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10、立ち上がるひよこ達

 ジュウゥゥゥ。


 香ばしく小気味に良い音を立てる炭火。

 普段と変わらぬ繁盛した焼き鳥屋の店内。


 客達はこの店の主人が出した、名物『ヒヨコの丸焼き』を美味しそうに頬張っている。


「ご主人! ヒヨコの丸焼き3つ追加で!」

「あいよ!」


 小粋に軽快な客の声が店内に響き、主人は慌ただしく頼まれたメニューの調理に取り掛かる。


 用意された籠の中に居るヒヨコを鷲掴みにして3匹。

 専用の器具でヒヨコの毛を全て毟り取っていく。


『ピヨー!』

『ピヨー!』

『ピヨー!』


 楽器の音色の様に愛らしい悲鳴を上げるヒヨコ達。

 罪悪感などは感じない、この声がまた客達の食欲を誘うのだ。


 毛を全て毟り取られたヒヨコを1匹、主人はぐつぐつとお湯が煮立った鍋の中に放り込んでいく。


『ピヨヨヨヨヨヨヨ!』


 もう1匹。


『ピヨオオオオオオ!』


 またもう1匹と。


『ピヨヨー!』


 独特の臭みを除去のために鍋に放り込まれたヒヨコ達は声を発しなくなる。主人は鍋からヒヨコを掬い上げ、肉汁の滴る網の上へと並べていった。


 ジュウゥゥ。パチパチ。


 香ばしく小気味に。

 ヒヨコの肉が焼けるのと同時に肉汁が跳ねる。


「へへ、これがまた乙ってもんよ」


 呟きながら主人はヒヨコを裏返していった。

 良い具合に網の焼き後が付いている。


 続いて主人が籠の中からもう1匹、ヒヨコを鷲掴みにしようとすると、そのヒヨコは悲鳴を上げながら手から逃れた。


「あ、てめ! 待ちやがれ!」

『ピヨー! ピヨー!』


 主人が必死に手を使って追い回すも、そのヒヨコは必死に逃げ回って一向に捕まる気配はない。


 このヒヨコはピヨちゃんの初恋の相手、エミィタだ。

 

 彼女はこの人間の手に捕まる訳にはいかなかった。

 森の中で自分の帰りを待つ家族のために、そして、また会おうと約束してくれたピヨちゃんという名前のヒヨコの為に、捕まる訳にはいかなかった。


「へへへ、何て生きが良いんだ。さぞかし美味いんだろうな」

『ピヨー!?』


 エミィタが籠の角へと追いつめられたその時、店全体が大きく揺れた。店内に居た客達から悲鳴が上がる。


「な、なんだ!? 地震か?」

「きゃー、怖いー!」

「おいおい、人がせっかくヒヨコの丸焼きを食べようってした時に……」

 

 【ヒヨコの丸焼き】

 

 エミィタは願った。

(助けて……! ママ! パパ! 助けて……ピヨちゃん!)







「おいおい、屋上に乗って、この店崩れないか?」

「大丈夫だピヨちゃんよ。人間の建物というのは存外に強く出来ている」


 ジータの背に乗せられて、俺は件の焼き鳥屋の屋上へと降り立った。もしヒヨコの体のまま焼き鳥屋を目指していたら何時間と掛かったことやら。


「サンキュー、ジータ。それで協力はここまでか?」

「ああ、済まぬが、竜である俺が居た所で余計に現場が混乱するだけだろう。悪いが、協力はここまでだ」

「それでも良い、じゃあな」


 こんな所でくっちゃべってる訳にいかない。

 エミィタちゃんが危ない。


 颯爽と屋上から飛び降りようとする俺。

 それをドラゴンに呼び止められた。

 好きだなこいつ、呼び止めるの。


「なんだよ 早くしないとエミィタちゃんが丸焼きに」

「まあ待て、今お前が助けに言ってもどうだ? ヒヨコに助けてくれると言われても安心出来ると思うか?」


 まあ、そうだな。

 俺だったらヒヨコが助けてくれると言ってきても、大して安心はしないね。


「ならどうすりゃあ良いってんだよ?」

「これを持っていけ」


 そう言ってジータが差し出してきたのは、やらたと逆立った棘が生えている小さな鱗だった。


 何だ、どうすれって言うんだよ。

 ジータは鼻をフンスカと鳴らしてドヤ顔。

 意味分からんし。


「意味分からんし。あ、心の声漏れちゃった!」

「不敬な奴だな、まあいい、コレは竜の逆鱗と言って、本来は竜が忠誠の証として、信頼の置ける者に預ける物だ」


 信頼の証?

 だからどうした。


「だからどうした」

「つまり、コレを持っている者は竜のお墨付きという訳だ。身分に箔が付くと言って正しい。これさえ持っていれば、ヒヨコ共はお前に従うだろう」

「なるほど、ありがとう!」

「健闘を祈る」


 俺はジータから竜の逆鱗とやらを受け取った。

 して、礼を言って屋上から飛び降りる。


「ピヨオオオオオオオオオオオ!」


 重力に従い体は自由落下。

 ヒヨコの体格で家とは何メートルに匹敵する?

 おそらく50メートルはくだらないだろう。


 しかし、地面に激突してもダメージは無い。

 スキルだのなんだのと意味不明なこの体だが。

 この時ばかりは感謝する。


 お陰でエミィタちゃんを救えそうだ。


「ピ……ピヨ!?」


 柵の中に飛び降りたのは良いのだが、肝心のエミィタちゃんがヒヨコの大群の中に見当たらない。


「お……おい! エミィタちゃんは知らないか?」


 ヒヨコ達に聞いてみる。


「ああ、あの女の子? 残念だけど、もう店内に連れてかれたよ」

「これも自然の摂理さ」

「俺達の運命はもう決まってる、丸焼きさ」


 なんて事だ。エミィタちゃんは既に店内か。

 それしても何だ。このひよこ達は。


 目からは既に希望が途絶えている。

 もう運命は決まっていると、生への執着心を失ってしまっている。


「おいおい、てめぇら、それでいいのかよ!?」

「本心は嫌さ、でもよ、抗ったって人間には勝てっこねぇ」


 この言葉は、俺がジータと戦う羽目になってしまったあの時みたいだ。


 これじゃいけない。

 ひよこはやれば出来るんだ。

 俺だってドラゴンに勝てっこねぇと思ってたけど……。

 実際にはドラゴンに打ち勝てた。

 ひよこの可能性は無限大だ!


「おいお前ら! これを見ろ」


 叫びながら俺は、ジータから貰った竜の逆鱗を見せつける。すると、ひよこ達の目線が面白いぐらいに俺へ集まった。


「おい、それは竜の鱗じゃないか!?」

「竜を従えた者にしか与えられない勲章だ!」

「どこでそれを!? まさか……お前!」


 ひよこ達の目に希望が灯る。

 なるほど、ジータ。こういうことか。


 俺は更に竜の逆鱗を見せびらかす。


「そうだ、俺は竜を従えた! 今こそ人間に抗う時、皆俺に付いて来い! 店に拉致されたひよこを救い、この死を待つばかりの地獄から抜け出すんだああああああああああ!」


 俺が高らかに叫んだと同時に、どこからかジータの咆哮が鼓舞する。

 それを聞いたひよこ達は、次々へと立ち上がった。


「うおおおおお! 本当に竜を……! メシアだ!」

「救世主様! こんなひよこが付いてくれるなら鬼に金棒!」

「俺達はまだこんな所で死なねぇ!」


 ピヨオオオオオオオオオオオオオオ!

 ピヨオオオオオオオオオオオオオオ!

 ピヨオオオオオオオオオオオオオオ!


 確実に士気が上がった!

 いけるいける!

 

「行くぞ野郎ども! 下克上だああああああ!」

「ピヨオオオ!」

「ピヨオオオ!」

「ピヨオオオ!」

「ピヨオオオ!」


 

 ひよこによる人間への下克上が……始まる!

 待っててくれ、エミィタちゃん!

 

 

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