4、素人はキノコに手を出すな
「キシャアアアアアアアアア!」
口から真紫の液体をキノコが撒き散らす。
パタパタと地面に飛び散った唾液の様な液体、それに触れた雑草や石ころは白い煙を立てながら溶けていった。
「ジータ! 毒だ、毒! あれ本当に食えんのかよ!?」
「いや、分からん。俺自信は食した事が無い。ただ、こいつを食べている動物を見かけたことがあるだけだ」
「おおぉぉ、だ、大丈夫なのか?」
食べるとかもはやそんな問題じゃねぇ。
ヘタしたらこっちが食われる。
狩る立場から一転、狩られる立場になっちまった。
くっそ、何でキノコに襲われなきゃならんのだ。
俺達を囲う無数のキノコ、その中の一体が明らかに視線をこちらへと送ってきた。
奴に目があるかは外見上からは分からないが、向けられた視線の切っ先に得体の知れない嫌悪感に苛まれる。
「竜の幼竜だ。お前ら、逃がすなよ。竜の個体をこれ以上増やしてはならん、我らの種族が生態系の頂点になるために!」
「キノコオオオオオオオオオオオ!」
「キノコオオオオオオオオオオオ!」
「キノコオオオオオオオオオオオ!」
え?
キノコのリーダー格らしき一体が周りのキノコに命令を下す。それを受けたキノコ達が鼓舞するように高らかに叫び、こちらに猛突進!
あああ、まずいまずい。
無数の巨大なキノコがこちらへ一直線!
いや、待て。
奴は竜の幼竜って言ってた。
狙いは俺じゃねぇ、ジータだ。
なら安全な筈!
「キノコオオオオオオオオオ!」
「キノコオオオオオオオオオ!」
「キノコオオオオオオオオオ!」
「ピヨヨヨオオオオオ!?」
ぐあああああああああああ!
何で俺? 何で俺!?
キノコ達が俺を一斉に袋叩き!
傘でヘッドバットするわ。
足で蹴るわ蹴るわのタコ殴り、いやキノコ殴り。
痛くないけど、こう、精神的にやられる。
ジータのおまけに俺を攻撃してきやがった。
「ピ、ピヨちゃん! 無事か!?」
「ああああああああああああああ!」
キノコに阻まれてジータの姿が確認できないが、あちらも猛攻撃を受けてるようだ。『バキッ!』だの『ドカッ!』だのと、どっかのヤンキー漫画みたいな効果音が聞こえてくる。
「キノコオオオオオオオオ!」
「キノコオオオオオオオオ!」
「キノコオオオオオオオオ!」
「ぐああああああああああ!」
あだだだだだだだだだだ。
抵抗に火を吹くことすらままならない。
ストンピングの嵐が激しすぎて頭を上げられない。
なら、あれだ。
借りるぜ黄色い狼!
スキル≪放電≫だ!
バチチチチチイィィィィィン!
「キノオオオオオオオ!?」
「キノオオオオオオオ!?」
「キノオオオオオオオ!?」
加減知らずの大放電。
激しいスパーク音と共に俺をリンチしていたキノコ達が吹き飛ぶ。
「てめぇらいい加減にしろ!」
ボオオオオオオオオオオ。
すかさず火炎放射を吹いてキノコ達を焼いていく。
炎が突っ立ち、周囲の景色を朱に染めていった。
こんがり焼きキノコの完成だ。
なんとも香ばしい匂いが充満する。
なるほど、確かに美味しそうだ。
思わず涎を垂らしていると、視界の端にキノコ達が宙を舞う様子が映った。
「まったく痛くも無い、所詮はキノコよ!」
ジータが尻尾を鞭が如く振り回し、それを食らったキノコ達がバラバラに四散する。
もはや全身凶器。
振るう爪も。
獰猛な牙も。
猛々しい四肢も。
全てがキノコ達を消散させていった。
「やるな、ジータ!」
「言わずもがな、幼竜と言えども竜だ。たかだか妖精にやられはせん」
形成逆転。
無数に居たキノコ達は、リーダー格を除いて全て全滅。
「うおおおお!? くそ、やっぱり幼くても実力は竜か! 」
キノコリーダーがスタコラサッサ。
ビューンと尻尾を巻いて逃げていく。
でも逃さねぇ!
「派手にリンチしやがって! 許さねぇぞ!」
「キ~ノキノキノ! 俺の逃げ足の速さはピカイチだ」
「あっ、てめぇ!」
俺が逃げるリーダーキノコに火の玉をお見舞いしてやろうとしたその時、久しぶりの機械音が頭に流れた。
『スキルの総熟練度が限度値に達しました』
『各スキルの段階が上がります』
なんだこれ?
しかし機械音が頭に流れたからって、火を吹くのはもう止められない。
ボオオオオオオオオオオン!
「うわっ!?」
吐き出した火の玉は今までの火とは明らかに異質だった。
何が違うってめっさデカイ。
辺りの木々をなぎ倒しながらキノコリーダーへとまっしぐら。
「あんらああああああああああああ!?」
ドオオオオオオオオオオン!
でかい火の玉がキノコリーダーを飲み込んだ瞬間、辺りに轟音を響かせながら爆発した。吹き荒れる熱風。轟く地響き。
熱気が周囲の草々、木々を焦がす。
炎は凄まじい唸りを立ててキノコリーダーを燃やしていった。
「ごめん、やりすぎた」
南無。合掌。
これも自然の摂理。
お前の血肉は明日の俺の糧となる。
弱肉強食、許してくれ。
っていうかあいつから仕掛けてきたし。
許す方は俺じゃん。
「ピヨちゃん、これ程の炎をいつの間に」
「今さっき……ていうか、あぁ! キノコが消し炭に!」
さっきまでキノコリーダーが居た場所は、炎の津波に呑まれて一帯が火の海と化していた。真っ赤な炎が渦巻き、陽炎が空気に波を打つ。
その中にはもう、キノコリーダーの姿は無い。
消し炭に……。
やっべぇ! マジでやりすぎた!
「美味しいキノコがあああああ!」
俺が両手(羽)を地面に付けて落ち込んでいると、ジータの声が小さく俺の耳に届いた。
「落ち込むなピヨちゃん。多少、原型は留めては居ないが、他のキノコの死骸ならある。これを持ち帰ってクユユに送ろう。ククク、喜ぶ顔が目に浮かぶ」
「え?」
そうだ、そうだった。
俺の回りには夥しいキノコの残骸。
こいつらも食えるんだ。
あのキノコリーダーに執着する理由がない。
だったらいいや。
ジータに頼んで比較的原型を留めているキノコを足で掴んで貰い、お婆ちゃんへの贈呈用は口に加えて運んで貰うことにした。
山火事が起こるとやばいので、なんとか火を鎮火。ジータの背に乗り、キノコの森を後にした。
流れる空の景色。
俺の頭がキノコ料理でいっぱい。
さて、どう調理してくれるか。
そこらへんのさじ加減はクユユマミーのセンス。
丸焼きもいいし、タレ漬けも良いな。
○
クユユ宅に帰宅、キノコを宅配。
裏庭に降り立つとクユユが窓から顔を出した。
「ちょっとピヨちゃん! ジータン! 遊びに行くなら一言ください。心配しますから」
『ピヨヨ、ピヨピヨ(ごめんな、でも手土産持ってきた)』
ジータがドシンとキノコを開けた場所に放ると、クユユの目がまん丸と見開く。
「うわあ! これって……、テートリヒェスじゃないですか!」
突然の贈り物に驚くクユユ。
ここまで仰天されると採ってきた甲斐があるな。
まあ、俺が食べたいだけだったんだけれども。
「ピヨちゃん、成功だな。ククク、クユユの奴め、あんなに驚きおって」
『だな、さっそく晩ごはんにして貰おうぜ』
ジータが腕を器用に使い、テートリヒェスとかいうキノコをクユユに差し出す。すると、クユユは「ひゃあ」と小さく悲鳴を上げた。
なんだその反応。
そうか、グロいのは苦手か。
それとも乙女的な反応か?
見た目が凶悪だもんな。
「ちょっとジータン、悪ふざけはやめて下さい。その毒キノコで何するつもりなんですか?」
『ブォウ!?』
『ピヨ!?』
ん?
何だって?
今なんて言ったクユユ?
「あ……、ひょっとして、先ほど話していたキノコを採ってきてくれたんですか? 気持ちはありがたいんですが……、種類が違います。 それ……、食べれません」
は?
「その、強い幻覚作用と中毒性があって、とにかく食べたら死にます」
食べたら死ぬって……。
ちょっとジータン?
「竜も時に為損なう。素人は茸に手を出すなとはよく言ったものだ、いい勉強になったなピヨちゃん」
「なに良い感じに終わらせようとしてんだ」
ジータがふいっと頭を逸らした。
ふざけんな。こっち見ろ。