9、ピヨちゃんの初恋
俺はヒヨコに恋をした。
何を言ってるか分からないと思うが、俺だって分からない。
まさか元人間の俺がヒヨコに恋をすることになるとは。
まさに身も心もヒヨコになってしまったみたいだ。
ドラゴンの勝利の後、クラスメイトから散々ちやほやされたクユユは気を良くしたのか、俺へのご褒美をおやつからグレードアップさせてくれる約束してくれた。
何でも、クユユの自宅の近くにはおいしい焼き鳥屋さんがあるらしく、それをご馳走してくれるそうな。
焼き鳥とは共食いもいいとこだったが、俺としては大満足。
焼き鳥? 大好物だ。
学校が終わり、帰り道に件の焼き鳥屋であろう店の前で俺は待機を命じられた。
「ピヨちゃん、そこで待ってて下さいね? すぐ戻ってきますから」
『ピヨ!』
人間の食べ物を食べれると聞いて俺は大興奮。
ちょっと小おどりしながらクユユを待っていると、一枚の柵を隔てた向こう側に、彼女が居た。
凄く艶のある毛並み。
まん丸でツブラな瞳。
形の良いクチバシから聞こえてくる声は鈴の音の様。
キューピットが俺の心を射抜く。
おれがヒヨコに恋した瞬間だった。
「ね、ねぇ、そこのヒヨコちゃん!」
「ん? どうしたの? ヒヨコ君」
めっちゃ綺麗な声。
振り向いたその顔に目を奪われた。
キューピットが拳銃で俺の心を打ち抜いていく。
「俺の名前はピヨちゃんって言うんだ! 君の名前も教えてよ」
「ふふふ、私はエミィタって言うんだ、よろしくね、ピヨちゃん」
言ってエミィタちゃんは微笑んだ。
キューピットがガトリングガンで俺の心をぶち抜く。
その直後、俺は背後の気配につままれた。
クユユだ。
「ピヨちゃん、どうしたんですか? あ……、友達を見つけたんですね!」
いい所で邪魔しやがって。
俺は全力で声を振り絞った。
「こ、今度! また会いに来るから!」
「うん、またお話しようね!」
エミィタちゃんと別れを告げて、俺はクユユの自宅へと連れてかれた。
○
クユユの自室へと戻り、件の焼き鳥を目にした俺は絶句する。
ご褒美ですよ~と差し出されたのは……、
【ヒヨコの丸焼き】
だった。
このセンスの良さよ。
ヒヨコにヒヨコの丸焼きを差し出すとは恐れ入る。
ご褒美じゃねぇ、苦行じゃねーか!
「あれ? 焼き鳥は嫌いですか?」
嫌いじゃないけど……、ねぇ?
俺と同じ姿をしたヒヨコが目の前でこんがりですよ?
やだわーないわー。
「ふふふ、大事に食べて下さいね? とっても美味しいですよ~。私はこれからママのお手伝いしなきゃですから、また後でね」
クユユは満面の笑みで自室から去っていった。
「………………」
おうふ。
人間の食生活の闇を垣間見た気がする。
確かに美味しそうだが……なぁ。
クユユには悪いが、これは食べられない。
そこで、とある疑問がふと、俺の脳裏を過ぎった。
天啓なのか、そうではないのか。
ビリリと電流が俺の頭に流れる。
これはヒヨコの丸焼きだよな?
どこで提供される、焼き鳥屋だ。
そんな店の隣で柵に閉じ込められてたエミィタちゃん。
彼女の行く末は……丸焼きだ!
やばい!
エミィタちゃんは焼き鳥屋の商品だ!
「ピヨオオオオオオオオオオオオオオオ!」
俺は居てもたっても居られなくなり、窓ガラスを火で溶かしてクユユの自宅から脱出した。
裏庭らしき所に降りた俺は、すぐさま焼き鳥屋に行こうとした……が、背後から誰かに呼び止められた。
この声を知っている。学校で戦ったドラゴンだ。
「待て、ヒヨコよ! 何をそんなに急いでいる!」
「お前こそなんでこんな所に居るんだ! 復讐か!?」
「おお、違う。礼だ、一言礼を言いに来たのだ」
「え? 何それ?」
ドラゴンは頭を垂れて俺に近寄ってくる。
「俺がここに居る理由だが、実は飼い主に、ヒヨコに負けたと捨てられてしまったのだ。実に恥ずかしい事だ」
「酷い飼い主だな。でもよ、何でそれが俺に礼を言う事に繋がるんだ?」
「開放……、つまり俺は捨てられた事で自由を手にした。元々、俺の飼い主は竜を使役したと見栄を張る為に、俺をその道具にしていたのだ」
「そうか……」
「ありがとう、これで俺は自由だ」
そう言って再び、ドラゴンは俺に深々と頭を下げる。
それを見届けた俺はダッシュでその場から離れようとすると、またもやドラゴンに呼び止められる。
「待て! だから何故そこまで急いでいるのかと聞いている」
「それがよ、俺の初恋の相手が焼き鳥屋で丸焼きにされそうなんだ」
「その相手とは、同じくヒヨコ……か?」
「そうだよ」
そう俺が理由を言うと、ドラゴンが重たく口を開く。
「これも自然の摂理、弱肉強食の世界だ。この世界では人間が強く、ヒヨコが弱い。故に食されるのだ」
「…………そうか、そうだよな」
俺はドラゴンの言葉にそれ以上、何も言えなかった。
森で散々見てきたからだ、弱肉強食の世界を。
強い奴が弱い奴を食う。それが当たり前なんだ。
エミィタちゃんは……諦めるしかないのか。
「何を落ち込んでいる、言葉に意味を間違って理解しておらぬか?」
「……え?」
俺が肩を落として落ち込んでいると、ドラゴンが俺に語りかけてくる。
勘違い? 何だ? どういう意味だ。
「俺が言ったのは弱肉強食の摂理。ヒヨコが食される側と言っている訳ではない。勘違いをするな、強きヒヨコよ」
「なんだ、それがどうしたってんだよ」
「つまり、ヒヨコが強者になれば良いのだ。お前は俺に勝った、いくら俺が幼き竜といえども勝ったのだ。お前は強い! 強者だ!」
「…………っ!」
ドラゴンが俺の心を鼓舞する。
「名を言え! 強きヒヨコよ!」
「ピヨちゃんだ」
「俺の名はジータだ。俺を開放してくれた礼に協力してやる! 一時の間、ピヨちゃんに俺は従うぞ!」
一人興奮しているドラゴンことジータは、爪先で器用に俺をつまみ、背中に乗せた。
「さあ行こう! 世界で唯一、ドラゴンを従えたヒヨコ、ピヨちゃんよ!」
「ああ、待ってろ、エミィタちゃん! 今助けに行くからな!」
夕暮れの町。
ヒヨコを背に乗せた竜が空高く舞い上がった。