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22/43

22、これからも

 喉歌な日差しが照る午後。

 ピヨちゃんがゼニアをハゲにした次の日。



 商店街が立ち並ぶ街の大通り。

 そこから北に逸れた住宅街の一点。

 石造りの小さな民家。


 クユユは日差しが差し込む窓の側に置かれた机にもたれ掛かりながら、裏庭を眺めていた。


 机の上の傍ら、ピヨちゃんが鼻提灯を作って眠りこけている。


「ふふ、よく寝てますね、ピヨちゃん。疲れてるのかな? さては昨日もまた、どこかに遊びに行きましたね」


 独り言を零しながら、ピヨちゃんの頭をそっと優しく撫でる。


 再びクユユは窓の外へと視線を戻した。

 視線の先には赤い鱗を持った赤竜ジータが、もの言わずにずっと、チャーハンの墓に向かって頭を下げていた。


 そんなジータの様子を、クユユは寂しげに見つめている。


(今日はちょっと、謝られる事が多かった日だったな)


 クユユは今日の出来事を思い出していった。

 昨日とは大きく事情が変わった、今日のという日の。







 時間は少々遡って早朝。

 日が昇って間もない時刻。


 クユユは眠りこけるピヨちゃんに一言謝り、学校へと足を運ばせた。


 何故、彼女は使役獣を連れて行かないのか。


 先日からクユユは不安を抱えていた。

 ピヨちゃんが居なくなるという不安を。


 何故か、このまま学校へとピヨちゃんを連れて行くと、昔に使役していた猫のチャーハンと同じく、ピヨちゃんも居なくなってしまうのではないかと、そう不安に駆られていた。


 だれかに忠告された訳でも。

 事前に予期していた訳でもない。


 『何故か』……そう感じた。


 だからクユユはピヨちゃんを連れて行かない。


 その予感が当たってか先日、学校の同級生ゼニアがピヨちゃんを連れて来いとクユユにまくし立てた。


(きっと……、奪うつもりだ)


 クユユは確信する。


 けれども従う訳には行かない。

 殴られたって、蹴られたって。

 奪われる訳にはいかない。


 クユユにとって、ピヨちゃんは既に家族だった。

 もう二度と家族は失いたくなかった。


 そして二日目の今日。

 少々ゼニアの様子がおかしかった。


 いや、少々では無い。

 異質とでも言い表せられる。


 学校へと辿り着き、背後からゼニアに呼び止められたクユユ。振り返った先に居たゼニアにクユユは思わず身構えた。


 しかし、クユユの視界に居るゼニアの様子がどうも変。物腰が柔らかくなったのか、雰囲気そのものが柔らかくなっていたのだ。


 何よりクユユが気になったのは、


「ぜ、ゼニア君。頭……どうしたんですか?」

「ちょっと魔法の実験に失敗してな……」


 ゼニアの頭皮が露出している事だった。


 魔法の実験で髪の毛が全て消失したと。

 果たしてそんなことが本当に起こりえるのだろうか、クユユは頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。


 頭がキラリと光るゼニアが苦虫を噛み潰した表情で一歩前へと出る。クユユは隠さず警戒心を露わにした。


「な、なんですか。ピヨちゃんは連れて来てませんよ」

「そうじゃない、クユユに……謝りたくてな」

「へ?」


 言った瞬間。

 ゼニアが地面に頭を擦り付けて、土下座した。


「ゼニア……君?」

「これまでのこと、本当に申し訳なかった!」


 ゼニアの土下座に対して、クユユは眉根を吊り上げる。


「なんですかそれ、そんなことをしても……」

「ああ、取り返しの付かないことをした。今更こんな事をしても取り戻せない事は分かってる、だが、謝らせてくれ!」

「そう、ですか……」


 クユユがそっと、ゼニアに頭を上げるよう促す。

 目尻に涙を浮かべているゼニアに、クユユは微笑む。


「謝られた所で、私はゼニア君を許してあげることは出来ません。あなたを許してあげられるのは、今まで酷い目に合わせてきた使役獣達です。彼らに許してもらえるように、がんばってください」

「俺がクユユに対して行った事は、怒ってないのか?」

「……はい。今、ゼニア君に謝られた事で、私にとっては過去になりましたから」

「…………女神か」

 

 クユユは懐から取り出したハンカチで、そっとゼニアの涙を拭う。そして再び微笑みを送ると、ゼニアの元から去っていった。


 

 ふとクユユの視界の端に小さな黄色い影が映った。咄嗟に視線を送るも、黄色い影はそこには既に居ない。


「あれ? 今、ピヨちゃんが居たような……?」


 首を傾げて、クユユは学校へと足を進める。

 






 学校も終わり、日が傾き始めた午後。

 自宅の玄関先の光景にクユユは絶句する。

 

『ヴォウ』

「…………」


 赤い鱗を持った竜が待機していた。

 ジータである。

 

 猛々しい四肢に獰猛そうな頭。

 なにをしたいのか、このドラゴン。

 はっきり言って恐怖以外の何物でもない。


「ピ、ピピ、ピヨちゃーん! た、助けてくださ―い!」


 し~ん。

 クユユの110番はピヨちゃんには届かなかった。


 果てはピンチ。されどもピンチ。

 クユユは恐怖のあまり腰を抜かす。

 

「あわわわ、た、食べないで下さい」

『ヴォフ』


 両手を付き出して必死の抵抗。

 すると、竜はクユユに頭を垂れて、謝罪の意を露わにした。


「え? あ、謝ってる……ですか?」

『ヴォアウ』


 竜が頷く。

 そこでクユユが気付いた。


「君は、確か……チャーハンを殺……。そうですか、そういうことですか」

『ヴォフ』

「でしたら、謝る相手が違うと思います。裏庭にチャーハンのお墓があります。私は怒ってませんから、せめて、その気持ちはチャーハンに」


 クユユがそう伝えると、竜はその足で裏庭の方へと進んでいった。


 竜の態度とその心遣いに本当の意味での陳謝を感じたクユユは、竜をそっとしておき、玄関を潜って自室へと戻った。


 椅子に腰を落ち着かせ、机に体重を預ける。

 窓越しに見える竜は、チャーハンの墓に頭を下げていた。


 机の上には、鼻提灯を膨らませて眠りこけるピヨちゃんが居る。


「ふふ、よく寝てますね、ピヨちゃん。疲れてるのかな? さては昨日もまた、どこかに遊びに行きましたね」


 よほど疲れたのか。

 目の前のヒヨコは頭を撫でても、起きる気配は無い。


「今日は不思議な日ですね、ゼニア君にもドラゴンにも頭を下げられちゃいました。ピヨちゃんをテイムしてから、毎日が不思議です」


 ピヨちゃんは寝息を立てて、規則的にお腹を上下させている。


「ふふふ、これからも、よろしくお願いします、ピヨちゃん」



 今日この日、空はどこまでも蒼く透き通っている。 

 喉歌な日差しの下で、露を含んだ快い風がクユユの肌を撫でた。

 

 今日はもうすぐ終わり、また、明日が始まる。





1章終わりました。

たくさんの感想ありがとうございます。

とても励みになってます。

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