8、森から漂う嫌なにおい
俺は溶けている。
何を言ってるか分からないと思うが溶けている。
本当は溶けていない、比喩表現です。
異世界の夏がここまで厳しい猛暑だとは知らなかった。
俺を手違いで殺したあんの神め。
こんな地獄に送り込みやがって。
絶対に許さない。
あいつは全身の毛を燃やしてやろう。
もう一回死なないと会えないんだろうが。
透き通る青空に向かって中指を立てる。
すると神様が怒ったのか、雲の隙間から太陽がこんにちわ。
あっつ!
窓ガラス越しに照り来る太陽光がこの身を焦がす。
ただただ暑い。
最近、暑いしか言ってない気がする。
「すや~……」
机の隣の簡素なベット。
そこで眠るクユユはこの猛暑にも負けず熟睡だ。
流石に異世界の原住民。
この環境には慣れているという事か。
熟睡さながら、さっきから寝言がひどい。
「わへへ……ピヨちゃんがニワトリに……、タマゴですタマゴ……すや~」
生みません。
だってオスだから俺。
「ジータン……ギュータンですよ、わへへ……」
なに?
訳分からん寝言を聞き流しつつ、体力を極力使わないように俺は脱力する。
やばい……思考が落ちる。
溶ける……溶ける。
しかし、気持ち良い。
一日中だら~んとしているのもたまには良い。
よし、今日はこのまま溶けてよう。
――――刹那。
ガラリと空いた窓からジータが顔を出す。
「ピヨちゃん、厄介ごとだ」
「お前が厄介だよ」
厄介ごとだと言ったヌシが厄介ごとを持ち込む。
やめてくれ、今日はもう閉店です。
「無理です、ピヨちゃん閉店です」
「何を言っている、まだ朝だぞ?」
「閉店がらがら~」
溶けようとした瞬間に固形に戻すのはやめてくれ。
勉強しようとした瞬間に勉強しなさいって言ってくる母ちゃんじゃないんだぞ。
「頼む、ピヨちゃん。クユユまで巻き込むかも知れぬのだ」
「またクユユか、不幸から生まれてきたのかあの子は」
狼に襲われ。
ドラゴンに襲われ。
ゼニアに襲われって……。
ここ最近の出来事だぞ。
…………。
まあ仮にも俺の飼い主か。
まだまだ幼い彼女が傷付く姿は見てられない。
しゃあない。
「しょうがない、やってやるよ」
「それでこそピヨちゃんだ、クユユの名を出すと即刻熱意を燃やすな。ククク、素直ではないな」
「俺が素直になったら、この世界の加工食品は消えてなくなるからな」
冗談を交じえつつ、俺は窓から庭へチョコンと乗り出す。
めんどくさい……、ならさっさとその厄介ごととやらに始末をつけよう。
「ジータ……で、厄介ごとってなんだ?」
「ああ、森からだ。嫌な臭いが漂ってくる」
「嫌な臭い?」
鼻を鳴らして、森の方向へ警戒心を向けるジータ。
その姿の前に、確かな厄介ごとを俺は確信する。
あのジータが警戒する。
すなわち、とんでもない奴が森に居るってことだ。
「何かが森に居るんだな」
「そうだ。一刻も早く確かめたい。俺の背に乗れピヨちゃんよ、説明は飛びながらだ」
合図を受け、すぐさまジータの背に乗る。
ジータは翼を翻し、瞬く間に晴天へ。
向かうは森だ。
「あばばばっばばば。で? ばばんば?」
「何? 何だピヨちゃん? 何を言っている」
当たり前だ。
風が凄い。風圧がやばい。
ジェットコースターか。
竜の速度を舐めてた。
あばばばばばばばばばばばば。
「かぜば! かべ!」
「おお、済まぬ。少し緩める」
ジータが速度を落してやっと快適に。
しかし、それほど急ぐ相手か。
「落ち着けよジータ。そんなにやばい相手なのか?」
「龍の臭いがする。それも黄金の龍の臭い、微かだが確かに……」
おうごんのりゅう……。
ジータがそう言ってさらに警戒を強めた。
顔は見えないが気配で分かる。
「竜か……。けど、ジータと同じ竜なんだろ? 何でそんなに警戒するんだ?」
「黄金の龍は破滅の象徴だ。一度姿を現せばクユユはおろか皆が死ぬ」
皆が死ぬって世紀末かよ。
しかし、ジータの言葉に少し引っかかる。
「その黄金の竜って奴を見た事ある口ぶりだなジータ」
嫌な臭いがするってのも、その臭いを知っているということだろう。
その疑問にジータが答える。
「ああ、そうだ。奴は龍の原点にして頂点」
「その頂点様はそんなに強いのか?」
「俺の故郷は黄金の龍に滅ぼされた。百千の群れが一にな、こう言えば恐ろしさは少しは分かるだろう」
「まじかい」
ドラゴンの群れというだけで末恐ろしい。
しかし、その頂点様は一匹でそれを滅ぼした。
考えるだけで背筋が凍るってものだ。
ジータはこの強さでまだ自分は幼竜と言っていた。
その群れの中にはまだ強い大人も居ただろう。
それを滅ぼすってどこのラスボスだよ。
怖いわー。
「なあ、それって俺達もやばいんじゃないのか」
「そうなるが、確かな臭いは微かだ。まだ確信するには早計。その発生源を探る」
そういってジータの雰囲気がピリリと強張る。
流石に茶々を入れる気にはならない。
ジータは鼻で。
俺は目で。
さながら生きた鳥瞰図。
空から怪しい何かを探っていく。
黄金って言うからには金ぴかだろう。
嫌でも目立つだろそんな奴。
左に右に。
視線を流して姿を探っていく。
「……ん?」
「どうしたピヨちゃん」
「いや、何か居たな」
小さくだが、俺の視界に黄色の何かが移った。
視界いっぱいに広がる木々の隙間に何かが。
「ちょっと高度を落して旋回してくれ」
「分かった」
指示に従ってジータが回れ右。
高度と速度を落して森と睨めっこ。
すると、やはり何かが居た。
それも人間だ。
森のど真ん中に。
怪し過ぎるだろ。
そして丁度、
「奴の臭いだ、あの女からほんの僅かだが……黄龍め」
ジータが恨み混じりに囁く。
問題の竜は見当たらないが、とりあえずはあの人間だ。
ジータがすぐさま落下する様に降りていく。
すると、女性の荒げた声が聞こえてきた。
「お、オラァ! 狼うるさい! あっち行かないと痛い目見るわよ!」
そして見えてきたのは、声の主であろう金髪の女の子だ。
周りには無数の狼。どっかで見た光景だ。
「ああもう! 次から次へと!」
「グルルルル!」
「グルルルルルル!」
「グルルルルル!」
クユユとの最初の出会いに良く似ている。
まあ、今はそんなことどうでもいい。
竜の臭いがする女の子。
こいつには聞きたい事がある。
周りの狼は邪魔だ。
ジータはドシンと地面に着地する。
砂埃を撒き散らして降りたのは、金髪の女の子を守るような形でだ。
どうやらジータは俺と同じ考えの様だ。
砂埃が薄まり、視界に映った俺達の姿に女の子は目を見開いた。
「え……? ど、ドラゴン? ……と、ヒヨコ!?」
驚いたのは狼も同様。
「な……! 何故こんな所にドラゴンが!?」
「それにヒヨコ!?」
「くっそ、もう少しだったのに!」
お食事のところを悪いがちょっと退散してもらうぞ。