6、VSゴキブリ
「ヒヨコって何食べるんだろう?」
クユユが疑問符を浮かべながら頭をコテンと倒す。
そんな彼女が目の前に置いた物を見て、俺は驚愕した。
始まった。これだ。これだよ。
キャットフードじゃねーかこれ。
クユユって女の子の自宅に連れてかれたまではいいが、今、俺の目の前には……何だこれ? カリカリ? が置いてある。
鳥かごの収容され、目の前でカリカリを食えと迫られる。
一体なんのプレイだ。
「何が好物ですか? ヒヨコ君」
俺に聞かないでくれ。意思疎通出来ないんだから。
「あ……、火は吹かないでくださいね?」
今まさに吹きそうだ。
与えて貰う身で贅沢が過ぎるが、カリカリはちょっとひどい。
加工食品を……加工食品を……。
「コレなんてどうです? 野菜の芯」
『…………』
これで妥協の点か。
加工食品までいかなくても野菜ならまだ食える。
アリガトウゴザイマス、オイシイデス。
しばらくクユユに視姦されながら野菜を食べていると、ふと、クユユは用事を思い出したらしく、部屋を後にした。
よっしゃ、抜け出すチャンス。
目指すは加工食品の宝庫、台所。
鳥かごは鉄かどうかは分からないが、火を吹いて壊せば脱出出来そうだ。
……というか、仮に鉄だとしても簡単に火で溶けるのか?
ポケ●ンだと効果抜群だしイケるだろ。
すかさず火を吹く。
大事なのは制御。
勢い余って家が全焼とかはシャレにならない。
こっちまで死にそうだ。
ボオウ、ボボボボボボボボボ。
よっしゃ、溶けた。
初めて制御を試みたが存外に上手く言った。
俺のサイズに合わせて檻を溶かして抜け出す。
俺が連れてこられたのは、恐らくクユユの自室だ。
あっちにぬいぐるみ、こっちにぬいぐるみ。
どこもかしくもぬいぐるみ。明らかに少女趣味。
もしここがクユユのパピーの部屋なら即座に家出だ。
よし、クユユの部屋を抜けだして台所に急ぐとしよう。
……が、問題が発生した。
俺が収容されていた鳥かごは机の上に置かれていた。
机の高さは15メートルぐらい?
ヒヨコの高さと比較してだが……高い。結構に高い。
6階建のビルぐらいの高さがあるぞ。怖い。
しかし、ここをどうにかして下りなければ台所まで行けない。
くそクソ糞。どうする?
そうだ、俺って狼に噛みつかれても平気だったよな。
だったら、多少は落ちたぐらいでは支障は無いのでは?
15メートルに支障が無いとは言い切れないが。
いける。いける気がする。いけるかもワカンネ。
「ピヨオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ダイブ。机からダイブ。
「ビュオアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ぐああああああああああああああああああ!
痛ああああああああああああ……くない。
痛くない。痛くない。まるで痛くない。オケオケ。
衝撃が体に走っただけで、大してダメージは無い。
思った以上に強いぞヒヨコの体。
すごいな異世界のヒヨコは。
火は吹くわ、めちゃくちゃ硬いわ、種類が違う生物と話せるわ。
人間とは話せないみたいだが、結構すごい。
よっしゃよっしゃ。
第一ミッションクリアだ。
続きましては台所。
加工食品を確保してミッションコンプリートだ。
クユユの自宅の構造は分からないが、手当たり次第探そう。
にしても、巨大だ。
巨人の住処と錯覚してしまう、
壁は巨大だし、床は果てしないし、家具も巨大だ。
ちょっとだけ面白い。
テーマパークに迷い込んだみたいだ。
そして辿り着いた。台所に。
キッチンみたいな物は存在したが、いかんせん冷蔵庫がない。
どこかに食料の保管庫があるのだろう。
あった、パンが。戸棚みたいな所にパンが。
幸いにも戸棚は隙間が開いていて、そこから潜り込むことが出来た。やっと加工食品だ。この異世界にはパンを作る技術があるらしい。
牛乳を腐らせて作ったチーズでウホウホする時代ではない。
この時代のウホウホ度は0に近い。
手当たり次第に部屋という部屋を見て回ったが、今、この家に中に人の気配は感じられない。つまり、やりたい放題。
ちょいとパンを拝借するぐらいだが、まあいいだろう。
カサカサ……。
んあ?
カサカサ……。カサカサ……。
カサカサ……。カサカサ……。
どこからともなく何かの足音がする。
居るぞ何かが台所に。
知っている、この気配を俺は知っている。
奴だ、黒光りする奴だ。
カサカサ……。
Gだあああああああああああああああ!
カササササササササササササ。
「ピヨオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
どこからともなく、大量のゴキブリが波のように押し寄せてくる。
まずいまずい。
思わず叫んでしまったが、ゴキブリは高音に反応すると聞いた。つまりヒヨコの鳴き声は致命的アウト。俺に黒い塊が押し寄せる。
ちくしょう。俺のディナーの邪魔をさせてたまるか。
自在に制御できるようになった炎に焼かれて消えろ!
ボウ。ボウ。
カサッ、ブゥ~ン。
ちくしょう。飛んで逃げやがった。
ふざけんな。
幸いにも避けられた火の玉は、床を軽く焦がす程度に済んだ。これからは放つのではなく火炎放射みたいに噴射しなくては。
だが、ゴキブリが早すぎて追いつけない。
くそ、強い。ゴキブリ強い。早い。
ヒヨコになってまでゴキブリと正面衝突することになるとは。
って考えてる間にも、ゴキブリはパンにたかりだす。
特売セールにたかるおばさん達みたいだ。
そうだ、待てよ。戸棚に隠してあるパンにたかるのなら……!
ある程度の時間を俺は影に身を隠す。
すると、ほぼ台所に居たゴキブリ達は戸棚の中へと入っていった。
戸棚の中は隙間を除いて密閉空間。
袋小路に自ら入り込むとは所詮は虫よのう。
戸棚の隙間から火炎放射を噴射してやる。
ボボボボボボボボボボ。
ゴキブリ達は灼熱によって全て絶命していった。
驚いたのがしばらく焼いても死ななかったこと。
そのしばらくがいけなかった。戸棚が燃えた。
大発火。
やっばい。どうしよう。
キッチンから水を汲もうにも高すぎて上がれない。
燃え盛る戸棚を目の前にしていると、背後から気配がした。
「うわあ、火!? ちょっとヒヨコ君、何でここに居るんですか!?」
現れたのはクユユだった。
俺が台所に居るよりも、燃え盛る炎を見て驚いていた。
慌てたクユユは杖を持ちだして、魔法を唱える。
「う……う、【ウォーター】!」
そう叫んだ直後、突き出した杖の先端から水が噴出。
燃え盛る戸棚を鎮火した。
すげぇ、改めて見ると魔法ってすげぇ。
ものすごく異世界を感じる。
火が消し止められたのをクユユは確認すると、ふぅと一息付いて俺をつまんで手の平に乗せた。
これはお仕置きパターンかな?
火の発生原因は火吹きヒヨコの俺以外に考えられない。
「ふふふ、ヒヨコ君。火を止めようとしてくれてたんですね? えらいえらい」
言ってクユユは人差し指で俺を撫でた。
アホの子……?
けど、ごめんなさい。アレの原因俺です。
この時ばかりは意思疎通が出来ない事に感謝した。