21、イチから共に
ちょっと短いです。
ジータの翼がピヨちゃんを背に乗せて羽ばたき、ゼニアの個室に土埃が舞った。
赤竜の咆哮、ヒヨコの鳴き声と。
先程まで慌ただしかった室内が静謐さを取り戻した。
真紅の月光のみが壁に空いた穴からゼニアを照らす。
「うううぅ……。あのヒヨコ、最後は何を言っていたんだ……」
ゼニアが上半身を起こし、未だ痛む体の重みを壁に預けながら寄りかかる。口に溢したのはピヨちゃんが言い残した言葉の疑問。
ヒヨコの言語など理解できないゼニアは、それが気掛かりだった。
何を言ったのか。
何が言いたかったのか。
言葉を扱う知など持たないヒヨコが、ゼニアに語り掛ける様に鳴いたのだ。そして、主の復讐を果たすが如く、闇討ちを仕掛けてきた。
「クユユの事が、そんなに大事か……、たかが操り人形の癖に」
操り人形。
所詮、獣は獣使役士の操り人形。
それがゼニアの見解……だった。
そう、『だった』
「絆か。そうか……、そんなにクユユを想っているのか……。それが俺には足りなかったから、クユユに負けたのか」
小さく言葉を吐き出す。
ゼニアが最強の獣使役士の称号に取り憑かれるようになったのはいつ頃だったか。
優秀な獣使役士として名高い両親の間に生まれ落ちたゼニア。彼の周囲はそんな両親から生まれたゼニアも当然、優秀な獣使役士になるだろうと、過剰な期待を寄せた。
それがゼニアの心に枷を付ける。
その枷はまだまだ幼い子どもには重圧なプレッシャーとなりつつ、傲慢さへと結びつく結果となってしまった。
優秀な両親を持つ俺も優秀な筈。
俺が弱い訳じゃない、使役獣が弱いんだ。
枷はゼニアにそう認識させた。
確かに不完全とはいえ、幼いながらも竜を手懐けるゼニアは優秀だったが、彼が手なづけたジータもコロゥも決して弱い訳ではない。
ピヨちゃんが異質だっただけ。
それがゼニアの勘違いを更に増長させてしまった。
しかしピヨちゃんの闇討ちは、ゼニアの勘違いを別の認識で上書きする。
「自分の主を傷つけられて、怒りに染まる使役獣か。俺とクユユの決定的な違いは……間に生まれた絆か」
痛む首を強引に捻じ曲げ、床で気絶しているコロゥを視界に捉える。
「ごめんな、コロゥ。お前もクユユみたいな奴が主の方が、……良かったよな」
風が穴の空いた壁から吹き込み、コロゥの毛並みが揺れた。
「逃がしてやりたいけど、テイムが使えなくなっちまった。解除ができない」
今まで散々酷い目に合わせてしまったコロゥに対する罪滅ぼし。ゼニアが足りない頭で考えた結果は、強制服従を解除すること。
しかし、テイムが使えなくなってしまった時点でそれも出来ない。
なら……どうする。
ゼニアはそう考える
今の自分に出来る事はなんだ。
「クユユみたいな獣使役になって、使役獣と絆を持てるように……」
自問自答。
静寂に包まれる空間が、ゼニアに落ち着きを取り戻させ、答えを促す。
「そうか、そういうことか。あのヒヨコが俺の魔法を使えなくしたのか、こんな俺に情けを……、甘いヒヨコだ」
一雫の涙が溢れ、ゼニアの頬を伝う。
「魔法を使えなくしたのも、ゼロからやり直せって事か。テイムを使えなくしたのも、これからはコロゥのみに意識を向けろって事か。最後の言葉は……そういう意味だったんだな」
壁に預けている体を起こしたゼニア。
覚束ない足取りでコロゥの元へと寄っていく。
「こんな事、今更言っても許して貰えないのは分かってる。すまなかった、コロゥ」
コロゥに返事は無い。
ゼニアはコロゥを優しく抱き上げた。
「クユユとヒヨコみたいな関係になれるように、俺、がんばるよ」
見上げた月の下で、ゼニアはそう決意する。
残された使役獣以外、築き上げてきた力を全て失った。
なら……どうする。
「これからは、お前と一緒にゼロ……いや、イチから……」
ゼロではない、コロゥが居てくれるのなら。
赤い月が雲に隠れ、青と白の月が顔を出す。
コロゥの毛並みが黄金色に輝き、ゼニアの頭皮が光った。