑いされる。
もう何がなんだかわからないが、圧力が消えた事で気が緩んだのか意識が落ちていく。
最後に見たのは、笑顔のまま此方へ歩み寄る少女の姿だった。
side:少女
意地悪をしすぎたようだ。
先程まで大量に魔力を当てて脅していたのだから無理もないが、当てるのをやめた途端に気絶するとは思わなかった。
楽であろう体勢に整えてやった後、これからの事を考える。
退屈を嫌ってまた人間に化けて生活に溶け込もうかと思って、街の近くへ来たら運悪く冒険者に会ってしまい、久方ぶりに人間の生活に入るから力加減の練習でもと思ったら、案の定加減を忘れていたのか殺してしまった。
その戯れの過程で馬車を壊してしまい、その中にいたらしき男が吹き飛ばされていたのを見ていたので、そちらを確認しようと吹き飛ばされた方向を見ると
痛みと言うよりは、何か精神的に辛い出来事を我慢しているかのように、俯き震えている男が目に入った。
ゆっくりと近付くがこちらに気付く気配はない。
ここまで近付いて来ても気付かないなど、中々思いつめているようだな等と考えていたら、どこか振り切れたような雰囲気を出しながら顔を上げた。
すると目の前に私が居た事に驚いたのか、目を見開き悲鳴を上げる・・・かと思いきや、出てきた言葉は予想外のものだった。
「綺麗だ・・・」
その言葉が聞こえた途端、自分でも不自然と思える程に胸が高鳴った。
どうやら私にも通用する程、強力なテイマーの能力があるらしい。
昔下級の魔物に化けて街の近くへ行った時に、私を使役しようと主従契約を迫ってきたテイマーがいたが、その時と同じ感覚があった。
まぁそのテイマーとは比較にならない程、強い物ではあったが・・・それに見た限り、意識してやったわけではなく無意識での発動だろう。
これだけの素質がある者と契約するのも面白そうではあるが、ただ契約するのも面白くないので少しだけ試す事にした。
魔力を練り人間の姿へと変化し、近付いていく。
退屈故に此処に居る為、こう言った面白そうな出来事に出会い口元のにやけが止まらなかったが、それも相手から見れば威圧に見えるだろうし構わないだろう。
実際大混乱した様子で此方を見ている。そして言葉に人間数十人なら簡単に殺せる魔力を乗せ、問いかけた。
「お主、名はなんじゃ?」
少し待つが答えはない。
魔力に当てられ口が動かないのではなく、答えに詰まっているように見受けられたが
名前を答えるのに詰まる事があるのだろうか?
少し、ほんの少しだけ不愉快な気分になり、だがそれ以上にやはり面白そうという感情を抑えられずもう一度口を開いた。
「答えられぬのか?わらわは名前を問うただけだぞ?」
2度目の問いかけで、また俯きかけていた視線がこちらへ戻ってくる。
そして男は口を開いた。
「黒芒・・・黒芒 白野」
クロススキ ハクノ?ファミリーネームがあると言う事は、貴族なのだろうか?貴族にしては服装も昔見た一般人と大差ないように思えるが・・・だがそんな事よりも驚いた。
本当に、あれだけの魔力で脅し縛り付けたにも関わらず、自らの名を答えて見せた。
こんな事は過去に一度しかなかった、しかもその過去とて答えるのに相当の時間を要した。
こうも簡単に答えた人間はこの男だけだ。
面白い、本当に面白い。
「クハハハハハ!面白い、これだけの魔力を当てて名前を答える事が出来たのはお主で2人目だ・・・本当に面白い!」
合格だ、これだけ笑わせてくれたのだから私を従える資格がある。
「気に入った!このティエラ、お主の配下になってやろう!」
それを聞いた男の顔には、あいも変わらず困惑の色が浮かんでいた。