2、ニワトリの楽園 壊滅
俺はドラゴンでは無くニワトリの赤ちゃんに転生してしまった。
それも野生のニワトリの……聞いたことねーよ。
されどもここは異世界。
前世の日本とは違い、人間の手によって品種改良されて野生を忘れたニワトリなどはここには居ない。
喉を潤してから、状況を整理するために付近を探索してみたが、
【ニワトリ】【ニワトリ】【ニワトリ】
【ヒヨコ】【ヒヨコ】【ヒヨコ】【ヒヨコ】
もうどこを向いてもニワトリかヒヨコしか居ない。
ここは野生のニワトリの楽園だったのだ。
もはや俺のパパとかママとか見分けつかない。
だって皆が皆、同じ姿なのだから。
そして俺が誕生した所は草原ではなく森だった。
俺の体が小さすぎて、草原だと思ってたところは実は森のほんの一角に過ぎなかった。そこで俺達ニワトリは繁殖しているようだ。
もう辺りからコケコッコだのピヨピヨだのしか聞こえない。
「コケコッコオオオオオオオオオオオオオオ!」
「コケコッコオオオオオオオオオオオオオオ!」
「コケコッコオオオオオオオオオオオオオオ!」
「コケコッコオオオオオオオオオオオオオオ!」
転生してから5日経った。もう連日がお祭り騒ぎだ。
朝に大喝采、昼に大喝采、夜に大喝采、深夜に大喝采。
うるさくてうるさくて落ち着けやしない。
そして5日経った事で、俺はある体の異変に気付いた。
体質と言って言いのかは分からないが……。
ともかく俺の体が変、それは動物達の言葉を理解出来ること。
今、大人達が叫んでいる言葉だって、よ~く聞いてみれば、コケコッコが何を意味しているのかが分かる。
ほうら、聞こえてきた。
「狼が来たぞおおおおおおおおおおおおお!」
「戦える奴は全員戦ええええええええええ!」
「戦えない奴は逃げろおおおおおおおおお!」
「女子供を率先して逃がせえええええええ!」
ん?
え? マジ? 狼!?
振り返ってみると、木々と茂みの奥からわんさかと狼がやってきた。よだれをダラダラと垂らしながら、ニワトリ達を食い散らかし始めている。
何やら戦えるニワトリ達は狼にコケコッコキックをお見舞いしているが、まるで狼はビクともしていない。逆に反撃されて、食われてしまっている。
やばいやばいやばい。
食われる食われる食われる。
幸い、ニワトリと狼が激闘(?)を繰り広げている所から、今俺が居る所までは結構な距離が離れている。
これなら狼に襲われずに逃げ切れそうだ。
俺は全力疾走で駈け出した。
逃げる!
逃げる!
逃げる!
草木をかき分け、繁茂する雑草を踏み散らかし、背後から聞こえてくるニワトリ達の断末魔を耳に捉えながら、俺はダッシュでその場から離れた。
○
ハァ……ハァ……ハァ……。
どうやら逃げ切れた様だ。
しばらくの間、脇目も振らずに走ったせいか、ここがどこだかまるで分からない。そして存外にヒヨコの体が慣れない。ヒヨコに肩があるかどうかは知らないが、俺は肩で呼吸をして、息を整えている。
体を酷使したせいで喉は乾くわ、腹は減るわで大変だ。
というか転生してからほとんど何も食っちゃいない。
大人達はミミズや小さい虫を俺に渡してきた。
申し訳なかったが、俺はそれを断固拒否した。
そしたらニワトリは、
「あら~、ミミズが嫌いなんて変な子ねぇ~」
とか言ってきた。
こちらからしてみれば、ミミズを食うお前らの方が変だ。
たまに採ってきてくれる木の実で今まで食いつないできたが、腹はまったく満たせていなかった。
ぐぅ~、と腹がなる。
もう限界。
木の実は文字通り、木に成る実。
木登りなんてしたことなんてない、ましてやヒヨコの体で登れる気がしない。野イチゴさえ見つけられれば腹を満たせられるのだが、辺り一帯を見渡しても見つけられない。
虫を食べるか?
そうだ、虫を食べよう。
背に腹はなんとやら! 餓死するよりマシだ!
このまま空腹と暖簾の腕押しなんてしてる場合じゃねぇ!
すると丁度く良く、茂みの影に身を潜めていたミミズを見つけた。
獲物だ。
そ~っと……そ~っと、俺はミミズに近づいていく。
俺の存在がバレないように、そっと近づいていく。
……が、バレた。目が合ったのだ。ミミズと。
奴に目があるかは分からないが、今、確実にミミズと目が合っている。
「へへへ、ヒヨコちゃん。俺を捕食しようってのか? 怪我するぜ?」
「ピ……ピヨ!?」
なんてことだ。
どうやらこのミミズ、歴戦の戦士らしい。
よく観察して見るとただならないオーラを発していなくもない。
こいつ……強い!?
しかし、怪我するぜと言われて捕食を止める訳にも行かない。
そんな面従腹背は男がすたる。
いくぜミミズ。
ヒヨコの恐怖を思い知らせてやる!