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18、魔狩り士の本領



「ピヨちゃん、お前のお陰で目が覚めた。やはり俺、いや俺達はクリステルの野朗に騙されていたようだな」


 1匹のネズミ――デニッシュが手を差し伸べてくる。

 俺はそれに応えた。

 ぬちょっとする。

 理由は彼がドブネズミだからだろう。

 とりあえず気にしないでおく。


 固い握手を交わしたあと、デニッシュは壁にもたれ掛かりながら呻き声を上げるクリステルを睨み付けた。


 どうやら«ウォーター»が堪えたらしい。

 クリステルは身を震わせながら痛みに耐えている。


 こいつ、クリステルの正体はハムスターだった。


 スキル«考えたヒヨコ»を使ってたところ、奴の種族がハムスターと表記されていのだ。


 このスキルを使った訳は、クリステルが言った連絡役が誰であるかを調べるため。


 熊王族のスキルである«思念伝達»

 これを誰が持っているか、俺は物陰からこっそり調べていたのだ。


 ジータが考えた作戦。

 俺を自由に動かすために、エミィタちゃんはスケープゴートを買ってくれた。


 それを無駄にしないために、俺はひっそりと反撃の隙を伺っていたのだ。その一歩目である、連絡役の封殺。


 こちらを悟られないように連絡役を探していると、見事発見。

 

 同じく物陰から様子を伺っていたデニッシュ。

 こいつが連絡役だった。

 

 俺は背後からデニッシュを襲った。


(む、何奴――!?)

(動くな、大人しくしろ。明日もチーズを食べたいのならな)

(な、何だ。何が目的だ)

(クリステルをぶっ飛ばす。お前には協力して貰うぞ)

(クリステル様は俺達ドブネズミの王だ。裏切る訳がないだろう)

(何言ってんだ、あいつハムスターだぞ)

(え?)


 デニッシュは最初、ドブネズミの王であるクリステル様を裏切る事はできないと言っていたが、あいつはハムスターだぞと教えると押し黙った。


 どうやら思い当たることがあったらしい。

 

 なんでもドブネズミの癖にドブは臭いだのとブーブー文句を垂れていたり、目がハムスターみたいに可愛かったりと、少々胡散臭かったらしい。


 たまに『チュー』ではなく『ハムゥ』とか言ってたとのこと。


 試しに俺が水をぶっ掛けてみると、塗料が落ちて正体が露見した。これでもう疑いようがない。


 デニッシュは完全に俺を味方した。


「ピヨちゃん、お前がクリステルの正体がハムスターであると教えてくれなかったら、俺達はまんまと丸め込まれていた、感謝する」

「いいんだよ。お前が協力してくれなかったらクリステルに隙が出来なかった、いがみ合いはもう水に流そうぜ?」

「ああ、本当に、ありがとう」


 デニッシュがクリステルに発破をかけてくれたお陰で隙が生じた。


 そして、ジータが組んでくれた作戦は成功したんだ。

 大いに感謝である。


「ピヨちゃん!」


 エミィタちゃんが駆け寄り、俺に飛びついてきた。

 

「ありがとう、あのハムスターが私に触りなさいとか言ってきて、気味が悪かったわ!」

「も、ももももう大丈夫だ。安心しろ、俺が付いてるるる」


 やばい! モフモフだだだだだ!

 エミィタちゃんのフンワリ羽毛がががが!


 落ち着け俺。

 いいか、落ち着くんだ。

 今は早く彼女を危険から遠ざける事が最優先だ。


 エミィタちゃんは俺のためにスケープゴートをしてくれたんだ。もう十分がんばっただろう。


 あの変態(クリステル)が「私に触れなさい!」とか言い出した時はどうしたもんかと思ったが、ともあれ無事でよかった。


 お陰で、敵の親玉を1匹討ち取れた。

 残るはロウフェンとかいう奴……いや、違うな。


「エミィタちゃん、君は離れてろ」

「え? なんで?」

「いいから早く」


 俺としてはエミィタちゃんのモフモフ具合を堪能していたかったが、今はまだそんな事を出来る状況にない様子。


 クリステルはもう倒したと思っていた。

 しかし違う。殺気が膨れ上がった。

 奴はまだ諦めていない。


 «考えるヒヨコ»を使用してみて分かったんだ。

 クリステルは大量のスキルをを持っていた。

 それはもう、全てを確認できないほどに。


 奴の手段は無限大。

 必ず何かしてくる。


 チャーハンとクシナは構えてクリステルの様子を伺っていた。


 シルジアは一歩後退して迎撃体勢。

 ジータは俺の方へと近づいてきた。


「ピヨちゃん、お前はスキルを奪えると言ったな。クリステルの手段を奪うことは出来ぬのか? 奴の闘志はまだ消えていないぞ」

「俺が奪えるのは敵と判断した奴が使用したモノだけだ。一度目にしないと奪えない。必ず先手を取られるのが欠点だ」

「そうか、だとすれば非常にまずい。クリステルはピヨちゃんと同じでスキルを奪えるようだ。故に何をしてくるか分からん」


 だろうな。

 だけど、クリステルが持っている奪取スキルは扱いにくい欠陥品だ。


«一方的な応酬»

効果:他者と合意の上でスキルを受け渡しできるスキル。

   

 俺の«スキル奪取»とは違い、問答無用でスキルを奪えないようだ。だからこちらはスキルを奪われる心配はない。


 だが奴はスキルを大量に所有している。

 恐らく俺達のように人質をとって、無理やり合意させてスキルを奪っていたのだろう。


 ジータが危惧する通り、何をしでかすか分からない。


 と思っていると、案の定にクリステルが笑い始めた。


「キヒヒ! キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」 

「なんだ? 気でも()れたかハムスター!」


 警戒も無しにネズミ達がクリステルに襲い掛かろうとしている。今のあいつに近づくと危険だ!


「デニッシュ! ネズミ達を離れさせろ!」

「うむ、了解した!」


 デニッシュが白目を向くと、ネズミ達が耳をピクピクとさせてクリステルから一斉に離れた。


 多分«思念伝達»で危険を伝えたのだろう。

 それはいいが、白目を向くのはどうにか出来ないのかこのスキル。シルジアも白目向いてたしな。それが発動条件なのだろう。


「キヒヒ! 逃げても無駄ですよ! ここら一帯を木っ端微塵にします! 道連れだああああああああああああああああ!」


 叫んだクリステルの画顔面が膨張した。

 みるみる内に膨らんでいく。

 あれはどうみてもやばい。

 今にも破裂、いや自爆しそうだ!

 嫌な気配がビンビンに伝わってくる!

 

 一番やばいのはクリステルの顔だが、このままではこちらもやばい!


「おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ! グヘへ! ざあ泣き喚け! 誰一人、生きでば、返さないでず、よぼ……ぼッぼぼぼぼぼぼぼッぼォ!」


 お前の顔面が怖くて泣きそうだ。

 膨れ上がる顔がどんどん大きくなる。


 一刻も早くここから逃げ出さなくては!


「ジータ! 皆を乗せて空に逃げれないか!」

「全員は不可能だ! 数は絞られる!」


 くそ、こんな時に優劣なんて決められないぞ!

 とりあえずエミィタちゃんは確定か。

 

 いやいやいや待て待て待て。

 俺はクリステルとの戦いにクシナを巻き込んだ。

 あの子は絶対に逃がさなくては!


「クシナ! お前はジータの背に乗って逃げろ!」

「オビョ! オボボビョビョオオオオ! 全員、死んで貰いバズヨボボボボボボボボボボボボボボボボボボボオボボボ!」


「え? なに? 聞こえないよピヨちゃん!」

「あどもうずごしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

「うるせぇ!」


 顔面が膨張しているせいか、クリステルの声量が異様に大きくなっている。非常にうるさい。


 クシナの隣ではチャーハンが頭を掻き毟りながらフギャーと叫んでいる。

 

「うにゃあああああ! このままじゃあたしの猫屋敷が木っ端微塵にゃああああああ!」

「オヒョヒョ! 滑稽でずねエエエエエエエエエエエボボボボ!」

「このクソハムスター! ええい! 猫達、皆は逃げるニャア! あたしは猫屋敷を守るニャアアアアアアアアアアア!」

「駄目ですよオヤビン! 逃げますよ!」


 泣きじゃくるチャーハンは猫達に引きずられてジータの背に問答無用で乗せられていた。


 フニャアフニャアと喚きながら、大粒の涙を流して猫屋敷に手を伸ばしている。


「離すニャ君たち! あたしはここでクユユに拾って貰ったのニャア! 思い出の場所なんだニィ!」

「馬鹿者が! お前がそのクユユを助けいくんだろうが!」


 シルジアに頭をスパンと平手打ちされ、チャーハンはジータの背に沈められた。


 俺はエミィタちゃんをジータの背へ移動させる。

 そして、クシナの元へ走った。


「クシナ、お前は逃げろ! 俺はクリステルを止める!」

「何言ってるの、無理に決まってるでしょ。顔もそうだけど魔力が尋常じゃないくらい膨れ上がってるわよ。いくらピヨちゃんでも死ぬよ」

「それはお前も同じだろうが!」


 背後のジータから「早くしろ」と急かされる。

 自爆の瞬間はもうすぐなのだろう。


 けど、肝心のクシナが全く動こうとしない。

 逆にクリステルにどんどん近づいていく始末。

 なに考えてんだこいつ。


「バカ! 逃げろって言ってるだろうが! 死にたいのかクシナ!」

「死にたい訳ないじゃない。私ったらまだピチピチの17歳よ? まだまだ生きたいに決まってるじゃない」

「だったら早く!」


 俺はぶん殴って気絶させてでもクシナを引き戻そうとした。


 けれども、クシナは右手でブイを作り、おどけるように笑う。


「私がなんで魔狩り士って呼ばれるか知ってる?」

「知らんがな」

「魔物の天敵だから。なんで天敵なのかは見てれば分かるわ」

「お、おい! 待て!」


 クシナがなお膨張し続けるクリステルに向かって走り出す。


「あばばばばばばばばばば! 魔狩り士! 日陽の竜の右腕であるあなだを、殺ぜる日が来るどば、キヒヒヒヒヒヒ!」

「残念だけど、あなたは私を殺せないわよ」

「何を根拠にぃ! ぞんなごとをォぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!」


 相変わらずキモくなるクリステル。


 そんな奴の体にクシナが触れると、ぷしゅ~となんとも気の抜ける音が聞こえてくる。


「ハムウウウ!? 私の魔力がああああああぃ!」


 絶叫を上げるクリステルがしぼんでいった。

 みるみる内に小さくなり、やがて元のサイズに戻る。


 その隣でクシナは笑っていた。


「なんで! なんでですどうしてですか! 私の自爆が完全に封じられて!?」

「あはは! 魔物の全てを封じ、狩りつくすが魔狩り士! 伊達ではないって事が分かったかしら、クリステルちゃん?」

「もう何もかも終わりだああああああああああ!」


 クリステルが泣きながら地面を殴った。

 最初こそキヒヒと意地糞悪い笑みを浮かべていたが、最後の姿は酷く哀れだ。


 外見こそハムハムしてて可愛いが、どこからか性根の悪さが見えなくもない。


 それにしてもすごいなクシナ。

 まさかあの自爆を簡単に止めてしまうとは。

 ステータス的にはそんなスキルを持ってなかった筈なのだが。


 これは職業:魔狩り士っていうのが関係してくるのか? 魔物の全てを封じるってやばいな。 


「ちくしょう! なんて世の中ですか!」


 クリステルがそうぼやくのも無理は無い。


「はいはい。言い訳は聖都で聞くからね。あなたは危険だから魔物の呪いで死ぬまで、檻の中で過ごして貰うわよ」

「ふん、ドブよりマシです!」


 クリステルが不貞腐れ気味に言い放つ。

 それが気に入らなかったのだろうクシナはひょいっと首根っこを摘み上げて、チャーハンの眼前へと晒した。


 チャーハンはイタズラに笑みを浮かべる。

 クリステルの顔が引き攣る。


「へ、へへへ、どうしたのですかチャーハン、顔が怖いですよ?」

「君には随分と仲間を殺されたニ。最後には猫屋敷まで吹っ飛ばそうとしやがって!」

「ハムウウウウウウウウウウウ!?」


 頬へ強力な一撃。

 渾身の猫パンチでクリステルは壁にめり込んだ。

 

 ふうとチャーハンがどこかスッキリと爽快な笑みを浮かべている。もちろんこれで遺恨を断ち切った訳ではないのだろうが、やることがある。



 敵の親玉の1匹クリステルを倒した。

 残るはロウフェンとかいう奴だ。

 こいつの所にクユユが居るのだろう。 


 そのアジトはシルジアが知っている。


「シルジア、敵のアジトは分かるんだな?」

「ああ、大丈夫だ。我の同胞が正確な場所を教えてくれる。周囲に見張りも何人か居るようだがな」


 やはり警戒はするか。

 それについてはデニッシュがなんとかしてくれるだろう。


「デニッシュ、俺達の飼い主に危険が迫っている。お前は俺達に協力してくれるか?」


 俺は1匹のネズミ――デニッシュに問いかける。

 するとデニッシュは背後へ振り向くと、クリステルが連れてきた大量のネズミ達に問いかけた。


「おいお前ら! ピヨちゃん達は俺達を騙していたクリステルのハム野朗から開放してくれた! 受けた恩には何を返す!」

「ネズミの恩返し!」

「ネズミの恩返し!」

「ネズミの恩返し!」


 ネズミ達が一斉にチューと鳴き始める。

 満足気に頷いたデニッシュが手を伸ばしてきた。

 それを握り返す。


「ピヨちゃん。ぜひ協力させてくれ。アジトのネズミに虚偽を連絡するよう伝えれば、多少は事を上手く運べるだろう」

「それで十分だ、ありがとう」


 視線を灰色で埋め尽くす大量のドブネズミが仲間に加わった。とても心強い。


 デニッシュ達は元々敵の陣営だ。

 従ってアジト周辺の情報に詳しいだろう。

 情報は武器だ。


 それに、敵のアジトがあるらしい森には熊王族が居るから、敵がどう動いてもシルジアを通して連絡が入るだろう。


 これほど優勢な状況はない。

 それにこの状況を敵は知らないのだ。


 クリステルが落ち、あろうことか仲間だった筈の熊王族とドブネズミが寝返っているとは夢にも思わないだろうな。


 ロウフェンって奴はまだ見たことはないが、見つけ次第ヒヨコキックをおみまいしてやる。


 ヒヨコ反撃の開始だ。

 奇襲を仕掛けて、有無も言わさず叩きのめしてやる。



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