6、今日は一日五善の日
サンサンと照る太陽が頭上に昇る午後。
雨も降っていないのにも関わらず、体からキノコが生えてきそうな程に湿度がハンパない今日はアエスタ、太陽の8日。
そのアエなんたらの意味は分からんが、クユユが言っていたからにはそういう日なのだろう。
日本で言うところの8月頃と言った所か。
熱い。
そんな真夏の今日この頃。
家でアイスでも食べてダラーンとしていたい日。
しかし、俺は今。
クユユの肩に乗せられて、町の中で炎天下の日差しに晒されていた。
「えへへ、今日も暑いですね、ピヨちゃん! お散歩日和です!」
『ピヨヨ……』
「ピヨちゃん元気ないですね。駄目ですよ、学校がお休みだからってだらけてちゃ!」
クユユ超元気。
さすがは元気が取り得の幼少期と言ったところ。
それともあれか。
日光を遮断する麦藁帽子を被ってるからか。
光を反射する白色のワンピースを着ているからか。
フリフリで可愛らしく、クソ程熱い夏に適した装いに包まれたクユユは、無邪気な笑顔を俺に見せ付けてくる。
それに引き換えこっちは毛皮。
真夏の炎天下の中、毛布に包まっている気分だ。
クッソ、ここでまたヒヨコの不便な所が明るみに。
まあ、毛皮が不便と思うヒヨコは多分俺だけだが。
いっそ毛を全て毟ってしまおうか。
そんな諦めの思考が俺の頭を過ぎっている時、クユユは不満そうに「む~」と口を結んでいた。
「むむむ~、今日も平和ですね」
ん?
平和なのは良いことだろう。
「こう……、ぎゃあああって、誰か悲鳴を上げてくれませんかね?」
何やら物騒な事を呟いているクユユ。
この娘が何を考えているか分からないのは今に始まった事ではないのだが、今日は少しだけ訳があるのだ。
その訳とは、クユユが首元からぶら下げている一枚のカードに理由があった。
○
今朝、クユユがベットから起き上がるやいなや。
「さあ、ピヨちゃん! 起きてください! 今日は『アエスタ、太陽の8日』です! 子ども達が大人に孝行をする日ですよ!」
……と叫び、机の引き出しから一枚のカードを取り出した。
それは言ってみれば、ラジオ体操のスタンプカードみたい物だ。
そこで俺は気付いたね。
ああ、孝行してスタンプでも貰うのね……と。
カードの内容を見るや、孝行とやらを5回もすればスタンプは埋まるだろう。
こう、小学生の夏休みを思い出す。
毎朝毎朝早起きしてはラジオ体操。
スタンプを集めるためにずっと早起き。
苦労の末に貰えるのが「学習セット」これだけ。
この世界では体操から孝行に変わっただけか。
俺が感傷に浸っている間にクユユは着替えを済ませて準備万端だ。
「ピヨちゃん、行きますよ!」
鳥カゴの中で未だ眠気と戦っている俺を見たクユユ、笑顔で俺の首根っこをつまんで引きずり出そうとしてくる。
「一日一善ですよ! さあさあさあ!」
「イピヨヨヨ! ヨヨヨォ!(痛でででで! なんのつもりだ! )」
もう鳥カゴのあちこちに体がガッチンゴッチン。
興奮した子どもがここまで怖いものだとは。
俺への善はないのですかね?
○
という訳でクユユは善する対象を探している。
しきりにクユユが気にするスタンプカードには、まだ一つもスタンプは押されていない。
朝に出発して今は昼。
とうに4時間は経過しているだろう。
つまり俺はそれだけ日光に晒されている訳である。
このままでは蒸しヒヨコの出来上がりだ。
まあ、困っている人が居ないというのはそれだけ良い事。
「むむむ、弱りましたね。……どうしましょうか?」
『ピヨ(いや、俺に言われても)』
クユユが困り顔で俺に語りかけてくる。
なんだそれは。
作れってか、困った人を作れってか。
悪したあとに善をしてもプラマイゼロだぞ。
いや、クユユはどうしようかと言っただけだ。
考え過ぎか。
しばらく辺りを見回しながら町を徘徊していると、クユユの表情が突然に晴れ、頭の上の電球がピコンと光った。
「そうだ! こういう時は逆の発想ですよ」
『ピヨ?』
手と手を合わせてクユユが一言。
何か思いついた様子だ。
「困っている人が居なければ、逆に作れば……」
待て待て待て。
くっそ、考えすぎではなかったか。
発想がさっきの俺と同じだ。
鳥頭か。
待て待てその場合、俺も鳥頭って事になる。
いや、現に俺ってば鳥だからな。
やっぱり鳥頭か。
「……あれ? いや待ってください、これ悪い人の発想ですね」
はい、そうです。
「危なかったです。私、檻に入れられるところでした」
彼女が何をしでかそうとしていたかは分からないが、どうやら檻に入れられる程の事を考えていたらしい。やめとけ。
「そうですよ、そうです。悪い事をして、その後に良い事をしても駄目ですよ。それは良い行いをした事になりません! この先は悪い事をしない様に気を付けなきゃですね!」
邪念を払い心構えを新たにしたクユユ。
そんな彼女の目指す先は、
「とりあえず、おばあちゃんの所へ行ってみましょう。お店のお手伝いくらいは出来るかもです」
アイスをくれたのおばあちゃんの所へ行くらしい。
それは良い考えだ。
もしかすると、またアイスをくれるかもしれん。
しかし、悪い事はしないと誓ったクユユの一歩目。
そこに罠が仕掛けられていた。
ゴリッ……と、ものずごく嫌~な音がした。
なにかを踏んづけた音だ。
こう、黄色く細長い何かを踏んだ。
『ギャアアアアアアアアアアアアアア!』
「うひゃあッ!?」
踏んづけられたであろう声の主の悲鳴に釣られてクユユもまた悲鳴。
前方不注意、いや足元不注意か?
その結果が響き渡る断末魔。
クユユの悪い事しない宣言は一歩目にして粉々に砕け散る。
後味の悪い悲鳴の余韻を耳に残しつつクユユの顔を伺うと、そこには『やってしまった』と言わんばかりの表情があった。
「や、やっちゃいました……」
うん。
「って! そんな事を言ってる場合じゃないです! だ、大丈夫ですか……ってうわあ!」
クユユが我に返り、踏んづけた相手への心配に気を向けるとまたクユユの悲鳴が上がる。
彼女の目線の先、そこには怒りに染まった黄色い狼が居た。
『グルルルルルルルッ……』
「あわわわわ、ごめんなさいぃ~」
もはやこの狼の怒りに逃れるすべは無し。
そう悟ったクユユは諦めの境地だ。
目を瞑って両手で弱弱しく身を守っている。
そんなクユユの肩に乗る俺は、じっとこの狼を見つめる。
どこかで見たような気がするんだ、この黄色い狼を。
俺の視線に気付いたのか狼、俺と狼の視線が交差する。
すると狼の怒りがすぅーと収まり、口を開いた。
「……あ、旦那じゃないですか」
「ん? 旦那?」
どうやら狼は俺の事を知っている様子。
俺の見覚えは的中したらしいが、どうにも思いだせん。
誰だコイツ。
「私ですよ、私」
「いや、ごめん。あの、え~と、誰?」
「そんなストレートにっ!」
俺が放った直線ど真ん中ストレート誰? に狼がショックを露にする。
「本当にごめんな、誰?」
「私ですよ私! 私です!」
「新手のオレオレ詐欺かてめーは」
何を切羽詰っているのか、少し古風な詐欺を展開する狼。
そんな彼の次の言葉で俺はようやく、この狼が誰かを思い出すことが出来た。
「コロゥですって、ゼニア様の使役獣の!」
「あ! あの時の狼か!」
そうか思い出した。
そうだそうだ、ゼニアの使役獣の狼だ。
ん?
ってことは……?
そんな俺の疑問に答えを出すように奴が姿を現す。
「クユユ、何でそんな奇怪なポーズをとってるんだ?」
未だに目を瞑りながらプルプルと震えるクユユの肩に手を置いた人物。
ゼニアだ。




