20、クマとネズミのチンピラ狩り
静かな森の中。
ホウホウと野生動物が鳴いている。
汚い装束を身に纏うチンピラは草陰に隠れながら、周囲の状況を確認していた。
「っち、何が奇襲に備えてだ。相手はたかがヒヨコだろ? ヒヨコが奇襲を仕掛けるとか聞いた事ねぇぞ」
『ベア』
チンピラは誰ともなく独りごちる。
クリステルとかいうドブネズミに、万全を期すよう言われて見張り役を任されたのだ。
ネズミに命令されるのもシャクだったが、頭であるロウフェンにもやれと言われたからにはやるしかない。
「あ~つまんねぇ、お前もそう思うだろう?」
『ベア』
チンピラは同じく見張り役を任された不幸な仲間に、双眼鏡を覗き込みながらそう語り掛けた。
「あい~、異常なしでありま~す」
『ベア』
「お前さっきからベアベアうるせぇな。熊かお前は」
双眼鏡から目を離して横目をやる。
その目には1匹の巨熊が映し出された。
熊の傍らには、泡を吹いて気絶するチンピラ仲間が居る。
チンピラは絶叫を上げた。
「く、くまままままままままま!?」
『ベアアアアアアアアアアアアアアア!』
「あんらあああああああああああ!」
○
キングベアが持つ能力«思念伝達»
それは仲間の位置情報を網羅出来るスキルだ。
加えて意思の疎通が出来る優れもの。
例えその仲間が“元仲間”であっても関係ない。
スキル«思念伝達»をクリステルから与えられ、連絡役を任されたネズミのデニッシュは、周囲の元仲間の位置情報を仲間に教えていた。
仲間とは熊王族の長シルジアだ。
デニッシュは掴んだチンピラ達の位置情報をイメージし、シルジアに情報を教えていく。
「シルジア、また位置情報を送る、どうぞ」
(了解した。我の仲間をそこへ送ろう)
シルジアもまた«思念伝達»を使って潜伏しているつもりの見張りの元へ、熊王族を送り込んでいる。
熊に背後から襲われれば、ひとたまりも無いだろう。
デニッシュの頭の中で、元仲間であるチンピラの位置情報が次々に消えていった。
そして次に、チンピラから思念の信号が届いた。
デニッシュは«思念伝達»を使う。
『チュー、チュチュン、チュィ?(はい、こちらデニッシュ。用件は?)』
(で、デニッシュか!? 熊が、熊が!)
『チ、チュチュュ!? (ど、どうした!?)』
(増援を寄越すように伝えてくれ! 熊が襲い掛かってくるってあんらああああああああああああああああ
あ!?)
『チュチュイノチュ!(分かった、すぐに増援を送る。待っていろ!)』
デニッシュは敵のアジトに居るネズミに思念を送る。
(はい、こちらシエテル。どうちまちたか?)
「こちらデニッシュ、問題なしでありま~す。周囲に敵は居ないそうでありま~す」
(了解でありま~ちゅ。敵影で無しと報告しとくでありま~ちゅ)
デニッシュはほくそ笑む。
アジトに居るネズミ達には既に、クリステルの正体はハムスターで、自分らを騙していた事は連絡済み。
よって全てのネズミはピヨちゃんに寝返った。
残るは人間のチンピラ共。
アジト周辺に居るチンピラは熊王族が消していっている。
アジトの中に居るチンピラには、クリステルによってヒヨコとその他を捕らえたという虚偽を連絡した。
しかしヒヨコの仲間が他にも居て、奇襲を仕掛けてくるかもしれないとの虚偽も伝えた。
これはアジトの周囲に見張り役を付かせるために策だ。これによって、むざむざ外に出てきたチンピラの数はどんどん減っていく。
クユユ奪還作戦の難易度が減っていくという訳だ。
デニッシュはほくそ笑む。
○
シルジアは森の中を仲間の熊王族と共に駆けていた。
睨み付けるは視線の先に居る一匹のチンピラだ。泣き叫びながらこちらに背を向けて逃げている。
「うぎゃあああああ! 敵は居ないって連絡があったのにいいいい!?」
『ベアアアアアアアアアアアア!』
「あんらあああああああああああ!?」
熊パンチを食らってチンピラが地に叩き伏せられる。
だがそれで終わりではない。
背後から殺気が動いている。
振り向くともう一体のチンピラの白刃が迫っていた。
「このクソ熊がああああ!」
『ベアアアアアアアアアアアアア!』
「あんぎゃあああああああああああああ!?」
所詮はか弱い人間の刃。
突きつけられても致命傷にはならない。
熊は硬い毛と分厚い皮という天然の鎧を身に纏っているのだ。
カウンターを貰ったチンピラは吹き飛ばされ、木の枝から力なくぶら下がっていた。
シルジアは白目を向く。
デニッシュから思念を受け取ったからだ。
(シルジア、お前から見て十時の方向に敵が複数)
「分かった、そこへ仲間を送ろう」
(それと、すぐ前にも敵が3匹居るぞ)
「こいつは我が仕留めよう」
シルジアは白目と解き、伝えられた場所にへとクマ達を送り込む。
「おい! 十時の方向に敵が複数! 今すぐ仕留めろ!」
「ベアアアアア!」
「ベアアアアア!」
「ベアアアアア!」
颯爽とクマ達が森の奥へと消えていった。
それを確認したシルジアは、すぐ目の前の茂みへと走り出す。
すると、血相を変えたチンピラが3人姿を現した。
「な、なんでバレた!?」
「馬鹿! やっぱり臭いでバレんだよ!」
「しかしこっちは三人で有利なんだ! やるしかねぇ!」
チンピラがそれぞれナイフを抜き出す。
シルジアは一瞬で一人のチンピラと間合いを詰め、強烈な熊パンチで地面に叩き落した。
一人から悲鳴が上がったのち、他二人からも悲鳴が上がる。
「うわあああああ! は、早ぇぞこの熊!?」
「うお、うおおおおおおお!?」
『ベアアアアアアアアアア!』
放った拳をそのまま横へなぎ払って一人を吹き飛ばす。
残った一人には突進を食らわせ、追撃に拳を振り落とした。
ヒヨコの飼い主を襲ったチンピラ一団。
その末路は酷く無残だ。
残された道は無数のクマ達による一方的な蹂躙劇。
森に静けさが戻る。
見上げた視線の先、上空には空を泳ぐ竜の姿があった。
その背にはピヨちゃんとチャーハンが乗っている。
もし、竜の姿が発見され、チンピラがアジトに逃げ込んだ時点で奇襲は失敗だ。
だからこそ、シルジア達はチンピラを消していくのだ。クユユ奪還に成功した際の脱出経路の確保のためにも。
「ゴミの処理はこちらでやる。お前は飼い主を救い出すんだ、ピヨちゃん」
シルジアは再び森の中を駆け出そうとすると、デニッシュから思念が届いた、白目を向いて応える。
「どうした、敵か?」
(いや、今しがたピヨちゃん達がアジトに侵入したようだ。あとは成功を祈って敵を狩るとしよう)
「そうか、任せろ」
どうやら恩人の奇襲が上手くいったらしい。
その成功を祈りつつ駆け出す。
再び、森の中がチンピラ達の悲鳴で騒がしくなる。