9、ピヨちゃんのお願い
俺達の眼前。無数の狼達。
しかし、こいつらは多分だが野生の狼ではない。
姿風貌はまるっきり狼だったが……
いかんせん犬用と思わしき鎧を着ている。
無数の狼達が俺とジータに警戒し一歩後退。
カチカチと牙を鳴らして臨戦態勢だ。
「こんな田舎にドラゴンが居るとな。我らはそこの娘に用があったのだが」
そんなこと言われても……いや、俺には言ってないんだろうが。くっそ、ドラゴンになりたい。かっこよくなりたい。
取り合えずそれは置いといて。
今は目の前の狼だ。
なにやらカッコいい鎧を着ている狼、そいつらとジータがにらみ合い、火花がバチバチッと散る。
「か弱い小娘に寄って集るとは小蝿共め。俺は弱肉強食に従えども竜と犬……、どちらが強者かは論を俟たないぞ」
ジータの言葉にギリリと狼達が牙を鳴らす。
「弱肉強食ね、一匹相手にこちら十を超える。数に勝るものはない」
売り言葉に買い言葉。
けれども、どうみたってこの状況はアリとゾウだ。
「ゴアアアアアアァァァッッ!!」
ジータが威圧感を纏ったかと思うと、周りの狼に向かって渾身の威嚇。
しかし、
「最初の一手が威嚇とは甘いなドラゴン!」
「ぬおッ!?」
威嚇が威嚇にならなかった。
一瞬の隙を見た狼の一匹がジータの喉元に向って牙をむき出す。
危ない!
「ピヨオオオオオオオ!」
「ヒヨコ!? どうわあああああああああ!?」
飛び掛ってきた狼の顔面にヒヨコキック!
なんとも鈍い音と共に狼が吹っ飛んだ。
「あんぎゃぁあああああああ!」
「なんだあのヒヨコ!? つ、強ェ!?」
動揺する狼達を尻目に地面に着地。
ジータに向かって叫ぶ。
「だから落ち着けって言ったろジータ! らしくもねぇ!」
「ぐぬぬ、済まぬピヨちゃん」
ジータも強いがこの狼達も強い。
俺が一度相手した狼とは随分と違う。
ヒヨコキックをお見舞いした狼がもう立ち上がった。
「ヒヨコにしてやられるとはとんだ屈辱だ。いちち……顔がヒリヒリしやがる」
「なら水に付けて冷やすといいぞ」
ブシュゥゥゥゥ。
「冷てえええええええええええ!?」
俺の口から驚きミネラルウォーター。
顔を赤くに腫らした狼にスキル《ウォーター》をぶち込む。
ゼニアから奪った《ウォーター》初使用。
なるほど、ヒヨコが使うと口から一直線に水が吹き出すのか。
どっから出てんだこの水。
「なんだあのヒヨコ!? 意味不明だ!」
「くそッ! せっかくドラゴンに会えたというのに!」
「今はあのドラゴンに集中しろ!」
ドラゴンに会えたと言うのに、
それに反応したのはジータだった。
「ピヨちゃん、どうやら奴らの狙いは俺へと移ったらしい。一旦あいつらは俺が引き付ける、この娘を頼むぞ!」
「え?」
そう言ってジータが翼を広げて飛んでいく。
待て、娘を頼むってなんだ。
「あ! 待てドラゴン!」
「逃がすな! 追え追え!」
飛んでいくジータを追っていく狼達。
遠めに見えたジータがこちらにアイコンタクトを送ってきた。
――こちらは請け負うぞピヨちゃん、そちらは頼む。
そう、目が語っていた。
「待てジータ! 何だ、お前がこの娘に用があるんじゃないのか!?」
俺の声はもう聞こえない。
気が付けばジータと狼達は森の奥へと消えていった。
本当にヒヨコの話を聞かないなあのトカゲ。
ホント、待ってよ。
「…………」
ポツーン。
先程まで慌しかった森は嫌に静かだ。
残された女の子と俺は二人っきり。
なんていうか、事故に会った気分だ。
友達が用事をドタキャン。残されたのは友達の友達という、名前すら知らない奴と二人っきり、そんな感じ。
振り返ると、ぽかんと顔を開ける女の子が視界に入った。
何だ、何をどうすればいい。
○
「へぇ~、水を噴くヒヨコって珍しいじゃない、それに可愛いし、もう私ったら興味津々。ちょっと大人しくしててよ、痛くしないから」
『ぴ、ピヨ……』
狼達とジータが去って数分後。
竜の臭いがするという件の金髪の女の子は、俺を中心にくるくる回っていた。
視姦だ。
俺は今、女性に視姦されている。
ときおり俺を鷲掴みしようと手を伸ばしてくる。
俺はそれをさっと避ける。
やめろ。
なんだ痛くしないって。
それにしても何者なんだこの子。
身なりはクユユや町の人達と違って裕福そうな服を着ている。
服? というより軍服?
外国の将軍が来ているような服だ。
年齢は見た目からして15~6くらいかな?
そうあれこれ思考していると、また手を伸ばしてきた。
避ける。
「チッ」と舌打ちが聞こえて来る。
何だコイツ。
「避けないでよヒヨコ君。ちょっとその体内構造を覗くだけだから」
『ピヨピヨョ(お前のちょっとは随分とでっかいな)』
子どもの好奇心とは恐ろしい。
それが破壊と結びつくと恐ろしい結果に繋がる。
親戚の子どもに3DSを真っ二つにされたのが記憶に新しい。
今すぐここから逃げ出したいが……、
いかんせんジータが帰ってこない。
なんなんだ、竜の臭いがするって。
『せめて言葉が通じれば話が早いんだけど』
「通じてるわよ」
『ピヨ?』
「どうしたの?」
ん?
『せめて言葉が通じれば……』
「だから通じてるってば」
なにそれこわい。
なにそれこわい。
なんだなんだ。
ヒヨコの言語が通じてるのか?
「本当に通じてるのか?」
「オラァ!」
「ピヨッ!?」
いきなり大声を上げる女の子。
思わず素っ頓狂な声を出して驚いてしまった。
そんな俺を見て女の子は大爆笑。
「あっはははは。言葉が通じるって分かった動物って皆そんな感じなのよね、いや~愉快愉快」
「燃やすぞお前」
「きゃ~怖い」
言って身を引く女の子。
しかしその顔からは喜色が漏れている。
燃やしてやろうか。
いかんいかんいかん。
いくら馬鹿にされたからって燃やすのはまずいか。
いかんいかん、落ち着こう。
か弱い女の子を襲ったら人道に背く。
いや、今はヒヨコ道か。
…………うん。
というか、地味にさっき普通に会話してたけど、すごくない?
いや、すごいよ、本気で。
燃やす燃やさないのくだりはどうでもいいとして、会話出来た、そう、出来たのだ! 会話が!
誰と?
狼と? 違う。
小鳥と? 違う。
じゃあミミズとか? 断じて違う!
人間と会話が出来てしまったのだ!
そう、人間とだ!
これは奇跡の出会いだ。
そのキッカケを作ってくれたジータ。
もうサンキューじゃあ収まらない。
ベリーグットですわ。
「何で急に物思いにふけてるの?」
女の子が手を伸ばしてきた。
避ける。サッと。
「なあ、お前って何者なんだ? 何でヒヨコの言語が理解出来るんだ?」
「私の名前はクシナ・レイよ、よろしくよろしく。で、動物とお話できるのは、そういう能力としか言いようがないんだけどね」
「不思議な奴だな」
「不思議なのは水を噴射するあなたよ」
火も噴きますよ。
俺の体が不思議なのは今に始まったことではないが、今現在、不思議なのはこのクシナ・レイって奴だ。
俺はジッとクシナを視線に捕らえ、スキル«考えるヒヨコ»を発動してみる。
名前:クシナ・レイ
種族:人間
職業:魔狩り士
性別:女
年齢:17歳
【スキル】
«テイムLv8»
«言語»【虫】【動物】
«攻撃力上昇(大):一点集中Lv8»
«攻撃力上昇(小)Lv6»
«プランタイルLv4»
«アイスLv4»
«アイスランスLv4»
«ヒールLv3»
なんかいっぱいスキル持ってた。
レベル何気に高いし。
でも、確かに俺と同じスキルである«言語»【虫】【動物】を持ってる。これで動物である俺と会話が出来るって事なのか。
それと、けっこう強いんじゃない?
けっこうじゃなくて、すごく強いんじゃね、この子。
なんだよ攻撃力上昇って。
«攻撃力上昇(大):一点集中Lv8»
効果:攻撃が当たる面積が小さい程、威力と攻撃力が大幅に上昇する。
«攻撃力上昇(小)Lv6»
効果:攻撃力が僅かに上昇する。
すげぇ。
こういった身体能力に補正が乗るスキルもあるのか。
これなら流石の俺もダメージ受けるかも。
やだ、怖い。
と、スキルを分析してる場合じゃない。
ほら、またクシナが俺を鷲掴みしようとしてくる。
やめろ、やめてください。
お前は攻撃力上昇持ってんだから
「逃げないでよヒヨコ君」
「逃げるわ! 何されるか分かんないし!」
いまいちクシナが何をしたいのかは知らんが、どうやら俺に興味があるらしい。
なら、今なら、俺の願いが叶うかも知れない。
「なあクシナ……だっけ? ちょっと俺のお願い聞いて欲しいんだけど」
「んえ、お願い? う~ん、私ちょっと用事あるから難しいかも」
「用事?」
用事があるなら何で俺にかまってんだ。
いや、待て。接触したのは俺の方か。
取り合えず、ここで交渉ってのをしてみるか。
ヒヨコ談判だ!
「じゃあクシナ。その用事ってのを俺が手伝うって事でどうだ?」
「ヒヨコに交渉を持ちかけられるのは奇跡体験だわ。まあ、でも……うん、面白いじゃない、たまにはいいわね、こういうのも。じゃあ、私はあなたの頼みごとを聞けば、この交渉は成立ってことでいい?」
「クシナが良いならオッケーだ」
よっしゃ!
これで俺の願い事は叶うかも知れない!
俺の願い事とは、クユユに主食は野菜の芯ではないって事を伝えて貰う事だ。
脱、野菜の芯!
米! 味噌汁! おかず!
ヒヨコの身で贅沢が過ぎるがたまには炭水化物を!
そう、加工食品を!
「それではよろしくね、ピヨちゃんだっけ?」
「ああ、頼むぜクシナ。まず、お前の用事ってなんだ?」
「私のペットのインコが、多分だけど、この森で迷子になっちゃったの。それで探してたんだけど、一向に見つからないのよ」
「分かった、インコを探せばいいんだな」
おし。
まずはクシナの用事を済ませ、後は俺のお願いを聞いてもらうだけ。
これで交渉は成立だ。
いつもご読み頂きありがとうございます。
今回の話なのですが、ご指摘を受けて少し改筆しました。