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7、変わったゼニア

 

 町の中央付近にある広間の隅っこらへん。

 俺と黄色い毛並みを持った狼コロゥは、自分達の主人からあまり離れ過ぎず近過ぎずの距離を保ち姿勢を落した。


 コロゥの動作は、一見して普通の犬の座り方なのだがどこか気品を漂わせている、流石はゼニアのお屋敷に住む使役獣といった所か。ゼニアの家は金持ってそうだったからな。くそう、妬ましい。


「なぁ、コロゥ」

「なんでしょう、旦那」


 俺の呼びかけに応じるコロゥ。

 こいつには聞きたい事がある。


 使役獣を蹴るわ唾を吐くわのゼニアと、なぜ今も一緒に居るのか。そして怨んでもおかしくないゼニアをなぜ『ゼニア様』と呼ぶかだ。


 この二つが彼に問いかけたい疑問だ。


 ん? 彼?

 男かコイツ?

 女なのか?

 動物の性別なんて分からねぇ。


「お前って男?女?」

「メスっすよ」

「おお、そうか……、メスか……」


 くっそ。

 聞きたいのは男か女じゃない。

 関係の無い疑問が頭を過ぎっちまった。


 しかし、語尾に『っす』を付ける後輩言葉。

 俺を『旦那』と呼ぶ舎弟言葉。


 こいつのキャラがいまいち掴めんが、ただ一つ分かる事は『育ちが良い』って事だ。こいつの喋り方にどこか気品があるのだ、あと座り方も。


 どう言葉に表して良いか分からないが、育ちが良い。 

 それだけは分かる。


 くっそ。金持ち狼。

 普段、何食ってんだコイツ。


「お前って普段、何食ってんの?」

「私って肉食なんすよ、だから生肉食ってるっす」

「うっそ、俺なんていつも野菜の芯だぞ」

「あ~、健康に良いっすね」

「血祭りに上げてやろうか」


 違う違う違う。

 妬み全開か俺。


 聞きたい事はそんなんじゃない。

 ゼニアとこいつの関係性だ。


「コロゥ、お前とゼニアってどんな関係なの?」

「使役獣と獣使役士っすよ」


 いや、知っとるがな。


「違う、何であんな奴と一緒にいるかって聞いてるんだよ。それに『ゼニア様』ってどういうことだ」

「ゼニア様はあんな奴じゃないっすよ。私の命の恩人っす」

「え?」


 命の恩人?

 ゼニアが?


 何を思ってコロゥがゼニアの事を恩人と言うのか。

 ぶっちゃけまったく分からないが何か訳があるんだろう。


「私はっすね、両親兄弟を皆食われてるんすよ、あん時はまだ子どもだったすかね。そんな私を助けてくれたのがゼニア様なんすよ」

「テイムされたのか」

「まあ、そうっすね」


 コロゥが一度ゼニアに視線を向け、また元に戻した。

 こいつの視線には確かに憎しみの感情一つとしてない。


「子どもの私が自然界を一匹で生き残るのは無理っす。だから今日この日まで生きてこれたのはゼニア様のお陰なんすよ」

「そうか、でもとうのゼニアは」


 俺が言いかけた言葉を遮るように、コロゥは次を語り始める。


「そうっす。私はただの使役獣っすよ」


 コロゥがそう呟いた。

 

 なんかこう、すんごいしんみりとした空気と化してしまったが、それをぶち壊したのは以外にもコロゥ自身だった。


「でもね、最近は違うんすよ。へへへ、むっちゃ優しいんすよ」

「おぇ? そ、そうか、良かったな」

「うん、良かったっす。うへへ、ゼニア様ったら私の事をちゃんと名前で呼んでくれるんすよ。えへ、えへへへ」


 突然、奇妙に笑い出すコロゥ。

 何だコイツ。


 言っちゃ失礼だが、何だコイツ。


「これも、変わったのは、あんたがゼニア様を襲撃した夜からっす。何をしてくれたのかは分からないすけど。あんたのお陰で私とゼニア様が変われたっす」

「夜? ああ、あの時か。べ、別に何かしたってことはないけどな」


 やばい。

 ハゲにしたからおかしくなっちゃったのか。

 やばい、どうしよう。


 いや、やばくはないのか?

 ゼニアが変わったのだから。


「へへへ、ありがとうっす。だから私はあんたの事を旦那って呼ぶっす。ありがとうっす」

「おう、良かったな」


 コロゥは俺を真正面に捉えて、ただ『ありがとう』と感謝を述べてきた。なんか、こんな風に面と向かって感謝されるのは照れる。


 でも俺がやったのはゼニアをハゲにしただけだ。

 正直にこの感謝を受け取って良いものか。


 俺がヒヨコの小さい頭であれこれ悩んでいると、コロゥに視線を促される。


「見てくださいよ旦那。いつも自分の事しか考えてなかったゼニア様が、今は人の為になろうとがんばってるんすよ」

「うぇ?」


 コロゥに促された視線の先。

 そこにはクユユとゼニア、そして一人のおじいちゃんが居た。


 おじいちゃんはベンチにうつ伏せ。

 腰の辺りにゼニアが手を伸ばした。


「ジジイ、腰が痛いんだって? 分かったよ、俺が治癒してやる」

「ほ~う。ゼニアちゃんがこんな老いぼれの為に、ありがたやありがたや」


 何をしようとしているのかゼニア。

 その答えをクユユが察したようだ。


「すごいですねゼニア君。 もしかして治癒魔法を使えるんですか?」

「そうだ、誰かが傷付いた時に必ず役に立つ魔法だ。覚えて損はない」


 確かにコロゥが言った通りゼニアは変わったようだ。

 じいちゃんが腰痛かは知らないが、治してあげようとしている。


 もうクユユをジータを傷付けたあいつじゃないようだな。


「待ってろジジイ、今、魔法を使う」

「お手柔らかに~」


 じいちゃんの腰にゼニアが手と手を重ねると、腰を包み込むようにして優しく淡い赤い光が帯びる。なるほど、確かにあれは気持ち良さそうだ。


 しかし、優しい光は一瞬。

 一気に真っ赤な光へと変貌した。

 嫌な予感のする光だアレは。


 おじいちゃん絶叫。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛じゃじゃじゃじゃじゃ!!!」


 あじいちゃんが断末魔を上げる。

 反応を見て察するにとんでもなく熱かったご様子。

 熱い熱いと悲鳴を上げながらどこかへと全力疾走していった。


 その反応を見たゼニアはというと、


「ふふふ、なんだ、元気じゃないかジジイ。まだ冥土に行くには早いぞ」


 ……と、ドヤ顔。


「すご~い! ゼニア君、あっと言う間におじいちゃんを元気にしちゃいましたね!」


 クユユはというとゼニアを称賛している。

 二人そろってポンコツか。


 流石にコロゥもこれには苦笑い。

 

「あらら、多分ですけど、血行が良くなり過ぎたみたいっすね。腰を集中的に……」

「放っておいても大丈夫なのか? あのおじいちゃん」

「まあ、一応治癒魔法っすから」


 治癒魔法というよりは攻撃魔法だなアレ。

 

 いや……もしかしたらお灸とかそういうのか?

 だとすれば文字通りお灸を据えられた形になるのだが。


 まあ、なにせよ。

 あのゼニアが人のために行動する。

 それだけで大きな進歩なのかもしれない。


「変わったんだな」


 俺がポロリと零したその台詞に、確かに反応したのはコロゥ。

 まるで自分が褒められているかの様に、俺の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだ。


「うへへ、ゼニア様はまだまだこれからっすよ」


 そう言うとコロゥはすくっと立ち上がり、自分の主の下へと歩いていく。


 その足通りは、以前に屋敷で見たどこか怯えた様子ではない。

 軽やかに、真っ直ぐと進んでいく。


「言っておくが、クユユとゼニアが一緒に居る時はまだ油断できねぇからな」


 一応は釘を刺しておく。

 奴には前科がある。

 言葉通り、まだ油断は禁物だ。

 

 クユユとゼニアは少し打ち解けたようだが……、

 俺の内心はヒヤッヒヤだ。


 くっそ、生後数ヶ月で娘を持った気分だ。

 

「またゼニア様が道を踏み外した時は、私が今度こそ側に居るから大丈夫っす~」


 俺が飛ばした言葉に、イタズラに笑みを浮かべたコロゥが返事を返した。


 まあ、また何かしでかしたら全身の毛を燃やせば済むか。


 なら、ゼニアから奪った魔法も返していいかも知れないな。

 








『ワン、ワン!』

「コロゥか、おいで」


 ふと、暖かい風がゼニアのハゲあがった頭皮を撫でる。

 風に乗って聞こえてきた鳴き声が耳に届き、ゼニアは微笑みながらこちらへと歩み寄ってきたコロゥを優しく撫でた。


『ワンワン!』

「ははは、狼の癖に犬みたいな奴だなコロゥ」


 愛想をいっぱいに振り撒きながら、頬を摺り寄せるコロゥを見てゼニアは目を細める。


 以前なら、こんな触れ合いなど一切無かった。


 使役獣などは所詮は操り人形。

 獣は獣使役士のためだけに働いていればいいと、そんな考えを持っていたゼニアは、それこそコロゥをただの操り人形としか考えてはいなかった。


 だが、その考えは捨てた。

 クユユに絆を寄せるヒヨコを見てしまったからだ。


「ピヨちゃん……か」


 コロゥの後に遅れてやってきたヒヨコに視線を投げる。


 この使役獣は、前に自身の主の復讐を果たすが如く襲い掛かってきた。


 使役獣とは主の命令にしか従わない。

 つまり、逆に言ってしまえば命令さえ無ければ自由なのだ。それだというのに、このヒヨコは自身で考え、クユユを想い、行動を起こした。


 何故?

 そこに絆があったからだ。


 クユユはヒヨコを想い、学校に連れてこなかった。

 ヒヨコはクユユを想い、怒り復讐を果たしにきた。


 そこに絆が無いというならば、いったいなんだと言うのか。


 互いが互いに信頼を寄せる者達に魅せられ、ゼニアは思ったのだ。


――羨ましい、と、


「ピヨちゃん……お前が俺に教えてくれたんだ。そして道を示してくれた、コロゥと一からやり直せと……」

『ピヨ?』


 ゼニアは膝を折って頭を垂れる。

 その行動は、目の前のヒヨコに敬意と感謝を述べていた。


「礼を言う、ピヨちゃん。お前が居てくれなければ、俺はこれからもコロゥとクユユに非道な行いをしていただろう。だから、ありがとう」


 ゼニアは自分を正してくれた一匹のヒヨコに、精一杯のありがとうを伝える。


 ピヨちゃんからしてみればゼニアが勝手に勘違いしただけであり、なんのこっちゃ状態であったのだが、まあハゲ頭を喜んでくれたのならそれでいいかと誠意を受け取る。


 そして、また髪が伸びてきたらハゲにしてやろうと考えるピヨちゃんだった。


「ピヨちゃんに誓う。俺は、お前とクユユみたいな絆をコロゥと結べるように、精進するよ」


 再度、ゼニアは深く頭を下げた。

 それによって良い具合の角度に落ち着いたゼニアのハゲ頭が日光を反射させ、太陽光をモロに食らったピヨちゃんは目を細めた。


 だが、そこにあった謝罪は確かに受け取る。

 

 ゼニアに魔法を返そうと思っていたピヨちゃんは、彼が言った「一からやり直す」という言葉を受け、魔法を返すのはやめる。


 一からやり直すのであれば、これは余計なお世話だろうと思っての事だ。


 深く謝罪するゼニアの姿に、僅かでもピヨちゃんは気を許す。


 その様子をクユユは茶化したりはせず、微笑みながら見つめている。そして、表情は分からないが、コロゥも微笑んでいた気がした。




 こうして、今日という一日が終わった。



 そして夜。

 ピヨちゃんにハゲビームを間接的に食らわした日光が沈み、子どもも大人も寝静まる真夜中の時間、当然クユユも寝息を立てている。


 すやや~と規則的におなかを上下させるクユユを尻目に、ピヨちゃんは窓から景色を見つめていた。


「絆……ねぇ」


 ピヨちゃんの頭にゼニアが言った絆という言葉が反芻する。


 最初こそ、食べ物を貰うという理由ためだけにクユユと一緒に暮らしていたピヨちゃん。しかし、いつしかクユユが傷付けば、自分の胸も痛くなるようになったのだ。


 知り合ってまだ数ヶ月。

 短いのか、長いのか。

 ピヨちゃんには分からない。


 クユユの元を去ろうと思えばいつでも去れる。そしてクユユの元を離れれば、外にはまだまだ自分の知らない異世界が広がっている。


 だが、クユユが自分を必要としてくれるのなら、それまで一緒に居ようと思うピヨちゃんだった。


 もう一度、クユユを見て、ピヨちゃんは寝る事にした。

 何かを忘れている気がしたが、もう遅い時間だ。


 して数分も経たないうちか。

 突然、クユユの目がカッと見開く。


「あ、そういえば今日、スタンプ一つも貰ってないですね……」


 と、察するように呟いた。

 

 一日五善の宿題を忘れていたのだ。

 それは何一つ判が押されていないスタンプカードが証明している。


 体を起こしたクユユがピヨちゃんに尋ねる。


「ねぇピヨちゃん、今からでも大丈夫ですかね?」

『…………』


 ピヨちゃんは狸寝入りをかました。

 


 

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