16、いじめられっ子のクユユ
風呂とはなんとも素晴らしい物か。
日本では江戸時代に銭湯が登場。
焼いた石で水を温める。
そんで湯に浸かって体を癒やす。
外国では昔、お湯は有害と信じられていたそうな。
アホだね。うん、アホ。
その時代の迷信とかでしょうがないのもあるんだろうが。
元日本人としては風呂は至高ですよ。
俺が転生してきた世界にも風呂の文化があった。
焼石の代わりに、何でも魔法石というのを使うらしい。
この魔法石の発見によって、この世界の人間達の文化は異常な速度で発展していったそうな。5日前ぐらいにクユユの授業でそう聞いた。
素晴らしいね、魔法石。
熱を持ったり冷気を持ったりと応用もはんぱない。
水にドボンと入れたら3分ぐらいでお湯の完成ですよ?
それに食料庫に置いといたら冷蔵庫の代わりにもなる。優れものだね。
クユユの母さんは漬物石みたいに使用していたが、あれは意味不明だった。だが、風呂を沸かす魔法石のお陰で俺はビックイベントに遭遇ですよ。
「ピヨちゃん、昨日はお父さんとお風呂に入ったみたいですね? 今日は私と入りましょうね」
「ピヨヨ!」
これだ。
お風呂イベントだ!
女の子と!
「ピヨちゃんも我が家の一員になったからには、毎日キレイにしましょうね」
そう告げられて風呂場まで連行される。
なんかイケナイ事でもしている気分だ。
でも、こちとら神様の手違いでヒヨコになってしまったんだ。なら少しぐら良い体験しても罰は当たらない筈。
それに昨日はクユユのお父さんと風呂に入って地獄を見たばかり。差し引いてで等価交換というか、プラスマイナス0。
そう、世の中は吊り合いがとれるようになっている。
確信したね俺は。
「ピヨちゃんは小さい桶で温まりましょうか」
クユユが小さく底の浅い木製の風呂桶でお湯を掬うと、俺はその中にゆっくりと入湯させられる。
『ピヨ~』
「ふふふ、気持ちいいですか? ピヨちゃん」
こう、今日の疲れがお湯に溶けていく。
今日は何もしてないんですけど。
マシュマロ食べてただけなんですけど。
「ピヨちゃんはお湯は苦手じゃないんですね、チャーハンは苦手でした」
ひと聞きするとご飯が風呂に入るとは何事かと思うが、これはあれだ、昔に飼ってたであろう猫の話だな。
この世界にもチャーハンと猫が存在することが驚きだが、猫耳が存在する世界だし、いちいち不思議に思うことが野暮かもしれない。
狼だってニワトリだって存在するのだから。
ましてやドラゴンだって居たしな。
「私も失礼しますね~」
言ってクユユが上着を脱ぎ始める。
反射的に俺は視線を逸らしてしまった。
慣れてない。こういうのに慣れてない。
少女の着替えに嗜好する事はアブノーマルだろうか。
いや、違うね。断じて違うね。
俺は今、およそ10センチに満たないヒヨコだ。
いくらクユユが少女といえども巨大に見える。
俺からしたら巨大だ。巨人なのだ。
少女? 巨女だ。
何言ってるか訳分かんねぇな、もう。
そっと、逸らした視線を戻してみる。
ブリキの浴槽から少し離れた着替え室。
無防備にも開放された扉の奥に居るクユユ。
今回はクユユの父さんとは違う。
父さんの父さんがコンニチワすることなんて無い。
間違っても無い。
コンニチワするのは桜色の果実の筈。
黒く熟したバナナではない。
彼女が楚々と身に纏う布を剥いでいき、露になったのは綺麗な銀色の髪にも負けない細かやかで白皙の肌。
染み一つない新雪の様な四肢を思わず目線で追う。
いや、染み……あるな。なんか青紫の染みが。
んん? なんだあれ?
けっこう大きめの染み? が無数にあるな。
カサブタとはまた違う青紫色の何か。
……痣だ。
体中、至る所に拳大の痣が無数に。
何で? 何があったんだ?
ひょっとすると……、今日、俺を学校へと連れて行かなかった事に関係があるのかも知れない。
そこでふと、ジータの言葉を思い出す。
(彼女は学校でいつもいじめられていた)
いじめか……いじめだな。多分。
しかもご丁寧に分かりやすい顔には痣が出来てない。
良く分からんが巧妙な手口に違いない。
知り合って間もないがクユユの性格上では、親に心配掛けまいと相談はしなさそうだ。それか、脅されているとか……か?
「どうしたんですか、ピヨちゃん、のぼせましたか?」
『ッピヨ!?』
そうこう考えてる内にクユユが浴室に入ってきた。
俺の視界に彼女の痣が色濃く映り込む。
うっわ、痛ったそう……。
俺は何も言えなかった。
言った所で「ピヨ」に変換されるんだけどね。
○
その後もクユユは至って普通。
一家団欒も食事時も俺の前でも。
痣に関して一切喋ろうとしない。
夜中の就寝時間まで、彼女は何か言うだろうかと待ってても、ついに何も言い出すことはなかった。
ただ一つ。
いつもと違う点があった。
クユユはいつも、就寝の際には俺を鳥カゴに戻すのだが、今日は違った。俺を鳥カゴには戻さず、手に持ったままベットへと引きずり込んだ。
「ピヨちゃん、今日は一緒に寝て下さい」
変わらぬ声色。
変わらぬ表情。
しかし心境がいつもと違うクユユ。
何が彼女をこうさせるのか。
痣だ。恐らくいじめだ。
誰に。恐らくゼニアとか言う少年だろう。
何か生意気そうな面してたもんなゼニア。
負けた使役獣に蹴りを入れるわ、ツバは吐くわと、性格も悪そうだったし。それにクユユ自身もゼニアを目の敵にしてたし。何か因縁でもあるのだろう。まだ断定出来ないが。
ギーッ、チョン。ギーッチョン。
夜虫の声が静謐な夜を彩る。
クユユは俺を握る手をキュッと強め、つぶやいた。
「ピヨちゃんは、居なくならないで下さいね……」
チャーハン……だな、これ。
死んで墓で眠ってるチャーハンのことだな。
駄目だ、もう見てられないし、聞いてもいられない。
クユユの力で解決出来ない事ならヒヨコの力で解決してやる。
食住の恩もあるし。
先ほどは眼福を頂きましたし。
ごちそうさまでした。
せめてもの恩返しだ。
クユユが規則的な寝息を立て始めた頃。
俺は行動を開始する。
タンスの裏に隠してあった【竜の逆鱗】を取り出す。
ジータなら学校での事を俺以上に詳しい筈だ。
レッツパーリナイ。