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第6部:百合? バイ? 否! 私はレズだっつってんだろぉぉぉぉぉ!!

  ○  ○


『――お嬢ちゃん、今日のパンツは何色だい?』


 その電話がかかってきたのは三回生の春、テレビも点けずにベッドでゴロゴロと寝転がっていた夜のことだった。


「黒です」


 対し、私は即答。その理由としては、変態相手には物おじせずむしろ羞恥心皆無なように見せたほうがいいためであること、そして、


『残念、黒はそそられるけれど、恥じらいの無いパンツには興味が無いんだ』

「別に興味を持ってほしいわけじゃありませんよ――嶺倉先輩」


 相手が知人であること。

 セクハラが常習犯的であること。

 それが、理由の大部分を占めていると言えるだろう、流石に私も知らない番号からいきなりそんなことを言われたら無言で切る自信がある。


『それで本題だがね、嵯峨根君』

「何ですか?」


 最初から本題に入ってください、とは思うけれど、口には出さない。このヒトがそれを聞きいれたことがないことは、現在になっても変わらないことが証明している。

 それに――向こうとしても、この手の戯れを欲しているのだろう。

 電話口で、からかいたくなるほどには。


『今夜は、空いているかい?』

「バイトもありませんし。大丈夫ですよ」


 私は、小さな印刷所で簡単なアルバイトをしている。学費も生活費も両親に工面してもらっている身としては小遣い稼ぎのようなモノで、それほど頻繁に行っているわけでもないけれど。


『なら、一緒に飲まないか?』

「待ち合わせはいつもの場所、飲み屋はその場で決める方向で?」


 ご名答、と向こうは応える。


『よく分かっているじゃないか。何だったら私のところに嫁に来ないか?』

同性愛者(レズビアン)なら、他所で見繕ってくださいよ」

『残念だなぁ』


 クク、と押し殺したような笑い声。全く残念そうではない。


『それで、返事は? 是か(イエス)? 否か(ノー)?』

「別に、構いませんよ。暇でしたし」

『じゃあ、一時間後に』

「分かりました」


 ブツリ、と通信が切れる音。


「……さて、と」


 通話を終えるなり立ち上がり、私は支度を始める。

 部屋着代わりに着ていた高校時代のジャージを脱いではベッドに放り投げ、Tシャツを、ソックスを、下着――ブラジャーはもちろん、パンツもだ――までも脱いで洗濯籠へ、そして全裸の状態でベランダに出る。洗濯バサミで吊り下げられているモノから適当に見繕ってはそれらを纏う。

 あとはクローゼットを開け、適当に服を見繕う。


「こんな感じでいいか」


 引っ張り出したのは、冴木と会う時とは違う、フォーマルな感じのジャケットとチノパン。

 先輩は決して気難しい方ではないが、たまに気まぐれで小洒落たバーなんかに行くときもあるから、念のためといった感じだ。

 あとは財布とスライド式の携帯電話――どうせ連絡以外には使わないからと、買った時から機種も変えずにいたモノだ――を小さめの鞄に放り込むと、部屋を出る。

 マンションのエントランスを抜けると、若干の明るさを残した夕闇が空を埋めていた。


「……夏が近い、かな?」


 少し前までは、この時間は真っ黒な夜空だったはずなのに。

 時間の経過の産物なのだろう、微かに寂寥感を覚えてしまう。


「まぁ……それはさておき」


 行こう、と。

 外へと、足を踏み出す。

 飲もう。アルコールで、全てを忘れるために。


  ○  ○


 嶺倉彩音は、私の三つ上の先輩である。

 普段のからかうような、おっさんくさいような言動とは裏腹に、成績優秀落とした単位は皆無就活でも志望していた会社に一発で内定を貰う等中身はもちろん、人当たりはよいため人脈は深く広く多岐にわたり、100人に90人は美しいとのたまうであろう容姿に加え流麗な雰囲気を漂わせ、インフルエンザが流行ろうとケロッとした顔でマスクも着けずに出歩く頑強さを誇る。

 しかしながら、酒癖は悪い。

 酔うと女性限定でキスの雨を降らせ顔を舐め耳に息を吹きかけ隙あらば押し倒そうとする。そのくせ酔っぱらいを装った男どもが近づくと容赦なく正確無比な金的を舞う。


 要は、同性愛者(レズ)である。


 よって、知り合いや友人は多くとも、それについていける特殊嗜好持ちの親友の類はいない。

 嶺倉先輩は同じサークルに所属していたこともあり、当時一回生だった私との出会いはとある居酒屋での飲み会、お世辞にも人当たりがいいとは言えず寄ってきた男どもをバッタバッタと虫の如く言葉で以て弾き飛ばしていた私を同族かと勘違いしていたようだった。


『楽しんでいるかい、後輩?』

『見ればわかるんじゃないですか?』


 性的な関係を求める男どもとブリッ子だ何だと私を嫌悪する同性がひしめき合い、隣には話しかけてくるでもなくニヤニヤと笑う銀縁眼鏡の男。楽しめるとすればよほどの性悪だろう。


『なら、一緒に飲もうじゃないか。愛を語り合おう』

『男は嫌いなので、遠慮します』

『ん……何故、そんな汗と性欲を固めた肉塊を愛さねばならないんだ?』

『……え?』

『女の子だよ女の子! 人口の半分を占める可憐な女の子への愛を2人で謳おうじゃないか』

『は、はぁ……』


 酔っているな、と察しながらも、その時の私には「面白い人だな」という程度の認識で。

 未成年はアルコール禁止という決まりを周囲とは逆に頑なに守り、まともに話せるような相手がおらず退屈していた私は、嶺倉先輩と話をした。

 ほとんど私は聞き役で、いくつかの相槌を打つだけだったけれど。

 それでも、楽しそうに話す先輩には、ある種の惹かれるモノがあった。

 そして、私と先輩の交流は、始まった。


 何度かお酒を飲んだこともあったし、互いの部屋に行ったこともある。

 この際白状するなら、何度かベッドで肌を合わせたこともある。

 先輩の息遣いも、匂いも、手淫の技術も、私は知っている。

 色々な部分を飛び越えて、同棲しかけたこともあった。


 一回生の時は、ほとんど冴木と、この先輩とに翻弄されながら過ぎていった。

 しかし、時は過ぎ、翌年に先輩は卒業し、一流企業に就職。

 その後は、たまに一緒にお酒を飲む程度の付き合いが続いている。

 曖昧になれど、決して消えず、心地よく絡まる縁が、そこにはあった。


 私の先輩、嶺倉彩音は、そんな人物である。


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