閑話:ピクニックピヨちゃん、黒竜が襲撃
ピヨちゃんが住む街から、少しばかり離れた喉かな平原。
そこにはシートを広げてピクニックを楽しむクユユとピヨちゃんの姿があった。
「今日も良い天気ですねー、ピヨちゃん」
『ピヨピヨ(最近、毎日じゃねぇか)』
幸いにも天候に恵まれ、そしてここは猛獣も魔物も姿を現す事はない。
キノコの化け物や狼が姿を現す森とは違って、比較的安全が保障された平原で、クユユはたゆたう心地よい風を楽しんでいた。
けれども、クユユの表情はいまいち晴れない。
「ジータン……いったいどこに行ったんでしょうか?」
何もクユユはピヨちゃんだけをピクニックに連れてきた訳ではない。ジータも一緒に楽しもうと思って彼もここへ連れてきた。
なのだが、ジータは平原に着くや否や、謝るように鳴いた後、どこかへと飛び去ってしまったのだ。
「何を言ってたんでしょう?」
『ピィヨヨ(クユユはジータの言葉が分からないからな)』
クユユはジータが発した言葉を理解出来ない。
しかし、ピヨちゃんはジータの言葉を理解出来る。
(済まぬクユユ。そしてピヨちゃん、クユユを頼んだぞ。竜の気配がするのだ)
そう言ってジータが飛び去っていった方角を、ピヨちゃんは眺めていた。
○
ここはキノコの化け物が出る森の中。
そこにはジータが居た。そしてその隣には、ジータとほぼ同じサイズで、真っ黒な鱗を持つドラゴンの姿があった。
「何用だ、見知らぬ竜よ」
「俺様の名はフェルゲニスだ。これで見知らぬ竜じゃない」
真っ黒ドラゴンもとい、黒竜フェルゲニス。
ジータはこの黒竜に、どうしてここまで来たのかの理由が聞きたくて、彼の元に訪れたのだ。
もしかすると、クユユに害のある竜かも知れないと。
「名を聞いたのではない。もう一度言う、何用だ」
「わざわざここに来るのに理由を聞くのか赤竜。散歩するにも何か理由が必要って言いたいのか、管理者気取りか」
「……済まぬ。だが、俺には理由を聞かなくてはならない訳がある」
「まあ、強いて言えば、俺様より強い奴に会いに来た……だ」
理由を聞いて顔をしかめるジータ。
フェルゲニスは自分より強い奴に会いに来たと言った。その理由にはいささか疑問が浮かぶ。
ジータやピヨちゃんが居るこの周辺は平和な田舎と言っても差し支えない。当然、その周辺には獰猛な生物はめったに居ない。
それこそ竜より強い生物はいないだろう。
ならば何故、こんな獣しか居ないへんぴな田舎に来たのだろうか。ジータは頭の上に疑問符を浮かべる。
「より強い奴か。ではここにお前は無用だ。竜に対抗できるのは、ごく一部を除いて相場は竜と決まっている。故に言えば、俺に会いに来たともなろうが」
「そうだ。だから俺は竜の気配を感知してここに来た。でも、俺にはもう、お前と戦う理由は無くなっちまったようだがな」
「どういう事だ?」
そう尋ねたジータの体を、フェルゲニスはわざとらしく臭いをかぎ始める。そしてこれまたわざとらしく、表情を強張らせた。
「お前、くっせぇな」
「体臭を気にする竜など存在しない筈だが?」
「違ぇよ。お前から人間の臭いがするって言いたいんだよ俺様は」
鼻を鳴らしてクサいとのたまうフェルゲニスは、次にニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべる。
「お前、まさか竜の癖に人間の手に落ちたのか? かはは! 竜の恥さらしだなお前は、クズめ」
「そうことか」
「ははは、それに俺は見てたぜ? ヒヨコと仲良くしてる所を。他種族の獣と仲良くしてる竜なんざ聞いたことねぇよ、それもヒヨコとは笑わせるぜ、かはははは!」
げらげらと嘲弄まじりに笑うフェルゲニスは、ジータを突き飛ばす。それに対してジータは怒る事は無かった。
いくら笑われようが、それを恥としていないからだ。
「ピヨちゃんはただのヒヨコにあらず。彼は勇敢なるヒヨコだ。思い人のためらな、例え人間だろうと、ましてや竜だろうと臆さず立ち向かう」
「は? どういう意味だ?」
「言葉の通り、ピヨちゃんは俺に打ち勝った」
ジータはフェルゲニスを睨みつけながら、初めてピヨちゃんと出会った日の事を思い出す。
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真剣。
その二文字を表情に灯したヒヨコが、竜を目先に捉えてなお、全く臆する様子は無かった。
「何故だ、小さくか弱いヒヨコよ。何故、俺に立ち向かう」
ジータがそう思うのも無理は無い。
ピヨちゃんはヒヨコだった、酷く小さいヒヨコだった。
竜を相手に勝てる筈も無い。
だが、眼下のヒヨコに恐怖は微塵にも感じられなかった。
「力の差は歴然、見て分からないのか?」
「知ってらぁ、だが負けられねぇ」
力の差をヒヨコは理解していた。
それを理解していて何故、立ち向かうのか。
ジータは理解出来ない。
いや、その理由はすぐに分かった。
ヒヨコの後方に、ピヨちゃんの勝利を願うクユユの姿があったのだ。
(そうか、このヒヨコ、主のためにそこまで。死の恐怖すら足枷にならぬと言うのか)
最初こそ手加減するつもりのジータだったが、考えを新たにした。その行為は、ヒヨコの勇気に対して無粋な物だと。
そして結果はジータが敗北、ヒヨコの勝利。
弱肉強食の摂理が覆されたのだ。それはヒヨコの主を思うが故の勇気がもたらした結果だろうと、ジータは信じて疑わない。
そしてこのヒヨコは、思い人のために大量のヒヨコを引き連れ、焼き鳥屋を壊滅させた。そして救い出す事に成功した。
次には、クユユを傷つけたゼニアに怒り、復讐を果たした。
これらがただのヒヨコに可能なのだろうか。
否、それはヒヨコがピヨちゃんだったからこそ可能なのだろう。
ジータは信じて疑わない。
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「フェルゲニスとやら、お前がピヨちゃんをただのヒヨコと嘲笑うのならそれも良かろう、俺は何も言わない。だが、お前には理解出来ないだろうがな」
「……? 何が言いたい?」
「主を想う高潔なる勇敢さがだ。ただ力を追い求め、争いしか生まんとするお前には到底な」
「かはは、それ程ヒヨコに信頼を寄せるか」
乾いた笑顔を浮かべたフェルゲニスはその黒翼を広げて羽ばたく。その意図を察したジータも伴って、翼を広げて空へ飛び立った。
「赤竜より強いヒヨコか、ははは、これは面白そうだ」
「クユユとピヨちゃんの絆の前に、お前は歯牙にもかけられないだろうがな」
「絆ねぇ、そんなもん糞食らえ。それをぶっ潰した後、お前の表情でも楽しむとするかな俺様は」
「ふん、試してみるといい……」
そうして平原に辿り着いた2体の竜。
ジータは平原の奥で身を伏せ、ピヨちゃんとクユユの様子を遠くから見守った。フェルゲニスはというと、上空から二人の元に近づいていく。
「ピ~ヨちゃ~ん! ジータンが居ないですけど、もうお昼です! 今日はクユユ特製のお弁当ですよ~! お肉ですお肉!」
『ピヨ!? ピヨィヨヨ!(まじか!? やったやった!)』
「おっ肉♪ おっ肉♪」
『ピッヨヨ♪ ピッヨヨ♪(おっ肉♪ おっ肉♪)』
シートの上で用意していた特製お弁当を広げるクユユ、その隣でピヨちゃんは嬉しそう小躍りしていた。
それを目にしたジータはフェルゲニスに向かって叫ぶ。
「フェルゲニス、待て! 今は食事の時間だ! 後にしろ!」
「うるせぇ! ヒヨコが生意気に肉なんて食ってんじゃねぇよ!」
ドシーン。
と、平原に重量のある音が響き当たる。
次に聞こえてきたのは悲鳴だ。
「うぴゃあ! お、お弁当が! ってドラゴンですよおおおお!?」
『ピヨヨ!?』
なんとお弁当をフェルゲニスは足で潰してしまったのだ。それを受けて再度クユユとピヨちゃんから悲鳴があがる。
『ピヨオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「せ、せっかく早起きして作ったのにぃ! 酷いですよ~!」
『ギャギャギャ、ガゥゥヴォア(かはは、それは悪かったなぁ)』
「ううううぅぅ~」
たまらずクユユが泣き出してしまう。
ジータは泣いてしまったクユユを見て、その後の結果に予想がついてしまった。
「あろうことかクユユを泣かすとは阿呆め。ピヨちゃんの逆鱗に触れてしまったな」
ジータは視線を小さな黄色い影に移す。
直後、背筋にゾワリとした悪寒が走った。
「だ~はっはぁ~! ヒヨコォ! 主が泣かされて黙ったままかぁ!」
「マザファッカ」
「はぁ? 何言ってってぐおおおおおおおおお!?」
「ピヨオオオオオオオオオオ!」
怒りの篭った炎が噴射され、フェルゲニスの身が焼かれていく。竜の鱗を焦がす程度だった火炎放射は、レベルアップと怒りによって、その威力は段違いに上がっていた。
「く、クソ! 確かにただのヒヨコじゃねぇようだな! どうだヒヨコ、もっと邪魔が入らねぇ所で勝負しねぇか?」
「ピヨオオオオオオオオオオオオ!」
「竜の話を聞けってあんらあああああああああああああ!?」
ピヨちゃんの延髄蹴りを食らって、フェルゲニスはドシンと地に伏す。その体は既にピクリとも動く事は無かった。
ジータはその様子を見てほくそ笑む。
「ククク、当然の結果だな。主を泣かされ怒るピヨちゃんの憤怒、まさか竜が畏怖する程とは驚かされる」
走った悪寒に身を震わせながら、ジータはピヨちゃん立ちの元へ羽ばたく。
「クソッタレがああああああああああ!」
今だ怒り狂うピヨちゃんを見て、ジータは微笑んだ。
そして既に聞こえないだろうが、気絶しているフェルゲニスに向かって小さく呟く。
「これが、ピヨちゃんとクユユが創る絆の力だ」
違う。
お弁当の恨みなのであった。