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17、何言ってるか分からないジータ

 深夜、月明かりに照らされる裏庭。

 

 ふと空を見上げると、満点の夜空いっぱいに星明かりが散りばめられている。


 この異世界にはどうも機器による光を扱う技術が無いため、人工的な明かりが空に反射しない。それに従って星空が空闊な大自然を魅せてくれる。


 ただ、月が3つあるのが不気味だが。

 何アレ、鮮血みたいに真っ赤な月があるんですけど。

 怖っ! 



 そんな幻想的なのか不気味なのか、どっちつかずな星空の下、俺は竜の逆鱗を手に持ち、口笛を鳴らす。


 以前、ゼニアが口笛を吹いてジータを呼んでいた。その時にゼニアが竜の逆鱗を持っていた気がする。習って俺も、彼の真似をすることにした。ジータを呼ぶために。口笛を……。


 ヴュィ~。


 おかしいな、濁った音しか出ない。

 そりゃそうだ、俺の口って今はクチバシだった。

 どうにかして綺麗な口笛を鳴らせないもんか。


 ヴォィ~ン。

 ビュビ~。

 バビ~。


 篭った屁みたいな音しか出ないな。

 ヒヨコの体にこんなデメリットがあったなんて。

 もう一回。 


 プスぅ~。

 

 駄目だ駄目だ駄目だ。

 くそクソ糞。

 

 これはもう口笛なんて無理だな。

 ジータを呼んで、俺が使役獣になる前のクユユの話を聞こうと思ったが諦めた方が良さそうだな。主犯格らしきゼニアの住所も聞き出そうと思ったのだが。


 何か他の手を……と考えた時。

 にわかに後方から空気が揺れる音がした。


「ジータ!?」

「久しいな、ピヨちゃんよ。……まあ、一ヶ月弱と言った程か」


 なんとあの屁みたいな口笛でジータが呼べた。

 すごいな、屁に釣られるドラゴンって。


 地に足を付け、羽ばたいていた翼を折りたたんでジータがこちらに近付いて来る。


「よく竜の逆鱗の使い方を心得ていたな。俺を呼ぶ方法など教えていなかったはずだが」

「見様見真似だ、お前の元飼い主のな。っていうか口笛を吹いてからまだものの数分だぞ? 早くね?」

「巧まずして町の近くに居たのだ。して竜の速度を舐めるな、その気になれば……いや、そんな事を言いに来たのではない。何故、俺を呼んだのだ?」

「ちょっと聞きたいことがあってさ」


 そう言ってクユユの事を聞き出していく。

 クユユとゼニアの関係についてだ。


 すると、ジータは難しい表情をして顎に手を当てた。


「ゼニアがクユユに無骨な真似を……か。確かに、今まで何度か目にしたことはあるが……手を出した所は嘗て目にしたことはない」

「う~ん、そっか」

「どうしたというのだ、ピヨちゃんよ。何故、その様なことを聞く」

「クユユが痣だらけなんだよ、だからいじめられてるんじゃないかって」

「それは心配だな」


 そう言って考えこむジータ。


「光明に混じりゆく一点の闇よの。心痛の募らせるのも分かるぞ」

「は? 急に難しいこと言うなよ」

「まあ待て、落ち着くのだ。何もゼニアが犯人と決まった訳ではない」


 確かにそうなのだが、こちらとしては一刻も早く解決してあげたい。俺に居なくならないで欲しいと願ったクユユの声は、とても聞いていられなかった。


 使役獣チャーハンを失った傷がまだ癒えていないのだ。


「そうだ、ジータってチャーハンって知らないか?」

「ああ、知っているぞ」


 おお?


「海を超えた国で栄える食物か、あれは美味だった」


 ベタなボケを……。


「違うって、クユユって前の使役獣って何だった?」

「ん? ああ、確か猫だったな。悲惨な最後を遂げた……」

「その猫の名前がチャーハンだ。それで、何だ? 悲惨な最後って?」


 このドラゴンはいちいちもったいぶるな。

 それをさっさと教えてほしい。

 教えて貰う身分でがめついことは分かってるが……早く!


「それを説明するには……少々クユユと猫の過去に遡らなければならん」

「え?」

「クユユは晩年落ちこぼれ。しかしある時、初めて使役獣を連れて学校へと訪れた。いつも暗かった彼女の表情は輝いていた、チャーハン? との出会いによって」

「もっと手短にお願いします」


 なんだ? 過去編に突入するのか?


「チャーハンとの出会いによって光が差したクユユの表情は、それこそ出会いの季節を象徴する桜の花笑みの様だった。されども、その桜は春を迎えず、咲き誇る事はなかった……」

「つまり?」

「花弁が地に落ちた」

「お前絶対にテキトーな事言ってんだろ」


 なんだ花弁が地に落ちたって。

 意味分かんねーよ! 桜って!

 え? 比喩表現が過ぎんだろ。


「落ち着くのだ、ピヨちゃんよ。自分の主が傷付いて焦るのも無理は無い。だが、ピヨちゃんが焦った所で何が解決する?」

「ぐぬっ……、確かにそうだな。別に焦ってないけど」


 焦ってはいないのだが、確かにジータの言う通りだ。

 彼の話を聞かなければどうも解決しなさそうだ。

 そんな気がする。


 ジータが不意に視線を逸らし、墓を見つける。

 チャーハンのだ。


 少し寂しげな表情を浮かべたジータは、てくてくとチャーハンの墓に寄って行き、そっと爪先で墓石を撫でた。


「話の続きをしよう、桜は温暖な季節に開花するものだ、だが、クユユ達を取り巻く環境は冬の様に寒かった」

「いまいち意味が分からんが、良くは無かったんだな」

「ああ、チャーハンは使役獣としては優秀だったが、力は弱かった。桜の大樹はその美しさを発揮することなく……儚く散った」

「ええと……、死……だな?」

「ああ、何事も別れは突然に。いや……意図的なものだった」


 ジータはもう一度、墓石を撫でる。


「桜が散るのは早い。して、子どもとは残酷な者だ。いままでいじめてきたクユユが幸せそうな表情を浮かべるのが、ゼニアは許せなかったのだろう」

「殺したのか」

「そうだ。模擬戦の時、偶然を装って、集団で桜を踏みにじった。クユユが怒りに染まろうと、それは誰もが事故として処理した、偶々だとな」


 悔いる様に、詫びる様に、ジータは何度も何度も墓石を撫でる。


 ジータの言葉ではその時の状況がいまいち分からないが、その模擬戦の時の相手だったのが。


「ジータ、お前がやったんだな」

「違う、いや、間接的には俺が殺ったも同然か……すまない。俺もテイムされた身として逆らえなかったんだ」

「そうか」


 これで何でクユユがゼニアに敵対心を燃やしていたか分かったな。それにジータにもあんなドラゴンに負けないでくれと言っていたな。


「だからクユユはゼニアの事が嫌いだったのか」

「そうだ。故にあの時、俺にピヨちゃんをけしかけて来た時は驚いた。また、自分の使役獣を殺されたいのか……とな。だが、お前が俺に臆さず立ち向かってきた時も同様に驚いた。そして、数多の可能性を感じた」


 また過大評価してやがるな。

 すんません、あの時はおやつに釣られました。


「何故、そこまでして俺に立ち向かって来たのかは、何か壮大な訳でもあったのだろう。今もこうして、ピヨちゃんはクユユの身を案じている訳だしな。だが、お前達の絆を確かな物にする理由を聞くという無粋な真似はしない」

「聞いても呆れるだけだろうしな」

「呆れなどはしないさ、人それぞれにヒヨコそれぞれ、各々に理由は1つや2つはあるものだ」


 とりあえずはクユユに取り巻く状況は漠然とだが分かった。その渦中にいるのがやっぱりゼニアだということもな。


 本人から直接聞き出そう。

 意思疎通出来なくても、やらなくては始まらない。

 第一にしてまず、いじめをやめさせなければ。


「ジータ、過去話はもういいよ。それと、もう一つ、お前に聞きたかったのはゼニアの住所だ。元使役獣だったんだろ? 住所くらい分かるだろ?」

「ああ、分かるとも、だが犯人は……」

「決めつけちゃいないよ、ただ話を聞きに行くだけだ」


 犯人だった時は容赦はしないけどな。

 髪の毛全部、火で炙ってやる。

 これも食住を提供してもらってる恩返し。



 そのためにはまずジータにゼニアの住所を教えて貰いたいのだが、いかんせんジータ本人があまり気が乗らないみたいだ。顔をうつむかせている。


 多分だが負い目を感じているのだろう。

 そして今更クユユを助けようとする俺側に身を寄せるにもその負い目を。だがそんなの知らん。困る。


「ジータ、負い目を感じてるだったら、せめて行動で示してくれよ」

「だが……、今更こんな事をしても」

「ああ、チャーハンは蘇りはしない。だったらこのままクユユを放っておくか? チャーハンの代わりに俺はなれないが、助けてやれる。その手助けをしてくれ」


 俺がそう言うと、ジータは顔を上げ、墓を見つめた。

 そして視線を俺へと移す。見比べるように。

 

「そうだな。すまなかった、そしてありがとう、ピヨちゃんよ。こんな俺にもまだやれる事があるんだな。負の連鎖を止めなくては……。今度こそ、花笑みを……」


 3つの月明かりに照らされたジータの目に、光が灯った。


「お前が……新たな初桜となり、この俺に桜狩りをさせてくれるのか」

「よく分かんないけど、それでいいよ」

「チャーハンとピヨちゃん。2つの桜を咲かす大樹を守る大役、しかと引き受けた。今宵は夜桜、さて……行こうか」


 夜桜……? どこにも咲いてませんけど。

 まあいいや。協力してくれるならありがたい。

 

 今夜は真っ赤な月が綺麗だ。


 


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