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15、力を貸して欲しい


 廃墟。

 人間が居なくなり、人の手が加えられることの無くなった家はひどくボロかった。なんか埃臭いし、ネコ臭がハンパない。


 そのハンパない猫の臭いの原因。

 それは視線を覆い尽くす大量の猫達だった。


 俺達はチャーハンに連れられ、濃い日陰が降りる路地裏を、幾度も曲がった先にある猫屋敷に招待された。


「ようこそ、我らがアジトの猫屋敷へ~」


 チャーハンが手を広げて歓迎の意を露にする。

 ここに来た目的はネズミの目から逃れるためだ。

 

 ネズミが俺達を監視していては自由に行動する事が出来なくなる。となれば奴らが近づけない場所へと移動しなければならない。ということでチャーハン曰くネズミが一切よりつかない猫屋敷へと俺達はやってきた。


 ちなみにひっ捕らえた計四匹のネズミは連れてきている。

 後で尋問するためにだ。


「みゃー」

「にゃー」

「にゃお~ん」

「あーはいはい、君たち君たち、このヒヨコ達はあたしの味方だから怯えなくてもいいんだニ。だから落ち着くニャ」


 チャーハンは歓迎してくれたが、薄暗い家の中で目を光らせている猫達はどうも歓迎してくれてない様子だ。


 それもそうか。

 窓からドラゴンの頭が伸びているんだからな。

 

 ジータはその巨体故に、家には入れないので窓から頭だけを家の中に入れている。かなりシュールな光景だ。 


 本人も居心地が悪いのか、複雑そうな顔をしている。

 いや、違うか。ジータが気にしているのはチャーハンの事だな。前に話を聞いた時は、チャーハンの死にジータが間接的に関わってる的な事を言ってたからな。負い目を感じてるのだろう。

 

「ティルチ……いや、クユユに与えられた名はチャーハンだったか、まさかお前が生きていようとは思いもしなかった。それにその姿はなんだ、猫ではなく人間の姿ではないか」

「クユユを守るために黄泉の国から舞い戻ったニ。蘇ったあたしは前よりパワーアップ! それがこの人化の術ニャ!」

「確かに臭いはまさしくチャーハンの物。蘇ったとは言うが、何か裏があるのか?」

「まあ、あたしは魔物だし」


 チャーハンが言った魔物という一言で、ジータは何か納得したような表情をした。


 俺は少し前にジータから魔物は死から蘇った生物と聞いていたため、とくに不思議に思う点は無かったが、隣に居るシルジアが眉間にしわを寄せていた。


「ジータ殿、そこの猫娘との関係は? 味方なのか? 魔物とは何だ?」

「質問が多いな熊よ。今、重点を置くべき所はそこにあらず、クユユをいかにして助け出すかが最重要、少し黙るがいい」


 その言葉でシルジアが押し黙る。

 

 さすがにそれは酷いのでは?

 シルジアは俺達に協力してくれてんだ。

 黙れとは言いすぎた。

 こんな様子のジータは始めて見る。

 

 焦ってるのか?

 クユユを早く助けたいのは俺も一緒だけど、チャーハンについて聞きたい事があるっていうのも、シルジアと俺は一緒だ。


「ジータ、少し落ち着けよ。チャーハンについては俺も聞きたい事がある」

「ピヨちゃん……、それもそうだな。済まぬシルジア、許してくれ」


 ジータがペコリと頭を下げると、シルジアはコクリと頷いた。

 

 それでもジータはまだ何か思う所があるようだ、考えるようにチャーハンを視線を送った後、その目は次に俺へと向けられた。


「しかし、ピヨちゃん。重点を置くべき事柄がクユユを助け出す事には変わらない。俺に少し考えがある、ネズミの監視から逃れた今、自由に動くには今しかない」

「なんだ、その考えって?」

「手伝い手を呼ぶのだ。俺の考えが正しければ、彼女はまだピヨちゃんと瓜二つ」


 そう言ってジータは窓から頭を引っ込めて翼を広げた。

 どこかへ行こうとしているのか、手伝い手とやらを呼んでくるのか?

 

 俺は窓に飛び載ってジータを呼び止める。


「待てよジータ! 時間がないんだぞ、クユユを盾に敵は何をしてくるか分からないんだぞ!」

「一度言ったな、竜の速度を舐めるなと。すぐ戻る、待っていてくれ」


 言い残してジータは砂塵を巻き上げた。

 土埃が晴れると、ジータの姿は既に見えなくなっていた。速ッ!


 なんだ?

 なに考えてんだあいつ。

 俺が空を見上げていると、クシナにひょいっと抱き上げられた。


「まあ、彼にも考えがあるんでしょ。でも、まるで逃げるように飛び立ってったわね、チャーハンって魔物から」


 確かにあいつはクシナの言う通り、まるでチャーハンから逃げるように去ってったな。


 そのクシナの言葉にチャーハンは反論しない。


「ジータにも負い目があるんだニ。クユユを傷つけないために、一時あたしと手を組んだ事もあるんだからニャ~。まあその結果、あたしは死んだけどニ~」


 言ってニャハハと笑い出すチャーハン。

 もう訳が分からない。

 

 手を組んでいた?

 その結果死んだ?

 チャーハンとジータの関係がよく分かんないな。


「話せチャーハン、時間がないから簡潔にお願いします」


 頷いたチャーハンが軋む床に座る。

 俺はジータが帰ってくる間、チャーハンの話を聞くことにした。


 一時チャーハンとジータが手を組んだこと。

 理由はゼニアのいじめ。

 それをどうにか出来ないかと思ってのことだったらしい。


 でも結果的に、クユユを守るためにチャーハンは死んでしまった。ジータはゼニアにテイムされていたため、止める事が出来なかったとのこと。


 チャーハンは死ぬ寸前にジータに頼んだらしい。

 クユユを頼むと。


 その話を聞いて俺はやっと理解する。

 なんでジータがあんなにもクユユを気に掛けていたという事を。


 その話をチャーハンは笑いながら話していた。


「ニャハハ。ジータは何も負い目を感じる事はないのニャ。あたしが頼んだ通り、クユユをいつも気に掛けていてくれたからニ~」

「でもジータは少しの間、この町を離れてた時があったぞ?」

「離れてたと言ってもそれはあれニャ、いつも遠くからクユユを見守ってたニ。あたしはそれを知ってたから、特に何も言わなかったニャ」


 ああそうか。

 だからあの時、俺が竜の逆鱗を使ってジータを呼んだらすぐに駆けつけてくれたのか。巧まずしてとか言ってたが、町のすぐ近くをうろついてたんだな。


 ジータの話は分かった。

 別に今さら聞いてもなんだし。


 俺は聞きたい事はチャーハンの事。

 ジータにクユユを頼むと言ったこいつは何故、クユユのすぐ側に居てやらなかったという点についてだ。


 復活したのなら、直ぐにでもクユユの元に戻ればいいだろうに。


「じゃあ言うが、チャーハンは何でクユユに会ってやらない?」


 俺がそう言うと、おどけた様な雰囲気だったチャーハンが、唐突に静まり返る。

 

 柔らかく纏っていた雰囲気が急に変わった。


 返してきた視線は真剣そのもの。

 チャーハンは手の平を辺りに居る猫達に向けた。


「その理由はこの猫達だ」


 チャーハンは一呼吸置いて、淡々と続ける。


「あたしはここいらの猫を纏めるボス猫だ。君の言う通り、直ぐにでもクユユの元に戻りたかった、でも出来なかった。あたしが復活した直後、猫を殺すネズミが現れたからだ」


 チャーハンはすくっと立ち上がり、俺達が捕らえて縛り上げたネズミを睨みつける。


「こいつらのボスがあたしの子分達を殺し始めた。クユユはもちろん心配だったけど、子分達も同じく放っては置けなかった。クユユにはジータが付いてるし、最近になって竜をも倒してしまう強力なヒヨコと仲良くしてるとも聞いたしね」


 言ってチャーハンが視線の切っ先をネズミから俺へと移す。


 それを見たクシナが「嫉妬ね」と呟くと、僅かにチャーハンの眉根が吊り上った。


「猫を殺すネズミの名はクリステル。奴を仕留めた時、初めてあたしはクユユと再会を果たす事が出来る。だけど……、あたしとクユユの関係に気が付いたクリステルの野朗が、ついにクユユに手を出しやがった!」


 怒りで震える拳を握り締めたチャーハンは、俺から視線をずっと離さなかった。


 その瞳の奥には嫉妬とも取れる感情が渦巻いていたように感じたけど、助けを求める様な悲しい感情が混ざり合っているようにも感じた。


 チャーハンはそっと胸に手を当てる。


「魔物はね、復活しても直ぐに死んじゃうんだ」


 それを聞いても俺は対して驚かなかった。

 ジータから話を聞いて、ある程度予想が付いてたからだ。


(死没した生物が『制約』を持って現世に具現化した物 )


 その制約というのが、そういう事なのだろう。

 まさか、また死んでしまうとは思わなかったけど。


 先程«考えるヒヨコ»を使った時は、少女の正体がチャーハンだった事に驚いていて気が付かなかったけど、今ははっきりとその制約がスキルとして頭に浮かんでくる。




 名前:チャーハン

 種族:猫又(魔物)

 性別:メス

 年齢:3歳

 

【スキル】

«ひっかくLv4»

«尾撃Lv4»

«猫も杓子も»

«怪猫・焔»

«約束された死»

«人化の術»



«約束された死»

効果:所有者には限られた時間が与えられる。

   時間が来ればこのスキルが発動し、所有者は死ぬ。



 このスキルが復活の代償か。

 明確な時間が何も分からないけど。

 けど、チャーハンはその時を知っているような口ぶりだったな。


「何もすぐに死ぬとは限らないんじゃないか?」

「自分の死期ぐらい、分かるよ」


 その声にはもう、先程までの荒々しさは感じられなかった。


「死ぬ前に子分達の安全ぐらい確保してやりたかった。それに、またクユユと遊びたかったんだ」


 チャーハンはゆっくりと、俺の目の前で腰を下ろす。

 

 俺を捕らえている視線は未だに睨むと言っても差し支えない鋭さだった。その瞳が俺にこう言っている。お前なんかの力は借りたくない、と。


 本当はクユユと会いたくてしょうがないのだろう。

 でも、子分である猫達を想うあまり、自分を押し殺してチャーハンはネズミと戦っていたんだろう。時間があまり無いというのに。


 そんな中、クユユと仲良くなった俺をチャーハンは、クシナが言った通り嫉妬している。


 それでもなお、チャーハンは自分を押し殺していた。


「だから……」


 チャーハンは俺に頭を下げた。


「だから、 力を貸して欲しい! 竜をも打ち倒す君の力が必要なんだ、クリステルを倒すために、クユユを助けるために!」


 篭った声でチャーハンは俺にそう言った。

 

 知らない内にクユユと仲良くし始めた俺なんかに力を借りたくは無い。そんな自尊心を捨ててまで彼女は懇願して来た。


 答えは既に決まってる。

 クユユに危険が迫ってると分かった時からな。


「いいよ」


 断る理由が無い。

 だからそう返事を返す。


 俺もチャーハンと同じ気持ちだ。

 突然、嫉妬を向けてくる奴なんかと手を組みたくは無いが、クユユを助けたい気持ちは一緒。


 今は文字通り猫の手でも借りたい気分だ。

 オケオケ。


「顔上げろチャーハン。一緒にクリステルの奴をぶん殴ってやろうぜ!」

「……、ありがとう。ヒヨコの癖になんて頼もしい奴ニ」


 最後まで悪態を吐いてきやがった。

 だが、これでチャーハンは完全に味方だ。

 俺も最後までチャーハンを味方する。


 それで決まり。


 俺が手(手羽先)を向けると、チャーハンは人差し指でチョンとタッチして来た。


 クユユが攫われた今、俺達は反撃に出る。

 具体的な事はジータが帰ってきてからだが。


 そう思った直後、家の外がにわかに騒がしくなった。

 ジータが帰ってきたのだろう。

 助っ人とやらを連れて。


 なにやらジータ以外の声が聞こえてくる。


(さあ着いたぞ。どうか力を貸してくれ)

(ええ、いいわよ。だってピヨちゃんは私の命の恩人だし!)


 まるで鈴の音の様に綺麗な声が聞こえてきた。

 俺はこの声を知っている。

 でも誰だっけ、くっそ、思い出せない。


 俺が窓から外の様子を除くと、ジータのすぐ側に黄色い影が見えた。


 その黄色い影と俺の視線が交差する。


「久しぶりね、 ピヨちゃん!」

「え、エミィタちゃん!?」


 最後に分かれた時と変わらぬ綺麗な姿をした彼女。

 俺はエミィタちゃんと再会を果たした。




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