1、暑い日
麗らかな夏の日差し。
心地の良い風が俺の羽毛を撫でる。
すいませんカッコつけました。
クッソ熱いです。
風も生ぬるいです。
どうもこの異世界。
日本の四季とはまるで違うみたいだ。
日本も夏はくっそ蒸れたけど。
この世界はそれの比じゃない。
一週間だけ湿度が半端なく上がるらしい。
クユユがそう言ってた。
「あ、あついです。溶けちゃいます~」
『ピヨ~』
学校が夏休み(?)らしく。
クユユは家でのほほ~んとしてる。
俺は机の上で溶けてる。
いや、マジで。
そんくらい熱い。
自室の天井の角には魔法石が置いてあり、これがまたクーラーみたいな機能を持っている。冷気を発し、風を送る魔法が施されている。
しかし無意味。
されど無意味。
ほぼ意味なし。
あっつ!
「ぴ、ピヨちゃ~ん。あああアイス買いに行きましょう、耐えられません~」
『ピヨ!?』
まじか。
この世界にもアイスが存在するらしい。
これは嬉しい。
喜んでるのも束の間。
風通りを良くするために開放された窓から、赤い鱗を持った竜がぬぅ~っと顔だけを室内に侵入させてきた。
『ブブヴォウ(氷菓子か、今日という日には一際美味だろう。クユユ……俺にも分けてくれ)』
「うわ!? もしかしてジータンもアイスを食べたいんですか?」
赤い鱗を持った竜、ジータ。
こいつはゼニアをハゲにした日から、何故かクユユの家に居座っている。居座っていると言っても裏庭で放し飼いな感じだが。
ゼニアとの決戦の夜。
ジータが言っていた『桜を咲かす大樹を守る役目』というのは、何も1日限りのことではなかったらしい。今後一生とのこと。重い。
それが贖罪と言っていた。
訳分からん。
ジータはクユユに『ジータン』と名付けられた。
名前は裏庭の地面を爪で抉って教えていた、しかし異世界語がどうも不自由らしく、一所懸命に書いた文字を誤認されてジータンと呼ばれた。
それでジータン。
元飼い主のゼニアとは、色々話し合いをしたようだが、最終的にクユユが引き取ることになったらしい。いかんせん、ジータンがクユユから離れようとしない。
「さあ、ピヨちゃん、ジータン。アイスを買いに行きましょう。見てください、これを!」
意気揚々と立ち上がったクユユ。
これ見よがしにポッケから何かを取り出した。
銀色の薄くて丸い何かだ。
「おこづかい、銀貨を1枚貰っちゃいました! アイスいっぱい食べれますよ!」
『ピヨヨ!』
『ヴァフ!』
なんとお金……かは知らん。
この世界の貨幣価値は分からんが。
どうやら大量に食べれるらしい。
よっしゃ、冷たい加工食品。
腹が鳴ってきたぜ。
クユユの肩に乗せられやってきました、店?
思わずハテナが付くぐらい寂れた民家。
それと思わしきボロ屋。
そこへクユユは足を運んだ。
ちなみにジータはお留守番。
あんなでかいドラゴンを街中で連れて歩いたら大問題になる。
「おじゃましま~す」
クユユが店と思わしき家の戸を開ける。
戸を開ける音がキイィじゃなくて、ゴゴゴとか門を開ける時の音が鳴るぐらい古びている。本当に大丈夫なのか。
なんかもう、すべてがボロい。
ど田舎の駄菓子屋みたいな感じ。
店の中には戸棚にお菓子が陳列してあった。
けど、どれも腐ってそう。
赤とか青とか緑とか。
そんな色のお菓子ばかり置いてある。
プルプル震えたお婆ちゃんが経営してそう。
「おばあちゃ~ん、クユユで~す! アイスくださいな!」
クユユが店の奥に向かって叫ぶ。
まじでババアが経営してるのか。
「おばあちゃ~ん!」
クユユが再び叫ぶ。
しかし、返事がない。
……。
……孤独死?
南無。
俺が合掌すると、店の奥の扉が開いた。
「あぃよ~、ありゃまぁ、クユユじゃか」
「おばあちゃん、お久しぶりです。アイスくださいな」
姿を現したのはお婆ちゃん。
なんかこう、“THE・ババア”みたいなババア。
おばあちゃんのお手本みたいなババアが出てきた。
プルプル震えていて、間もなく昇天しそう。
「いくつ、欲しいんか?」
「う~ん、20個くらい」
「そんな食べてからに、お腹ば壊すぞよ」
ぞよ?
この世界にも方言があるのか。
「家族が増えたんです。このヒヨコのピヨちゃんと、あとドラゴンのジータンです。ジータン大きいから……、いっぱい食べると思います」
「ああ、ドラゴンかいな。巷で有名じゃき、クユユがめっぽう強いヒヨコとドラゴンを使役したってねぇ」
「ピヨちゃんはそうですけど、ジータンは勝手に付いてきてます」
おら、ジータン。
クユユにも『勝手に』ってお墨付きが付いたぞ。
しっかし、クユユとお婆ちゃんは昔からの知り合いっぽいな。そんな話し方をしている。まあ、俺には関係ないんだけれども。
しばらくして、お婆ちゃんがアイスを束で持ってきた。
何か普通にコンビニで売ってるようなアイス。進んでるな、異世界。クーラー無い癖に。
「ほうれ、金はいらんじゃ。持ってきぃ」
「え? そんな、悪いですよ」
金をイラないと渡されたアイスを見て、クユユは驚きながらアイスを返そうとする。
貰っておけば良いのに。
タダに勝るもの無し。
どっかのお偉いが言ってた。
「未来の有名人に今からツバ付けとくじゃ。ドラゴンば使役しとるクユユじゃけ、もう街では十分有名じゃ」
「え……ツバ、ですか? え? ツバ?」
ツバと聞いて、困った表情でアイスを凝視するクユユ。
多分だがそういう意味じゃない。
「有名になったクユユが来てたって店になっと、将来繁盛するじゃ、この店は」
言ってキヒヒヒと汚く笑うババア。
恐らく、もしその時が来たら生きてはいまい。
寿命を考えろ。
「そういうことじゃ、ババアが勝手に押し付けとるけぇ。受け取れ」
「あ、ありがとうございます。バ……おばあちゃん!」
釣られてババアと言いかけるクユユ。
なんとか挽回して、お礼に頭を下げた。
店を出て、大通りを抜けて、自宅へと戻っていく。
その帰宅途中、すれ違う人すれ違う人がクユユに視線を送っていた。
あのお婆ちゃんの言う通り、ドラゴンを倒した俺と、ドラゴンであるジータを使役している事で、最近はクユユが少しばかり有名になってきていた。
「なんか私、ちょっとばかり有名になっちゃいました。これもピヨちゃんのお陰ですね」
クユユはそう言って艶やかに微笑み、俺の頭を撫でた。
ちなみに、自宅に戻った後。
ジータがアイスを18個も与えられていて喧嘩した。
体が大きいとか関係ない、俺だって食べたい。